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現在の賢哉の仕事はナルクを連れての森の探索、および開拓の指揮である。とはいえ、ある程度開拓も進み、現在では開拓班のまとめ役となる人物も現れ、開拓領地に元々からいた人員達ともある程度協力関係を築けるようになった。そもそも彼らも今の生活に満足しているわけではない。せめて人並みの生活を送りたいと思っていた者は多いだろう。そんな彼らは今ではそれなりに建物はよくできた。開拓そのものができず、人も来なかったゆえに彼らは活動ができなかったが今では開拓班が存在し、彼らが開拓を行う。それにより領地が広がり切り倒した木々の利用もできる。奴隷や元娼婦の女性も開拓は行わずとも畑の開墾などを行い、徐々に領地で生活できる体制を作り上げていく。
しかしそれでもまだまだ足りていないものは多い。いざという時に動ける消防や警察、治安を維持するため、外部からの敵と戦うための組織など。また領地自体を統括し、状況を確認してこれからの方針を決める領地経営の人員。そもそも開拓をするのはいいが、森そのものには手を付けていない。どこに何があるか、どんな生物がいるのか、開拓を進める上でも調査は必要である。
その調査を中心に現在賢哉は森での活動をしている。開拓の指揮は任せられるようになったのでそちらを中心にできていた。
「来たぞ!」
「はいっ!」
そんな賢哉達は時々森にいる獣に襲われる。元々森には人の手が入っていない場所であり、人に対する恐れもなく獣の数も多い。もちろん獣同士での闘争や生存で数は減っている。しかし獣たちはあまり人間が脅威でないことを知っている。でなければ開拓領地の畑を襲いに来たりはしないだろう。それに抵抗できなかった人間側にも問題はあるが。まあ昔の開拓領地にいた開拓を行っている人員も開拓中に獣に襲われていたこともある。それゆえに人間と言う者は彼らにとって弱者、襲う相手となっているのだろう。
しかし今は状況が違う。賢哉により開拓班は結界という特殊なものによって守られ獣たちは近づけず、徐々に獣たちの領域に開拓の手を伸ばしている。以前とは違い開拓領地に獣たちは侵入できなくなっており畑を襲うことは出来ない。そして人間自身も、賢哉と武器を持たせたナルクが獣相手に戦い自分たちの力を獣たちに見せている。今でも獣たちは賢哉とナルクを襲うが、いずれは人間に恐れをなし頻度は減るだろう。まあ、その恐怖を感じた獣たちを賢哉が全滅させることの方が多いのであまり変わらないかもしれない。
「はあっ!」
ナルクは普通に戦っている。まあ彼は特殊な力もないただの奴隷。武器や防具は一応用意してもらったがそれだけだ。この武器と防具は賢哉の作った簡素なものであり、それほど防御力があるようには見えない。ただ、致命傷は確実に対処する、傷はある程度は癒す、それ以外にも様々な防御機能を魔法で備えられている。この開拓領地では人間の数は多くない。たった一人、奴隷であっても貴重な人的資源だ。戦いの経験は必要であるが、死んでしまえば元も子もないし将来に響くような怪我をしてしまえば大きな損失となる。開拓班もそうだが基本的に失う者がないように賢哉は調整している。まあその管理も一つの仕事だ。
その賢哉はどのように戦っているのかというと。
「ほい」
杖と一振り。それだけで襲ってきた獣がばたりと体を横たわらせる。物理的損傷は一切ない。賢哉の魔法は極めてチートである。やり方次第であるが心臓を一瞬で停止させる呪いじみた魔法から、一酸化炭素を相手の肺に発生させる、脳のみを破壊するなどチート時見た魔法が使える。別に殺さずとも一瞬で眠りに落とすということだってできる。賢哉はそれくらい特殊で強力な魔法の力を持っているのでナルクのような存在の育成支援はできるものの、本人はあまり目立った活躍はしにくい。いや、活躍は出来るのだが、結局のところそれ自体があまり経験にならないのである。代わりに食料減となる肉を得られるのは大きいが。
「……相変わらずですね」
「そうだな。ま、面倒がなくていいと思ってくれた方がいいだろうよ」
「確かに楽……ですけど。戦うのは。で、その荷物はどう処理するんですか?」
「運ぶ。だって勿体ないしな」
「……また戻るんですね」
彼らはそれなりに獣に襲われている。とはいえ、彼らも数には限りがあるし縄張りだってあるだろう。一回の未開拓領域の探索で二、三回くらいといったところだ。とはいえ獣単独で襲われると言うことはほぼない。群れで襲われるのが殆ど。そのため一度に得られる獣肉の数が多い。そしてそれを無駄にするのはもったいない。ということでそれらの肉を運び開拓領地に持ち帰っている。そういうやり方をしているので毒殺は出来ない。まあ賢哉の魔法で毒殺はやりにくいのだが。
「これを持ち帰るだけで結構な時間がかかるんですが」
「ま、今は森の獣も襲ってくる回数が減ってるからすぐに必要なくなるかもしれないと思う。森の獣の数が減ったのか、こちらの脅威性を理解したのかは知らないが……ま、どちらでもいいな」
「はあ……」
そんな風に賢哉とナルクは森の探索をしている。開拓班の開拓も一段落付けば森の探索に開拓班で働いていた人員の一部を連れていくことができるだろう。現状は開拓作業があるのでナルクだけだが、ナルク以外も当然連れて行って経験を積ませたい。個人個人の向き不向きはあるが、専業の樵や猟師が欲しい所であるし、開拓に回している一部の人員を畑の開墾に使いたい。女性陣も開墾だけではなくもっと内職的な作業に回したいと言うのもある。生きるため、が一段落付けば今度は生活をより良くしようと言うことなのである。そもそも賢哉とナルクが森に来ているのはそれが理由でもあるのだから。
「お?」
「……川ですね」
「やっとみつけたな、水源。っていうかどこかに川の下流があったらそこから上流を探す形で見つけられたんじゃないか……?」
開拓領地だけで探索しているからわからないが、川は上流下流があるのだからそこから探索していけば開拓領地の近い場所に出ることもできただろう。何も危険な開拓領地側から直接川を探す必要はなかったのかもしれない。ともかく、開拓領地は直近に存在する川を見つけた。とはいえ、結構な距離があるのでなかなか利用するのは難しいのは間違いないが。
「……川を見つけましたけど、ここに何度も来るのは大変です。往復するのも副領主様がいないと難しいのでは?」
「安心しろ。ここに何度も来るなんてことはしない。このままここから開拓領地の方に道を作って小さな川にするさ。用水だな」
「……えっ」
賢哉の魔法はあまり細かい作業には向いていない。だから下水を作るのは大変だし、建物も極めて大雑把なつくりとなる。しかし、逆に井戸のための穴を掘ることや、一定範囲の進入禁止の結界など、単純でわかりやすく一つ事を中心とする作業は楽である。つまり穴を掘る、みたいなことは簡単にできる。それは川から開拓領地へと用水の道を伸ばすのも同じこと。
「それっ」
がががっ、と土が削れ自然に道が出てきていく。開拓領地へと続く道。そこに川の水が少しずつ流れ込んでいく。
「……相変わらずとんでもない」
「川に戻る流れを作るべきか、ため池のようにするべきか。途中で水を塞ぐ場所も作っておいた方がいいか? 水門の設置は途中でいいものか。やっぱり川に戻して循環させるのがいいか……まあ、先に作ってからでいいか」
賢哉も用水路の形、正しいつくりは知らない。何事も作ってから駄目そうならば戻す、直す、作り替える、そうしていくしかない。万能で何でもできるが全知でも全能でもない。あくまで魔法を使う賢哉は人間である。少しずつだが、開拓領地の環境開発は進んでいく。賢哉の魔法に頼りきりなのはそれを行っている本人が気にかけている所ではあるが、今のところはそうしていくしかないだろう。