22
娼婦、奴隷など基本的に過酷な環境下にある人間であっても貴族にとっては領民である。そもそも彼ら彼女らもその役割に従事し社会的な貢献をしている以上、立場的に底辺に近い状況下にあると言ってもきちんとした人間として生きていることに変わりはない。そうである以上彼らが住む場所の貴族が彼らを手放すことを簡単に良しとはしないだろう。それ以前に娼婦たちの仕事は社会的に色々と思う所はある者の、その役割がなすところはそれなりに大きい。まあ、あまり褒められるような仕事ではなしい、己の性や体を売る仕事は本人たちにとってもつらい所もあるだろう。とはいえ、彼ら彼女らがその仕事に就くことになったのは個人的事情や家庭的事情など様々な理由あってのものでしかたがないことではある。
ともかく、いくら人種的に底辺に近い立場の人物であったとしても、領民である以上他の領地に安易に送り出すと言うことは貴族的には問題がある。それが開拓領地となると余計に問題だ。だが奴隷の買い付けや娼婦の身請けそのものは金銭でのやり取りによるもの。それ自体を止める手段は存在しないと言える。そしてそれを受ける立場の彼ら彼女らも行先が開拓領地であると先に知らされたうえでその話を受けるのであればとやかく言われるようなことでもない。問題があるとすればそういうことをした開拓領地の領主であるフェリシアの評判に関わるところであるが、それもまたフェリシアの立場上文句こそ言われるが半ば同情的に近い。そこまでしなければ人を集められない開拓領地の現状に対して思う所があり、そんなところに送られたフェリシアに同情的な視線が向けられ、そのうえ奴隷や娼婦を引き取るのに結構な額のお金を使わざるを得ない点においてもである。
実際の所フェリシアがどれだけお金を使った所でどのみち開拓領地におけるお金の使い道は今のところない。仮に使い道ができるとすればその時は開拓領地で商売ができるようになった頃であり、いくらか税収も存在するようになったころ。少なくとも開拓領地がまともに運営できるようになってからであり、それはかなり先のことになるだろう。一応五年は国から税を取ったりはしないようであるが、しかしその前に領地として経営を成り立たせないとならない。それはそれでかなり大変なことだろう。簡単にできるものではない。
実現できるかはともかく、そういう理由でお金は必要なく今ここで人を集めるために使ったところでフェリシアにとってはあまり大きな損はない。もちろん従者に対する今後の給料とかいろいろと考えるべきところはあるが、しかしそれよりも今は領地そのものを領地として成立させることの方が重要である。
「これでよかったのでしょうか……?」
「私にはわかりません。実際にこれからどうなるかで判断するしかないと思います。ええ、今回この意見を述べた人にはしっかりと頑張ってもらわなければなりませんね」
「……つまり領地経営を手伝えってことだよな。まあ、それ自体は一応俺は副領主なんだしちゃんとするけどさ」
今回の人を買って自分の領地へ、という意見を言ったのは賢哉である。そしてそれに対して行動したのはフェリシア。奴隷の購入や身請けの資金を出したのも、その彼らのいる場所の貴族との話をしたのも、そもそもから色々と手を尽くしたのはフェリシアおよびアミルである。賢哉はあくまで意見を述べただけ。つまりはどれだけ建設的な意見、これから役に立つことであっても全く何もしていないのである。もちろん意見が役立ったことはかなり大きなことかもしれないが、しかし言うだけならば誰にでもできる。思いつくかどうかはともかく、言うだけならば損にはならない。
なので今回の行動に関しての責任をアミルは賢哉に求める所である。フェリシアは賢哉の意見ではあるがそれに対し行動することを選んだのは自分だと思うだろうし、そもそもからしてフェリシアがついてきたのは根本的に従者の送り出しを兼ねてのもの。まあそれには賢哉が道中を守ることも必要だったのではあるが。いや、そういう意味では賢哉は全く仕事をしていないわけではないのだが。
「今回勝った奴隷の数は十三人。身請けした娼婦は五人。内訳は女性が十六、男性が二ですね。なぜ男性を買ったのか聞いても?」
「購入時点でその人物の情報を幾らか調べた上で、優秀で使い道のある人材をと思ったからだ。確かに今のところ領地の統治自体は領主であるフェリシアがいればいいが、いずれ人が増えれば相応に部下がいる。現地から探し出すのもいいかもしれないが、根本的に能力がない人間をその立場に就けるわけにもいかないだろ? 俺としては俺の副領主就任もどうかと思ってるんだが……」
「ケンヤ様なら大丈夫です。むしろ私よりも立派に領主として仕事ができるのではないかと思うくらいで……」
「いや、そっちはフェリシアの方ができるからな? フェリシアは貴族だ。元々その手の内容に触れているし、こっちでの教育も全てを受けていたわけじゃなくとも少しは知っている。何も知らない人間が手を出すよりははるかにできるはずだ」
「そうでしょうか……」
少なくともこの世界の出身ではなく、貴族として生まれわけでもなく、全くこの世界の常識も当たり前の価値観も知らず、教育を受けた結果その分だけ知識や情報を持っていて逆に弊害が大きい賢哉よりも、立派に領地を治めた貴族の娘でありその血を引き、完全に教育を受けたわけではないがそれでもまだ貴族の領地経営に少しでも触れたフェリシアの方がよほどまともな領地経営ができるだろうと賢哉は考えている。実際その通りだろう。賢哉が領地経営をする場合元々賢哉のいた世界の価値観を元にした経営になりかなり様々な問題が起きることになる。それ以前に本来ならば副領主就任自体が認められるとは思えない。フェリシアが開拓領地を治める立場であり、開拓領地という場所が今まで貴族の手が入った場所ではなく、フェリシア自身が他の貴族の後見を受けておらず、全ての決定権がフェリシアにあるからこそ賢哉を副領主にできたのである。もし領地経営が軌道に乗り、税を納めるようになって国が関わるようになってきた場合、賢哉の立場がどうなるかは不明である。
「そうです。貴族と言うものは血を重視します。もちろんそれまで行ってきた事や実際に何をしているのか、どれだけの能力があるのかは確かに重要なことでしょう。ですが、貴族は貴族に生まれたと言うことがまず肝心要なのです。仮にケンヤ様がどれほど人のために努力し、より良い者を作り国に貢献したとしても、簡単に領地を治める立場にはなれません。まず貴族という立場にならなければ不可能です。そして貴族という立場は血に連なる物。少なくともどこかの貴族との婚姻という形が必要になってくることでしょう」
「婚姻ですか……いろいろと面倒な話なのですね」
婚姻。その言葉を聞いてフェリシアが複雑そうな表情になる。そもそもフェリシア、アルヘーレンの家の者が今の状況になったのはその婚姻、婚約が原因である。当然そういった事柄にフェリシア自身は複雑な心境がある。
「ええ。まあ、ケンヤ様に関しては正直どうなるか、どう扱えばいいか困るでしょうね。少なくとも今はフェリシア様に仕えている立場ですからあまり難しく考えても仕方がありませんよ」
「そうですか」
「ま、何でもいいさ。こっちがすることは開拓領地を良くすること。開拓を頑張ってればそれでいいだろ」
「そうですね」
「頑張りましょう!」
馬車は開拓領地に向かう。彼等の行う所は今のところ開拓領地の安堵。それを成すことが重要である。