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開拓領地の基本方針は現状を良くすることが今のところ主である。確かに領地を広げ、より良い状況にするのは必要なことかもしれない。しかし、それには人も能力も足りていないのが現状だ。どれだけ大きな家を持とうとも、住む人間が少なれば宝の持ち腐れとなった使われない部屋は埃が貯まり、家を管理できるだけの能力がなければ荒れていく一方となるだろう。それと同じで領地も経営できるだけの能力とそこに住まうのに十分なだけの人間が必要になるのである。
能力に関しては仕方がないが、人数に関してはどうか? そもそもこれには元々開拓領地に住んでいた人間の総数の少なさがまず一つの問題となる。根本的に開拓領地には人が訪れない。開拓領地は余程のことが無い限り人は来ない。開拓領地は行くところの無い人間が最期に訪れる最終到達地なのである。そのうえ開拓領地というのは別にフェリシアの治めるここ一つだけというわけではない。流石に他の国と密接にかかわるような場所に開拓領地を作ることはないが、アルヘーレンの他の家族が開拓領地に送られている以上他にもあると考えるのが当然だろう。そういった最後に行きつく場所でも遠い場所よりは近い場所に行くのが普通、そういうことで和が分散しているのである。また、この地には盗賊がおり開拓領地に向かう人間を少なくした。そのため開拓領地にいる人員は減り続け、増員がなければ被害は広がるばかりでありある程度数を減らした時点で開拓が行われなくなった。
そして開拓が行われず能力が成長せず、人も増えず開拓領地は半ばボロボロのまま滅ぶ危険すらあった状況にフェリシア達が訪れたと言うことである。仮にフェリシアが盗賊に捕まり×××な目に遭えばそのまま開拓領地は滅んだだろう。その点では賢哉の仕事はかなりありがたいことだっただろう。もっとも、開拓領地の現状を考えればそのまま滅んだ方がよかったとも思う物がいるかもしれない。賢哉の力さえなければ開拓領地は発展する未来は殆ど無いとしか言えないくらいに酷い有様だったのだから。
フェリシアに頼み賢哉は女性を含むそれなりの人数を連れてきたが、それでは人数の補充にはならないか? そもそもからして数十人増やしたところで領地としてどうなのか、という点になる。まあ、確かに村一つでも領地は領地なのかもしれない。盗賊たち、連れてきた人員、元々住んでいた人間、フェリシアの従者達、総計しても百人はなんとかこえている、くらいの人員数で果たして領地と呼べるかは大いに疑問である。これならば村としてはやっていけるかもしれないが、領地として胸を張って言えるほどかと言われればまずそうではないとしか言えないだろう。
根本的に開拓領地は環境の問題がある。暗黒領域、未開拓地域に隣接しそれゆえに様々な危険のある場所、人の訪れがないことからあまり整備もされておらず荒れ果てた道となっている。そして開拓領地も碌な建物も特産品もなく、そこにいる人間はお金を持っていない。観光地としてもそもそも何も見るものがなく、せいぜい暗黒領域や未開拓地域に入ってみることくらいしかできないだろう。それは命の危険のあることであり、そもそも誰かに案内してもらうようなものでもなく、もしやる気があるのならばそもそもそれは開拓領地に訪れるような人間である。観光目的ではない。そういった様々な点を考慮すれば、開拓領地に住まう目的でない人間が開拓領地に訪れる理由すら存在しない。そもそも開拓領地にいる人間は他の場所にいる身内とも半ば縁が切れている存在が殆ど、そういった縁を辿った人集めすら碌にできず、商人すら訪れず。そんな領地にいったい誰が来ることだろう。
「他の領地との道をまずつなげるべきかと思います」
「……それにどのような意味がありますか?」
「いや、人に来てほしいなら道を良くする必要はあるだろう。フェリシアは道もない山に登りたいと思うか?」
「いえ、流石にそれは。そもそも山に登る必要性は……?」
「山に登りたいもの好きも世の中に入る。そんなもの好きでも、山に人が通れる道、山を登るために必要な道がなければ登るのは難しい。もちろん登ろうとする人間もいるが、それは本当に山が好きでそれだけの体力や能力のある人間じゃなきゃ無理だ」
「そしてこの開拓領地はその山と同じ、ということです」
「……山と同じ」
「そうだ。フェリシア達も経験しているが、ここに来るまでの道のり、あの荒れ模様を考えると来たくても来にくい。途中で襲われる危険だってあるし、移動にかかる時間だって結構なものだろう。流石に時間はどうしようもないが、道幅を広げ森を切り拓き、獣を近づきにくくする。本当は休息地点も作りたいが……さすがにそれは難しすぎるな」
開拓領地には一本しか道が通っていない。その道を通り到達するにもまた時間がかかり、道の荒れ模様があって積極的に馬車に乗って移動したいとも思わないだろう。そもそも歩きで来るような人間は元々開拓領地に来るしかないような人間が殆ど、そもそも馬車だってフェリシアのような個人所有でなければ基本的に開拓領地には移動しない。
休憩地点に関しては賢哉としては作りたいところであるが、建物の建築、住環境の整備、そしてそこに配置できる人材、その周囲の危険の排除、食事や水の問題など考慮するべき問題が大きく、対処できないためまず無理であるとの判断になっている。そもそもそんな場所を作れるのであれば苦労はしない。
「それに……フェリシアは何故山に登る必要性がないと思う?」
「…………必要な物がない、からでしょうか?」
「理由は人に寄るが、例えばそこから見える景色に価値が登りたいかもしれない。そこに何か珍しい物が売っていれば登りたいと思うかもしれない。そこに知り合いがいれば登ろうとするかもしれない」
「この開拓領地に価値あるものがない。ここに来たいと思う理由がない、ですか」
「……確かに開拓領地には何もありません。ようやく開拓が進んだだけの小さな……村のようなものですから」
開拓領地に見るべきものがない。ゆえに誰も来ない。それこそ山に挑戦しようとする登りたがり、それくらいの気概がある物だけだ。
「そもそも道自体がなければ登るのにも難儀する。挑戦するつもりはあっても難しすぎるから挑戦しない、という人間もいる。じゃあどうすればいいのか? 色々な答えはあるが、要は来やすければいい」
「……道を整備すればいいんですね」
「確かにちゃんとした道路ができれば移動がかなり楽にはなりますが……それができるわけがないと思いますが」
開拓領地から他の領地へとつながる道。今は一本しかないそれだが、増やすなり良くするなりしたいところではあってもそれを成せる人材が少ない。
「そこはとりあえず良くするだけなら俺が道を整備する。まあ、また別の領地へとつながる道を作るとかになると……そもそもそれは一大事業になるだろうから無理だな、とは思うけど」
「そうですね……」
「まあ、それはそれこそ本当に将来的な課題として、今はとりあえず道を良くしようと思う。商人の一人くらい来れる道があったほうがいいしな」
「……今は領地内に貨幣経済が浸透していません。その状態で商人を呼べますか?」
「むしろ商人がいないと貨幣経済自体浸透しないんじゃないのか? お金が必要じゃないから誰もお金を持たない。じゃあお金を必要とする状況を作ることでその必要性を理解させる。それに物が流入してこないと現状の開拓領地だけでどうにかしようとすることが問題だと思うんだが」
「………………」
「………………」
「言っておくが、俺に頼りすぎるなよ? 俺だってずっとここに居られるとも限らないんだからな」
「それは……」
賢哉もずっとこの開拓領地にいるとは限らない。もちろんフェリシアに従う立場として、無為にそれを捨てて他所へ行くなんてこともしないだろう。副領主としての立場もある。しかし、それが覆る可能性だってありえないわけではない。この国は王政が存在する王国。王の判断次第では賢哉の立場も先行きも居場所も変わる。
「わかっています。でも……今はお願いできますか?」
「むしろいなきゃどうしようもないだろうし、頑張るさ」
現在の開拓領地には賢哉の存在が必要不可欠。少なくともまともに領地が立ちまわるまではいてもらわないと困ることだろう。