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「それで、どうするんです? 帰りますか?」
「なにも成果もなしで帰るのはもったいないな。少なくとも、彼らの日常、話しくらいは聞いておかないと。あのドワーフたちが傷ついていたことも気にかかるし」
賢哉が相対したドワーフのリーダーはともかく、ほかのドワーフたちは大きく傷ついていた。賢哉はそれを治療しその力を見せたわけだが残念ながら仲間を治療されたところで認めるわけではないようだ。まあ、そんな簡単に人に対し気を許すこともないのだろう。だが重要な点はそこではない。賢哉が彼らを治療したことは事実だが、目をつける点は彼らの仲間が大きく傷ついていたこと。この山に洞窟を作りその中にドワーフは住んでいるわけであり、彼らはこの場所での活動に慣れ親しんでいるはずだ。そうであるならばただの活動で大きく傷つくことはない。獣を相手にしたとしても、そう簡単に全員が傷つきボロボロになるものだろうか? そしてその成果もなしに戻ってくるものか? つまりは彼らを大きく傷つけるような何かが存在し、それに彼らは向かっていったが健闘むなしく敗北した、ということだろう。もしかしたら死者がいた可能性もあるが、あの様子であれば恐らくは大事に至る前に戻ってきたといったところだろう。彼らを追ってきている様子はないため、その場に居座っている何かであるとも考えられる。だが、それらはあくまで想像であり詳しくは現時点ではわからない。
「さて、一体どういう事態なのやら……」
仮にドワーフたちに何か問題が起きているのならばそれは賢哉たち開拓領地の人間にとっても問題である。未だコルデー山へと続く道は作っていないし、ドワーフたちがいる以上安易に山の開発を行うこともできない。開拓領地がそこまで範囲を広げるかも不明である。しかし、コルデー山はこの近辺に存在する唯一の山でしかも大きな山だ。その利用価値は色々とある。山そのものを利用するのもあるし、そこに存在する資源の利用もあるし。
賢哉は杖を振るい、魔法を使う。聞き耳の魔法、自分たちの住処へと戻って行ったドワーフたちにかけた盗聴の魔法を作動させ、その声を拾う魔法である。
『じゃないか?』
『やはり武器の問題があるか……俺たちだけでは倒しきれないのやもしれん』
『鉱石はあるがな……燃料の確保が難しいからな』
『今まで作ったものでも十分ではある。だが、そもそもあれだけの奴を相手に戦った経験のある者がな……』
『かなり昔の話だ。俺たちもこの近辺に出てくる獣ばかりを相手にして慣れた相手ばかりだったからな』
『そういった無駄話はいい。問題はあれにどう立ち向かうかだ。あそこに居座らせておくわけにもいかん。今のところ俺たちに被害は出ていないが……』
『周りの食糧がなくなったらこちらに目をつける可能性がある、だな。わかっている』
どうやら彼らの話を聞く限りではなにやら現れた様子である。賢哉が見たドワーフの仲間たちの傷からやはり負けて戻ってきた、という状態なのだろう。そしてその存在は特に彼らに被害を及ぼすわけではないが、居座られること自体が問題だということのようだ。
『あそこの鉱脈はまだ掘っている最中だったんだがな……』
『そこまで希少な金属があるわけではないが……利用価値の高い金属があったからな』
『他の場所を探すのはダメか?』
『鉱石はそれでもいいが、あれはどうする? 今のところここまで下りてくる様子を見せないが、以後もそうだとは限らんだろう。今すぐ倒せるかもわからんが……かといって放置しておくわけにもいかない』
『そうだな』
『……だが倒せなかった』
『……うむ』
彼らはそれに挑んだが倒せなかった。ドワーフは結構な身体能力を持つが、それでもかなわない相手であるようだ。とはいえ、彼らも傷つきながらも全員戻ってきている。そういう点では相手の強さがさほどでもないが生命力が高いという可能性がある。または去る者は追わず、縄張りを明確に持ちその内側を守ることに強い意識を持つか。それとももしかしたらドワーフを相手に遊んでいただけなのかもしれない。
『……あの人間に助けを求めるのはどうだ?』
『なに?』
『なんだと!? 人間に助けを求めるだと!』
『あ、ああ。俺たちで倒せぬのなら、人間を利用して倒すのもいいかもしれんだろう』
『それこそありえん! それならば全員で突貫した方がましだ!』
『それでは犠牲が多すぎるだろう! それでは意味がない!』
『人間に頼るなどありえん。あいつらが何をしたか知っているだろう!』
『頼るのではない! 利用する!』
『同じことだ! あいつらは平気で仲間も裏切る、亜人などごみ同然、獣と同じ程度にしか思っていまい!』
『だが、今のままだと犠牲が出るかもしれないだろう!』
『そんなのただの推測にすぎん! 人間を招き入れその力を借りたときやつらはどれほどの代償を要求するかわからんのだ!』
『俺たちの持っているものを全部よこせと言ってくるかもしれんな。もしくは奴隷にしようとしてくるかもしれん。家族を人質に取られればどうしようもない』
『土地を奪うつもりやもしれんな。その時俺たちは何処に行けばいい?』
『おい、ちょっと推測がいきすぎだ。落ち着け』
『うむ…………だが、この場所は既に人間に見つかっているんだったな』
『っ! そういえばここの前にあの人間たちがいたな』
『どうする?』
『…………入口を塞ぎ時間を稼ぐか?』
『まて、あの人間は先ほど交渉しようとか言ってきただろう。そんなことを言うくらいだ。すぐに大軍で攻め込むなどできまい』
『それもそうだな。対応する時間的余裕はあるかもしれん』
『そもそもこんなところまで来れる軍がいるか? 途中の獣や何やら危険が多いだろう』
『あの人間は少数だったからな。あの男もよくわからん奴だった』
『……ふむ、うまく利用するのが得策かもしれん』
そんな感じのドワーフたちのワイワイ……と、いった感じではないがとても賑やかな話し合いがなされていた。その話し合いを盗聴している賢哉と、近くにきてその内容を一緒に聞いているナルクは苦笑していた。
「俺たちにとっての亜人もそうですが、亜人にとっての人間もこんな感じなんですね」
「…………人間ってどこまで行っても人間なんだなあ、って思うなこれを聞いてると」
人間はどんな世界でも、やはり人間らしいものであるようだ。まあ、何をもって人間らしいと断ずるかはまた難しい。この話はその語られる悪行が人間らしいということであるが、実際やりかねないと思えるものだ。事実としてはあくまで過去いくらかそういう事例はあるが、そればかりではないといったところ。亜人の様々なうわさと同じで人間に関しても尾ひれがついている状態である。