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「ヒルック! ジェイス! クルス! ミルシャ! ナターシャ! 良く帰って来た……かなり酷い様子だが、大丈夫なのか?」
「はい。問題ありません」
「けがは大丈夫なんだ……」
「そうか」
エルフたちは戦いの結果幾らかの怪我をしている。とはいえ、その怪我はその痕跡が装備や服に残っているくらいであり本人たちの怪我はなくなっている。
「……しかし、そこにいる人間は一体どういうことだ?」
「それは……」
このエルフの集落に安全に戻ってこれたのも、怪我が無くなったのも、一応は賢哉のおかげである。ナターシャを切り捨てなかったため五人で戻ってこれたが代わりに賢哉の存在がなければ下手をすれば全員帰還することができなかった可能性もある。そう考えれば賢哉という存在は森に出たエルフたちにとっては重要だった。ただ、賢哉という存在が人間である以上多くのエルフにとっては敵対性のある存在なのである。
そんな風に連れてきたエルフたちに仲間である集落にいたエルフが厳しい視線を向ける。そんな彼らの前に賢哉自身が自ら進み出る。
「初めまして、エルフの皆さん」
「何?」
「今回俺がここに来たのは彼らの案内を受けて、だがそれに関して彼らを責めるのはやめてほしい。彼らも命を救われた以上俺の頼みを断ることは難しかったわけだ」
「ふん……だからと言って」
「人間が嫌いなのも人間と争い合ったことやそれ以外にもいろいろとあったのが理由だってのは俺も理解する。だが……話くらい聞いてくれないか?」
「人間の話なぞ聞けるものか」
「我々はお前たちと話すことなどない!」
エルフにとって人間とは話をすることもない、関係を持つこともない嫌悪や憎悪の対象である。ゆえに対応も厳しい。ただ、エルフたちも理性がないわけではない。人間に対して敵対的とはいえ、相手が何もしていない所に攻撃したりはしない。まあ、一部の喧嘩っ早い人物はまた話は違ってくるだろう。そのあたりは人間もエルフも変わりない。種族が違えど似通った生物と言うものは大きな差はそこまでないのである。
「取り付く島もない、ってやつか……」
賢哉としてはもう少し何とかしたいところであるが、しかし話もできない状態では難しいだろう。賢哉自身はいくらでもエルフと座り込みの耐久試合をできる所だが、ナルクもいるし開拓領地の問題もある。現状エルフの集落の位置が分かっているためまた来ることもできるがそれはそれで面倒も多い。できれば今すぐに話をつけたいと言うのが賢哉の本音である。
「やめよ!」
「っ! 長……」
そんな事を思っているところにエルフの集落の長が出てきた。老齢のエルフ、エルフの寿命は人間よりも高いため、かなりの年月を生きてきたのは間違いない人物であるだろう。
「……人間か。この暗黒領域に人の姿を見かけるのは久々だ。まず、我らの同胞を助けてくれたことに感謝を」
「なに、困っている相手を助けるのは普通の事だろう? まあ、亜人という存在がいると言うことを聞いたから少しは印象を良くできるかもしれないとか、話を聞いてくれるかもという思いがないとは言わないけどな」
「ずいぶんと心の内を隠し事もなく話すものだ。そちらに何らかの意図があろうとも、我らが同胞を助けた事実には変わりないであろう。そのことに感謝する」
そうエルフたちの長は賢哉に告げた。しかし、そう言った後、目を細めにらみつけるかのように賢哉を見つめる。
「だが、それとそちらがこの集落に来ることは話が違う。我らは人間とは過去の出来事から敵対しているに等しい。長きにわたりお互い干渉することはなくとも、我らは長く生きる。昔、人と関わりを持ち悲惨な目に遭い生き残った者も、過去のお互いの間に起きた出来事の記憶を持つ者も、その話を聞いて育った者も少なくない。我らがこの暗黒領域において過ごすことになった理由も人間が原因だ」
「…………」
「大人しく去れ。それがお互いのためだ」
そうエルフの長は賢哉に告げる。しかし、賢哉も諦めるつもりはない。
「そちらはそれでいいのか? 命の危険がある中、この森の中で過ごすと?」
「…………」
「まあ、人間を信用できないと言うのは理解できなくもない。いきなりここまできて、話をしようと言った所で簡単には受け入れられないってのはわかる。今までの関係があっての物だろうな。だが……本当にお互いそれでいいのか? 歩み寄りはできないのか? 話し合うことすら意味はないと?」
「………………」
賢哉の物言いは何も知らない立場であり、まったく別の世界の住人だから出てくることだろう。少なくともこの世界の人間であればそれほどに遠慮のない言葉を言うことはできないだろう。
「それをお前たちが言うか」
「正直俺に文句を言われても、って話になるんだけどな。俺は亜人と人間の争いの歴史は知らないし、そもそもそれ自体も人間にとってはかなり前の話だ。今も昔と同じでいる必要性はあるのか?」
「確かに今の人間は昔とは違うだろう。だが人間は人間だ。簡単に手を取り合う関係にはなれぬ」
「全ての人間が良い人間だっていうつもりはない。だがそれはエルフだってそうだろ? 全てのエルフが良いエルフなのか? 人間もそうだ。悪い人間がいれば良い人間もいる。開拓領地にいる人間がそうだと言うつもりはないが、だから手を取り合えないとは言わない。それに……俺たち今この暗黒領域の開拓を行っている。今はまだ領地周辺だが、いずれは資源のある場所にも手を伸ばすだろう。森も切りらいていく。道も作っていく。その時、エルフたちのいる場所に手が伸びないとは限らない」
「脅すつもりか?」
「そういうわけじゃないさ。ただ、その時お互いどうなるかわからない、ってだけだ。近くに人間たちが通る道ができて、エルフたちは心穏やかでいられるのか?」
「…………」
「今のうちにこちらと繋がりを持っておいた方が、不干渉の立場を貫くにしても悪くない。関わりを持てば、エルフたちだけではどうしても作ることのできない、手に入れることのできないものも得られる。こちらもそちらの持つ技術は欲しい。ただでさえ今の開拓領地は人もいないし技術もない、道具もない、何もない状態だからな」
「そんな状態で何ができる」
「それを話し合いたいって言うのが俺の意見だ。まあ、本気で嫌がる相手と話し合いをしたところで意味はないからな。だからそちらが嫌だと言うのなら別にいいさ」
賢哉はそう言って話を切った。結局のところ、エルフたちの判断次第である。
「…………」
「長!」
「話を聞くだけはしよう」
「長!?」
その意見は他のエルフたちにとっては驚くべき内容だった。話だけは聞く、まだどうなるかは決まっていないが歩み寄りを見せたのである。ただ、賢哉にとってはそれはありがたい内容だった。とりあえず賢哉はエルフの長に案内され集落の内部に入った。もちろん一緒にいるナルクもついでに。