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「何をやりやがった!」
「何をと言われても、俺はそこにいるそれを倒しただけだ」
そう言って賢哉は穴の中を指差す。彼らも先程確認したが、かつてキマイラだったものだ。今は地面にたたきつけられた結果完璧に肉塊へと化している。改めてそれを確認しドワーフたちは心の中で賢哉に対し恐れを抱く。いったい自分は何と対話をしているのか、人間とはこれほどまでに恐ろしいことができる生き物だったか、それともそれは目の前にいる者だけなのか。彼らにはわからない。彼らと人間の関係はだいぶ前に断たれている。それゆえに人間の持つ実力が目の前の存在程かどうかも分からない。
「……本当にお前がやったのか?」
「嘘をついてどうする。仮に俺がやったわけじゃないならここにこれをやった存在がいるわけだけど、それがいる状態で嘘ついて自分を誇張する必要性もないよな?」
「……キマイラが空から落ちてきただけの可能性もあるだろう」
「落ちてきただけでこれだけの大穴ができると?」
「…………」
少なくともキマイラが空から落ちてきただけでこれほどの大穴ができるほどの衝撃はないだろう。
「何のためにやった? 俺たちはお前に助けてくれって頼んだ覚えはねえ」
「確かに頼まれた覚えはないな……ってことは、そっちが困っていたのはこいつが原因の何かってことでいいんだよな?」
「っ」
賢哉がキマイラに手を出したのはドワーフの怪我など、困りごとの原因がキマイラにあるという推測からだ。まあ、仮にこれがドワーフの困りごととは無関係だったとしても、この山に来る際に大きな脅威になることは間違いなく、推測とは別に倒す可能性は低くはなかっただろう。もっとも今回はドワーフの困りごとであるという推測ゆえに倒したわけだ。これはドワーフに恩を売るというのも一つの理由、またドワーフがキマイラの被害を受けないようにするためだ。
「まあ、いいけどな。そもそもこれを倒した理由は俺たちがこの山に来る際にこれがいたらかなりの脅威になる危険性があると思ったからだ。下手に登ってる最中に襲われたり、守ることを考えながら戦うよりは今叩けるうちに叩いておいたほうが楽だろうな、って思いがあったから倒したんだ。別にドワーフたちのために倒したってわけでもないさ」
「…………」
ドワーフ側としてはその言葉をやすやすと信じられるはずはない。仲良くしようと一度行ってきたところを断ってすぐドワーフの困りごとの解決に動いているからだ。もちろん見つけたタイミングが今であるという可能性は状況的に低くないし、出会ったから倒しただけ、という可能性も低くはない。だがドワーフの心証をよくして自身の意見を通そうとしている可能性だって決して低くはないだろう。
「いや、それはまあそうなのかもしれねえ。だがな! お前がやったってんなら、文句を言ってやらあ! お前がそいつをぶっ叩きつけたせいで俺らのところの住処が揺れに揺れたんだ! 下手をすりゃ崩れたかもしれねえ! あぶねえじゃねえか!!」
「ああ……そうか、ドワーフはあの洞窟に住んでいるわけだから確かにこれだけのことをやったら振動とか凄いか……」
ドワーフのリーダーの指摘に賢哉はその内容について確かにと納得する。ドワーフのリーダーの言う通り、下手をすれば彼らの住処が崩れて全滅した可能性もある。ドワーフ側も簡単に崩れないようにいくつもの対策をしているが、もしその対策をしていなかったらどうなったのかわからない。そういう点においては彼らは大いに文句を言ってもいいだろう。
「それに関しては素直に謝ろう。こちらの配慮が足りなかった」
「おう……」
素直に謝られた……と言っていいのか少し判断が難しい言葉である。確かに謝っているのだが、心から誠意で言っているのかと、少し疑問に思う言い方だからである。もちろん賢哉は本心から言っているのであるが、どうにも言葉が軽くあっさりとしているように感じられる。まあ、これは悪いことを指摘され直ぐに謝ったせいでもあるかもしれない。言葉ではいくらでも言える、こということだ。
「それでお前は何が目的でこんなことを……」
「それはさっきも言ったと思うんだけど? 俺たちにとってここにいたこのキマイラは脅威である、危険である、問題であるから排除した。ただそれだけの話だよ」
「…………俺たちとの話を有利にしようと思ってやったわけじゃねえと?」
「その意図がないとは言わないな。一応類推になるが、これがドワーフに取って困り種だったという可能性は推測していたし」
「っ! だったら!」
「だけど、確かにさっき言ったことも事実だ。ドワーフに取って困り種かどうかはあまり関係なく、俺たちがここに来ていろいろと作業をするならその場合是の存在は厄介なことになった。また、これがいることで山が荒れることも問題だった。ドワーフにとってコイツが存在する問題はいろいろあったかもしれないが、それならこれがドワーフに与える被害は将来的にドワーフたちと強力関係を築きたい俺たちにとっては問題だ。だってそうだろ? こいつが原因でドワーフが全滅することになったらドワーフとの協力関係は作れない。技術の提供をしてもらうこともできないし、お互いいい関係を築くことはできない。キマイラが荒らしたドワーフたちの住処を探ることはできるが、それはあまり価値がないことだ。物よりも、何よりも、人、その存在こそが最大の資源なんだからな」
「………………」
賢哉としても色々と考えたうえでの行動である。理由は別に一つしかないわけではないのだ。様々利点、問題、いろいろ考えたうえで倒すことに利点が多い……というよりは、倒すことに問題がない、むしろ倒さなければ損しかないくらいのものでしかない。後で倒すか今倒すか、ならば今倒したほうがいい。そのほうが被害も問題も少なくなるのだから。
ただ、これによりドワーフの問題が解決するためそちらを解決することで協力関係を、ということはできない。だがそれはそれでいいだろう。相手の窮地に付け込んで関係を築くのは確かに悪くない手法かもしれないが、賢哉としてはそれは良心が咎める行いである。副領主、開拓領地をまとめるえらい立場としては時に非情な判断も必要かもしれない。だが、無情であればいいというわけでもない。キマイラを倒さないことはドワーフとの関係を築く上で必須なことではないのだから。
「ま、納得がいかないならそれでいいさ」
そういって賢哉は山を下りようとする。個々に来た仲間たちのもとに向かい、帰るつもりだ。だがその前に彼はドワーフのリーダーに一言告げる。
「ああ、それでも、少し前に行った協力関係、考えてもらえるとありがたい。俺たちはまたこちらに来るつもりだ。その時にでもその答えを聞かせてもらおう」
「あ、おい!」
ドワーフのリーダーが静止の声をかけるが賢哉はそのまま山を下り、置いてきた仲間たちのもとへと向かった。
「………………」
ドワーフのリーダーはその後姿を見届けるだけだった。