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「その話を信じて亜人や魔族を探すんですか?」
「まあ、森の探索のついでになるかな。あくまでメインは森に存在する驚異の調査、食料の確保、育てられるような果実の生る木や野草の回収、あとは資源を探すことくらいだ。確かに森にいるかもしれない他の人間の存在は樹になるところだが……近くにいるのなら見かける頻度も多いはず。それに向こうもあまり人間のいる場所の知覚には来たいとは思わないだろ? 俺はあまりそのあたりの人間と亜人、人間と魔族の歴史に関しては知らないんだが」
「そうですね。お互い不干渉、っていうのが多いでしょう。昔は殺し合いの戦争も珍しくなかったようですが、お互い数も減り未開拓地域も広がり、安全に住むことができなくなってきた。自分たちが生活できる、生き延びることのできる環境を作ることを優先したから今のところ争いは起きない状態ですが……」
「彼らが未開拓地域に住んでいるのなら、開拓を進めればいずれで会うことになるな。できれば戦うことなく穏便に済ませたいところだが……」
開拓領地が開拓を進めればいずれ森に住まう亜人や魔族と呼ばれる存在に出会う可能性がある。もっとも、それはすぐに見つけられると言う話でもないだろう。開拓領地に住む人間の話によれば見かけたのは本当に稀だったと言う話である。別に彼らが近くにいるからであったと言うわけではなく、彼らでもたまたま遠くまで来ていたとか、もしくは何か脅威から逃げたとかそういう理由があったから出会えたのかもしれない。とはいえ、仲良く、というわけにもいかずあくまで姿を見かけるのみだ。それも見かけたとはいえ直接接触する機会はなかった。
「そう簡単にはいかないでしょう、歴史的に」
「まあ、そうだよな。そもそも出会えなければ気にする必要もないし」
「そうですね。今まで出会うようなこともなかったんだから簡単に出会えるはずもないでしょう」
ははは、と軽く笑いながら話し合う二人。
そんな二人は森の奥へ、何か得られるものが無いかと進む。そうして彼らは一つの者を発見した。
「……これ人間だと思う?」
「いや、どう見ても亜人ですよこれ?」
「まあ、だと思ったよ。怪我してるみたいだけど……っていうか気絶してる?」
「みたいですね……」
金髪翠眼、長い耳に長身でスレンダーな体。ナルクの方はわからないものの、賢哉はその才から見ただけで判別できるが高い魔力を有しているのが見て取れる。この世界において亜人とはあまり接触がなく、知識に関しても今の時代ではあまり広まらずそれほど多くないか、逆に歪んで伝わっている可能性が高いため単純に判断できないだろう。ただ、賢哉の持つ亜人像の中におけるエルフという存在に見た目や雰囲気から完全に合致している。
「エルフかあ……まあ、お約束というかなんというか」
「エルフですか? え、これがエルフ!?」
「俺が知っている限りではな。まあ、こちらでどうなのかは知らないが……」
「話に聞いたことのあるエルフだと体が草だとか、真緑色をしているとか、人間を頭からバリバリ食べるとか……」
「具体的にどんな亜人がいるんだ?」
「エルフとかドワーフとか、獣人にリザードマン……魔族とかとか……? あんまり詳しくはないですね」
賢哉の知る限り典型的な亜人種がこの世界にいるらしい。何処の世界でも基本的な部分では似通る物なのだろう。人間だってこの世界では大差がないし、魔法だって使えている。言語に関しても大きな問題はなく進めているのだからそういった共通性に関しては賢哉が一番恩恵を受けている。亜人の知識の違いに関しては、迷信や噂でその存在について触れないまま時代が進んだ結果尾ひれがついたためだろう。それにしては少々恐ろし気な部分が強いが。
「まあ、何にせよ治療しようか」
「大丈夫ですか? 治した途端いきなり襲われるとか……」
「この森の獣の方がはるかに恐ろしいと思うが……まあ、不安がないとは言わないし念のため防御の魔法を使っておこうか」
具体的に亜人という存在がどういうものかも不明である。ナルクの不安は少々過度だと賢哉は思っているが、しかしその不安通りのことが起きないとも限らない。念には念を、注意は怠らず。賢哉が杖を振り二人に防御の術がかかる。そうして安全な状態にしてから賢哉はそのエルフを治療するのであった。
「しかし、よく無事だったな……」
「…………確かに森の中で倒れていたら普通は獣の餌になりますね」
傷ついたエルフの女性、当然血も流れているはずだ。その血の匂いに獣が寄ってきてもおかしくない。それに傷をつけた獣は一体どこへ行ったのか?
「ふむ、早めに話を聞いた方がいいかもな。血の匂いも、気配そのものもそう言えば感じなかった。何らかの魔法的な処置がされていた……ならわかったか? それともエルフの種族特有の技術か何かか? そうだ、血も……怪我はしているが血は流れてない。エルフがそういう生態をしていると言うならともかく、一般的な動物に近い生態をしているなら血が流れていないことがおかしい。何かの特殊な処置がされている可能性もある。例えば薬とか? 魔法とは違う技術があるか? それはそれで面白そうだし、薬は何か役に立つ可能性もある……」
「副領主様?」
「ん、まあとりあえずこの亜人女性が起きるまで待つとしよう。何か困っていることがあるなら助ければ恩が売れる。何か彼らしか持ち得ない技術があればそれを取り入れるのもいい。入植させるって手もあるだろうな。まあ、世間的にどういう扱いになるかわからないが」
「ええっ!?」
この世界の住人ではない賢哉にとっては亜人という存在に対しての忌避感は極めて薄い。なので領民として亜人を取り入れることすら視野に入れている。とはいえ、それが上手くいくかはわからないだろう。領民とすることは出来ずとも、その技術を取り入れる事、彼らの種族、一族との取引をすること。集団との取引などを考えている。まあ、そういったことはあくまで考えているという段階だ。うまく話が進むかどうかはこの場にいる亜人女性の動向次第となるだろう。