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「っ!? なんだあ今の揺れはっ!?」
ドワーフの住んでいる場所は洞窟である。それゆえに、彼らの住んでいる山における振動の感知がかなり容易にできる。山という環境であり、また洞窟内部ということもあり、山が崩れるような自身の類や災害に対しかなり高い検知能力を有していないといざという時危険である。特にドワーフの住んでいる場所は横穴ではなく、徐々に下がっていくタイプであるためいざという時のための検知能力や退避能力というのは必須なのである。
なぜ彼らがそんな水に飲まれればそのまま沈んでいくような、土砂が流れ込めばそのまま押しつぶされるような、そんな危険のある住処を作るのかというと、彼らは基本的に鉱石類を利用して生きているからである。加工技術もそうだが、彼らの大きな能力はその鍛冶能力や物づくり。もちろんそれらが金属など鉱石を使わなければいけないものばかりではないものの、基本的には鉱石類から作る金属を用いた鍛冶がメインである。
彼らは金属を扱った物づくりをを経験と歴史で培ったものではなく、本能的な察知からいくらかできる。この場所における検知能力や退避能力を持つ物もそれらの鍛冶技術から作られている。それゆえに、彼らの生活には鉱石類が必須となるのである。その確保のため、洞窟を広げ掘り出していく。それらの鍛冶技術は別に専門の者だけができることではなく、ある程度は一般家庭でもできる。そうして掘り出していくことをつづけ、地面のほうに手を伸ばすのだ。
横に掘り出してしまうといずれ洞窟が貫通してしまう。別にそれはある程度は構わないのだが、いくつも出入り口を設けるとそれはそれで危険が大きい。ゆえに下へと掘り出すことになる。実は上にもいくらか掘り出しており、場合によってはそちらに避難することもある。まあ、それ以前に何かあったときの手早い見地が必要になるためそれが優先なわけだが。
さて、そんな彼らだが、その鍛冶技術を扱うために当然素材が必要である。鉱石、木材、そういった物を。近場にある木材はかなり彼らの鍛冶の都合上喪失しており、ある程度遠くまで取りに行かなければならなくなっている。まあ、これはいいのである。鉱石に関しては、地面を掘って手に入れれられるものでもいくらかは構わない。それはそれでいい。だが、そういった鉱石の中には当然希少な鉱石もある。彼らの住処以外でも鉱石を掘っているのは彼らの住処では得られないような金属の鉱石がそこで得られるからだ。
その場所がキマイラに占拠され、そこをどうにか取り返そうとしたのが今回彼らの行った行動である。絶対に必須なことではないのだが、しかし彼らにとってその鉱脈はかなり重要なもの。彼らの扱う技術で作り上げる代物の中にはかなり特殊な性能を有するものもある。この場所における危険を検知するそれもまた特殊な金属を用いて作り上げる特殊な性能を持つ物だ。そういったものは彼らの生活には必要であり、できれば多く確保しておきたい。そのためそういった鉱石が必要なのだが、それが得られなくなった状態なのである。
また、キマイラが占拠した場所は彼らの住処に近い。近いといってもかなり上のほうであるのだが、それでもキマイラの行動能力であれば問題なく彼らのところに来られるだろう。さて、そもそもキマイラとは何を食べている物なのか? 少なくともあの見た目で草食ということはありえまい。つまりキマイラの餌の中にはドワーフが含まれていてもおかしくないということだ。そして山の上のほうは自然環境的に生物の数が少なくなる。当然キマイラが食事を行う上でドワーフに目をつける可能性は低くないだろう。餌が減って来たら彼らのもとに来る可能性は高い。そういったことを危惧し、彼らは討伐に赴いた。もっとも負けて逃げ帰ってきたわけだが。
そうしてどうしようどうしようとドワーフたちが悩んでいるところに、今の大震動である。
「おいっ! 何の振動だ!?」
「地震じゃねえ! 山が崩れたわけでもねえなっ!」
「地面が揺れたようには感じてねえ。洞窟全体が揺れたような……」
「下からの検知はない! 地震ではないぞ!」
「こっちのほうが揺れた!」
「上!? どういうことだ!?」
「火山じゃないだろこの山!」
「…………あのキマイラがなにか起こしたか?」
情報が集まり、いろいろと言い合い話し合いが行われ、その結果あの振動の原因はこの山の上のほうにある、ということになった。振動の検知が下からの物でなく上からの物であると判断されたからだ。また、山の内部からの振動ではないことも分かっている。外側からの振動の検知。例えばこれはそう、隕石が落ちてくるとか山そのものに対し外側から衝撃を与えた、というものだろう。
「ともかく、何が起きたかを見に行く奴らがいる」
「おう。だが流石に戦闘に行った奴らは使えないぞ」
「わかってる。傷は治ってるが置いてくさ。別に戦いに行くわけじゃねえ。何が起きたか見て、危険そうならすぐに逃げる。だから連れて行くとしたら足の速い奴らが良いな」
別に今回のそれの原因そのものの解決に出向く必要があるわけではない。もちろん今後も今回のような揺れが起こるようならすぐにでも対処する必然性があるが、しかしそうとも限らない。まだ何もわかっておらず、ただ大きな振動があったということしかわかっていない。ゆえに確認の必要があるのだ。そのための人員を募った。候補は足の速い者。仮に起きた出来事が何かわからないが、もしかすれば彼らの存亡の危機があるのならば逃げなければいかず、立ち向かって勝ち目があるかもしれないという判断になるかもしれない。防備を固めるにしろ、逃走するにしろ、立ち向かにしろ、何が起きたかわからなければ行動のしようもない。ゆえに何が起きたかを確認したのち、その情報を伝えられるだけの能力を持つ物がいるということだ。もしかしたら彼らが今起きた何かの出来事の原因に殺される危険性すらあり得るのだから。もしくは何かが原因で死に至る可能性が。
まあ、そこまで注意したところで全員が帰ってこない可能性もあるが、それはそれで彼らが全滅するような危険があったということでもあり、その場合おそらくは速やかに逃亡に至る可能性もあるだろう。
「……よし! 何が起きたかを確認するために行くぞ!」
「おお!」
そうして彼らは再び山へと向かったのである。
「なんだこりゃあ…………?」
彼らが登った先で見たものはすさまじいまでの惨状であった。原因がどこにあるかわからないものの、とりあえず確認の意味を込めて彼らはキマイラのところへと向かった。まあ、まず何かが起きる可能性があるとすれば、と彼らの中で思い当たる場所がここだったという話だ。
そこでは凄まじいまでの大穴が地面に空いており、その中にはキマイラが……いや、もしかしたらキマイラだったかもしれない悲惨な肉塊が拉げ潰れぐしゃぐしゃになっていたのである。その大穴との関連もあるだろう、恐らくは隕石が落ちた時のようにかなりの高空から地面にたたきつけられた、そんな感じの状態である。
「どういうこった」
いくらキマイラが飛行可能な生物であるとしても、さすがにこの惨状は説明がつかない。高空から落ちてきただけではこのような穴ができるはずもない。少なくとも隕石が地上に落下するような速度でキマイラが地面に叩きつけられる、ということでもなければありえない。そんなことはありえない……のだが、目の前の光景はそれが起きたとしか思えないものであり、あの振動からもそう考えることしかできない。
だが、それがあり得ないことであることも事実。では一体何が起きたのか? 少なくともキマイラ単体でこの惨状が起こされたわけではないだろう。では一体何が起きたのか……それを、ここにいるドワーフのリーダーである彼が訊ねる。
「お前がやったのか? 人間」
「そうだ」
賢哉。ドワーフたちの住んでいる場所まで来た、魔法使い。ドワーフたちはその存在を明確に理解しているわけではないが、少なくともこの場にいる彼が最も怪しく、また彼らの仲間の傷を癒した存在。そういった特殊な力を有していることは理解している。そうである以上、彼がこの場の惨状の原因である可能性が高く、そして賢哉はそれを肯定した。すなわち、先ほどの揺れの原因は彼であるということだ。