31話 仕事を終えて
音楽会は基本的に楽団の人間が音楽を奏で、その演奏を聴く場である。もっとも貴族のような上位の人間が多く集まる場になるということもあり、ただ音楽を聴くだけで終わると言うことはない。せっかく集まったのだからといろいろな話し合いをすることも多い。話し合いをすることを目的にする者も場合によってはいる。もちろん音楽を聴きに来た者もいるし、両方を目的としている者もいる。まあまちまちといったところである。
今回のアーシュがなんとか指導し開催するに至った音楽会は後援者、後ろ盾となっている王女も来ている。自分が目をかけて上の立場に送り出した人間が主導したのだからむしろ参加しないほうがおかしいだろう。そういうこともあり人の集まりはいつもよりも多かった。別に通常の音楽会に王女が出ないと言うわけではない。ただその参加に関しては絶対ではなく、いつ来るかどうかもわからないということもあって難しい。しかし今回は王女が目をかけている者の初舞台、まず出ないはずがないと言うことである。
そういう事情もあり、人も多く集まり、音楽会はそれなりにいい結果となった……とはいっても、基本的にいつも通りのいい結果、と言ったところである。人が集まろうと集まらなかろうと基本的に音楽会は大きな失敗はほとんどない。元々音楽を聴くと言ってもプロフェッショナルの視点で音楽を聴いているわけではなく、人によってはついでで聞いている者も多い。音楽以外の物に関しても準備されており、場合によっては食事会のついでということにもなる。まあもちろん音楽に関しても重要ではあるが、絶対に音楽だけが重要視されるものでもなく、その全体の流れや状況、雰囲気などが重要だったりする。とはいえ、音楽会という演奏を聞きに来るための舞台なので演奏が本当にだめならば流石に問題にはなる。
今回は演奏自体はかなりいいものだった。アーシュの指導もあり、抑えたとはいえ指摘はいくつもしているからか耳のいいアーシュにとってもほとんど問題になるようなものはないと判断できるものだった。もちろんアーシュが聞く分でミスはいくつもあったが、ある程度の耳のいい人間でもまず聞き取れない、絶対音感やアーシュくらいの耳の良さでなければわからないくらいのミスである。流石にそこまで演奏する側に指摘はしきれない。だがそもそも今回の演奏は曲のカテゴリの問題がある。今回の曲はアーシュが持ち込んだ楽譜であり、その楽譜の曲はこれまでにない曲調の新しい音楽。それゆえにか、いつもと違う音楽に戸惑う者もいれば新しい曲調に面白そうに聞く者もいて、またこんなものは音楽ではないと不快に思う者もいた……と思われる。流石に不快に思ったことはあまり貴族は表に出さないこともあってわからない部分である。だが新しい試みに悪い印象を一切抱かれないと言うことはないと考えられるためそういう人物がいてもおかしくはない、ということである。
ちなみに今回の主導であるアーシュを推薦した王女はそれなりに音楽を楽しんでいた。もっとも彼女は元々音楽が嫌いではなく特定の音楽に偏重しているわけでもないのでよっぽどアレでなければ楽しんだことだろう。アーシュに今回のことを任せたキルシアはいろいろと刺激を受けた感じではあった。彼女は一応今の一般的な曲調の演奏を主にやっているのでやはりアーシュが楽譜を持ち込んで演奏した今回の曲の曲調はどうにも慣れないものである。しかし決して悪いものではないと思っている……が、やはり慣れないこともあり正しく判断を下せてはいない。彼女の場合アーシュに対する敵対的な感情もあって余計に、である。とはいえそれなりによくできた、と判断しているが。
アーシュに関しては……その耳でほとんど全員の反応を聞いている。もちろん聞いていた人間の感想だけではなく、その場に置いて話し合いしている内容に関しても。別に裏でこそこそ話しているというわけではないので特に悪だくみをしているというわけではないためアーシュの裏の仕事としてはそれほど重要な物はなかった。ただ何も役に立たないと言うわけでもないだろう。その場には王女もいたので別に報告はそれほど必要とは思われないが。
「お呼び出しですか」
「ああ。しかし前回のお前が主導した演奏だが悪くなかったぞ」
「そういってもらえると嬉しいですね。流石に王女様のいるあの場には居なかったみたいですが」
「外で警戒していたからな。中に入れるほど偉くはない」
「そうですか」
女性の騎士、ルリエもあの場には居たが流石に中で音楽を聴いていたわけではない。外に出ての監視である。まあ外にいたとしても演奏の音は聞こえたのでそれを気痛いうえでの感想である。よかった、と言ってもらえるならばありがたい。まあ彼女が言ったのは悪くない、という感想ではある。彼女の性格からすると素直に良かったとは言えないタイプなのでよかったと考えていい……と思われるが。
「なかなかあの演奏はよかったですね。もっとも私は音楽の良し悪しはそこまでわかる人間ではないのですけど」
「そうですか」
「しかし、あなたは演奏に参加していたわけでも指揮をしていたわけでもありませんでしたね。何をしていたんですか?」
「裏方です。楽器が足りなかったので」
「あら。楽器が足りない……人数分以上にあるでしょう?」
「いえ、演奏するための……楽器そのものが存在しないものだったので」
「……?」
「こういうことです」
そう言って声で楽器の音を鳴らすアーシュ。
「………………あなたが人間離れしているということを忘れていたわ。そう、あの時後ろの方から聞こえていたあの音はつまりあなたの声だったのね……とんでもない話だわ」
「まあ、驚かれても仕方ない話ですけど……」
「驚くと言う段階を通り越していると思うが?」
「まず普通だとあり得ないわね。まあ、でも楽器がないなら……作る必要があるかしら?」
「作れるかどうかわかりませんが……」
「構造は知っているの? つくりは? 何を素材にしているのかしら? って、私が効いても仕方がないわね。専門の人間を呼び寄せて作ってもらうように頼みましょう。後でアーシュも一緒に呼び出すから」
「……はい」
王女の一言で予定が決められるアーシュ。もっとも権力者である以上それくらいは当たり前に行うことである。それ以外にも、今回のことでアーシュが効いた色々なことに関してであったり、今後の音楽関係の仕事の予定、それ以外にもアーシュをいじめていた女性……キルシアのことについて尋ねられたりなど、いろいろと話をした。キルシアに関しては王女側からこっちで排除しようかという提案がなされたが別にアーシュは嫌いなわけではないし現状悪い関係ではないので、とお断りをした。そんなアーシュを王女は面白そうに見ていたりしたが、別に特に何かがあるわけでもなく。普通に王女との話し合いは終わった。予定を入れられたりしたが。