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「ナターシャ……無事だったか」
「おいてきたから心配はしていたが……元気そうだな」
「ヒルック、ジェイス、それはこっちの方が言いたいんだけど……」
「ははは、まあ僕らの方が危険な状態だったからね」
「そうね……」
「クルスの言う通りだな。ナターシャを助けるためにいろいろしたが、こちらの方が逆に死にかけるはめになったからな」
「でも、ナターシャをあのまま置いていくよりはよかったわ」
「ミルシャ……うん、ありがとう」
「ところで…………そこにいるのってさ、人間だよね?」
クルスと呼ばれたエルフが仲間同士での会話に花を咲かせ……たいと思っても、どうしても気になる存在がナターシャと一緒に来ていた。そもそも彼らが助かったのはナターシャが来たからではなく、そのナターシャが連れてきた存在、すなわち賢哉のおかげである。彼らに自分たちを助けてもらったことに関しての感謝がないと言うわけではないが、しかし相手は人間であるためどうしても複雑な感情となってしまう。
「ええ、人間よ」
「……ナターシャ、何故人間と一緒に来た? 我らと人間の関係を知らないわけではないだろう」
「わかってるわよ……でも、皆が助けてくれたのはいいんだけど、放っておかれた私も危険がなかったわけじゃないでしょう?」
「まあ、そうね……あれ? ナターシャ、怪我は? あなたが倒れた時匂いや気配はわからなくしたけど、怪我は治せてないわ。血はなんとか止めたけど……」
「怪我してなかったとか? いや、そんなわけないよね」
「怪我は……治してもらったらしいわ。起きたらもうなくなっていたの」
「治した? もしかして……その人間は魔法使いなのか?」
「らしいわね……」
賢哉の方にかなり厳しい視線を向けるようになったエルフたち。賢哉にとっては何故そんな視線を向けられるのか、という思いである。まあ、ただの人間ですらエルフにとっては色々と思う所があると言うのにそれが魔法使い。魔法使いはエルフたちにとってもかなりの脅威だ。エルフも高い魔法の力を持つが、魔法の差異を持つわけではない。むしろエルフ自身は魔法を使えなくとも高い魔法の力を持つためか、逆にそれを目当てに人間を含む他種族に狙われた歴史がある。特に人間相手に狙われたことは多い。
「魔法使い……!」
「落ち着けヒルック。こちらは助けられた身だろう?」
「む……」
「ジェイスの言うとおりね。助けてくれてありがとう、人間の魔法使いさん」
「ありがとさん」
「ありがとう。流石にあの数に襲われてはこちらも耐えるので精一杯でね……それにナターシャも助けてくれたらしいし、感謝に堪えない」
「……感謝する」
「いや、そこまで大層なことを言われるほどでも。なに、見知らぬ誰かであっても傷ついて倒れていたら助けるのは当然だろう?」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
胡散臭そうな目を向けられる賢哉。これに関しては無償の救済はないと彼らが思っているからであり、また賢哉としても実際には見返りを求めての物であると言う点もある。それ以上に人間の魔法使い、という点で何を言った所で胡散臭そうに見られることは間違いないだろう。だが彼らとしても賢哉に助けられたのは事実である。そこだけは覆らない。
「まあ、こちらとしてはあなた方エルフとは色々と話し合いをしたいと思ってる。そういう点では助けることには意味がなかったわけではないけどな」
「……話し合い?」
「我々に人間と話し合いをする理由はない。お断りさせていただこう」
ヒルックと呼ばれたエルフの男は賢哉の言葉に否定を返す。先ほどからヒルックは何処か賢哉に対し態度が刺々しい。エルフと人間の関係は元々いいわけではないのでしかたがないかもしれないが、他のエルフよりもかなり刺々しい対応である。ちなみにこの場にナルクもいるが彼は基本的に話に入らない。まあ、副官に近い立場で使っているとはいえ彼はあくまで奴隷の立場である。主人の話し合いに入っていくような権限は基本的にない。それに下手に彼が入ると話が拗れそうだというのもある。もっとも賢哉だけが話していたところで拗れるときは拗れるだろう。そういう間柄なのだから。
「それ、あなたが決める権限を持っているのか?」
「…………」
「一応俺は開拓領地と呼ばれる人間の領地の副領主だ。まあ、あくまで副で重要な権限は上の人間が持ってるんだが、それでもまあエルフと話し合いをしたいって言ったら多分聞いてくれる。俺としてはこの未開拓地域……暗黒領域だったか? そこにいる亜人と呼んでいる存在とは色々と話し合いをして交流を持ちたいと思ってる。今までの歴史上、人間との関係は良くないって言うのは話に聞いているが、お互い不干渉になってからそれなりの時間がたっているはずだ。もちろんその間に何もなかったとは言えないだろうし、エルフの人の中には長生きして昔のことを知っている人もいるだろう。だけど、この過酷な場所で生活して、果たしてどれほどいい生活ができるかって話だ。俺たちも大変だし、恐らくはそちらも大変なんだろう? なら協力し合うことだってできるかもしれない。したっていいかもしれない。人間が信用できないって言うのもあるかもしれないが、まあそれは言った所で仕方がない。最初はどうしてもお互い不信感が強いだろう。それは直接話し合い、繋がりをもって過ごして、暮らして、それで理解し合い解決するしかない。俺はそう思うんだが……そちらはどうだい?」
「……無理に決まっている」
「そうか? なあ、どう思う他の人」
ヒルック以外のエルフに賢哉は問いかける。ヒルックは否定の色が強いが、他のエルフたちは表情から見ても少々複雑そうだ。面白そうだと笑みを浮かべる者、真剣に内容を吟味しているように見える者、やはり胡散臭そうな視線を向ける者。ナターシャも難しい顔をしている。やはり人間と、というのは彼等には難しい問題なのだろう。
「まあ、話に関してはそちらの偉い人と直接話さないと意味はないだろうし、今はいいさ。ところで、結構消耗しているようだけど無事帰れるのか?」
「む……」
エルフたちは怪我はそれほどでもない。装備もまあ、問題はない状態である。しかし、持っていた道具は大半を消費しており、無事エルフたちの集落に戻れるかというと、無事に戻るのは難しいかもしれないと言った具合である。
「……難しいわよね?」
「そうだな。お前を助けるときに色々と使い、逃げる段階でもかなり持っていたものを使った。怪我もあまりないとはいえ、細かい傷を治すだけでもそれなりに残っている物を消費するだろう」
「大変だけど戻れないこともないとは思うけど……厳しいわね」
「らしいわ。えっと……お願いできる?」
「それくらいならもちろん。治すだけでも問題なく、獣除けを一時的にでも構わないし、ちゃんと帰るところまでついていくのでも存分に」
「っ! 我らの集落までついてくる気か!」
「場合によっては。そちらの意思次第で」
「ナターシャ!」
「いいから! とりあえず私の話を聞いてから決めていいから!」
そうしてエルフ五人が集まり話し合いが始まった。ナターシャにはどうしても伝えなければならないことがある故に。