52
ドワーフの一団とネーシアを連れ、賢哉は開拓領地へと戻る。開拓領地においてドワーフたちが住まう場所は彼らの希望は土の中、地面の下であった。これは彼らが洞窟のような場所に住んでいることに起因している。ここに山はなく、洞窟はなく、それに最も近い環境、土や石や岩などに囲まれる彼らにとって生活するうえで望ましい環境と言うのは土の中だけである。
しかし、さすがに相手が亜人であるとはいえ……いや、亜人だからこそその存在を土の仮名に住まわせているというのは風聞的に良くないことだろう。もちろんそれは彼らの望みに合致していることであるとはいえ、もしその生活の様相を普通の人間が見れば、亜人であるからそんな住みにくい地下に住まわせているのではないか、と思うことだろう。
また、彼らの扱う技術、鍛冶を含む鉱物関連の技術に関して、それを扱うための場所も必要となるだろう。彼らの本拠であれば、洞窟の中とはいえ様々な道具があり、それらにより環境を保っているわけであるが、仮に閉塞的な環境で鍛冶を行おうものなら熱気による温度上昇や、酸素の消費により呼吸できなくなる状況になりかねない。まあ、それくらいならば賢哉の魔法によりある程度解決するが、それでもある程度は元々の環境を整えてどうにかしたほうがいいに決まっているだろう。
まあ、何を言いたいかというと、対外的にある程度周りに見えるようにドワーフたちの住まう環境を整えなければならない。彼らの住まう場所は地下、地面の下にすることは決定しているが、地下にもぐるための場所は家の中……つまりは入口の上に家を建て、その家の中から地下に入るということになる。これに関しては、ほかの家からも同じ地下空間には入れるようにと言うことになっている。元々ドワーフは個人の住処としての考え方は弱く、全員でまとまって一族全員で一致団結して過ごすのが一般的だ。なので回りから見ると別々に過ごしているように見えるが、実際には皆纏まって生活している状況である。
ちなみに、この家を置くのは対外的な意味合いもあるが、家を置くことにより鍵をかけるということができる。通常の地下へも道だけだと鍵をかけて外界からの侵入者に対策をするということができない。もちろんガワとしての家も鍵をかけていれば安全というわけではないが、それでもまだましだろう。また、建物を鍛冶場として扱うことで洞窟の中、閉鎖的な場所での鍛冶をしなくていいというのもある。これに関してはドワーフたちの本拠地と同じだけの環境を用意できない開拓領地側の都合であるが、そこは流石に仕方がないといえるだろう
と、まあ、そんな感じでドワーフの一団に関しては特にこれと行って問題なく迎え入れることができた。ドワーフがすぐ来ることは決まっていなかったので賢哉もかなり忙しい感じになったが、そこはドワーフ含め亜人を取り込むのが彼の考えであるため仕方がないのかもしれない。ところで、ドワーフたちはネーシアと一緒に空を飛んだわけであるが……流石に彼らも結構度胸があるのか、空を飛んだことに驚くもののぎゃあぎゃあと喚くことはしなかったようである。ただ、さすがに空を飛ぶのは彼らも中々に恐怖を感じることだったのか、開拓領地に来た頃には彼らも戦々恐々としていた。
「ケンヤ様」
「アミル? 何か用か?」
賢哉がいろいろとしているころ、アミルが賢哉のことを尋ねてきた。おおよその場合、アミルの行動とは賢哉に対する注意であったり、フェリシアの手助けであったりするのであるが、今回は少々別の用事である。
「はい、ケンヤ様にお願いしたいことがございまして」
「ほう? それは珍しいな」
「…………ええ、まあ、自覚はあります」
アミルが賢哉に頼みごとをする、というのはほとんどない事態である。基本的にフェリシアが何かを頼むことのほうが多い。これに関しては、アミルが賢哉に対し弱みを見せたくないからだろう。開拓領地のことに賢哉は大いにかかわるわけであるが、個人のことに関してはまた別で、特に自分自身の願い事、などはアミルは賢哉に言いだしたりはしない。まあ、それこそ雑用的なちょっとしたことならばまだ頼むことはあり得るが、それこそそんなことを賢哉に頼むほうが時間の無駄だろう。フェリシアが賢哉に頼みごとをすることのほうは普通にあるのだからあまり気にしても仕方がない気もするのだが。
「実は手紙を出したいのですが……開拓領地には手紙を配達する人材も仕事もないでしょう?」
「ないな……しかし、手紙か。郵便屋があるとは思えないが」
「個人で手紙を出す場合、信用に足る商人に渡したり、または家の者を使うわけですが……開拓領地にそのような余裕はありません。ですから、個人、つまりは私が直接渡しに行くか、またはそういったことを行っている隣の領地に行ってそこで手紙の配達を仕事にしている者に渡すかしたいと思っています。ですから、馬車を出さなければいけないのですが……私個人の用事で使うのも問題ですし、馬車とはいえ護衛なしで行くのは流石に……」
「なるほど」
馬車での移動、賢哉によって整地された開拓領地からの道を通るとはいえ、アミル一人が移動するのでは危険が多い。そもそもアミルのためだけに馬車を動かすというのも少々問題だろう。さらに言えば賢哉の手を借りるつもりであるが、それもまた問題である。開拓領地における賢哉の仕事はとても多く、アミルの護衛のためだけに賢哉が動くのはよろしくない。もちろんアミルも賢哉の手を自分のためだけに借りるつもりはない。ほかの領地に買い付けに出かける、または何か用事を果たすために向かう、そのために行動するつもりである。
「その手紙、誰に渡すのかは決まってるのか?」
「渡す相手のわかっていない手紙なんてないでしょう……」
「直接、相手に出紙が渡ればいいんだよな?」
「ええ……別に特別偉い人が相手と言うわけではありませんので」
アミルが手紙を出す相手は商会の主。大手、というには少々規模は小さく、小さい商会というほど小さくもない。だいたい中規模くらいの商会の主だ。まあ、それでもある程度仲介は必要になるかもしれないが、まだそれなりに直接わたる分には問題ない。そもそも商会の主とはいえ、直接わたる分には誰が相手でも問題はないだろう。直接渡すと失礼になるような相手なら話は違うが。
「じゃあ俺が魔法で届けよう。それなら別に外に出向く必要はないよな」
「………………相変わらず出鱈目ですね」
賢哉の言ったことに苦笑して言葉を返すアミル。実に出鱈目な存在である、相変わらず。
「何か外に用事があったりするのか?」
「いいえ……私の行動で色々と迷惑をかけるのは本意ではありませんので、手紙の件、お願いします」
「ああ」
そうしてアミルの手紙は賢哉の魔法によって開拓領地から外へ、別の領地にいる商会へと届けられることとなったのである。




