30話 然れど童は舞台に上がらず
次の音楽会の曲の合奏に関してアーシュはキルシアに任されたのはいいが、キルシアに比べアーシュは決して人望があるとは言えずなかなかに大変だった。キルシアの性格や、キルシアのアーシュへの態度、そのほか様々な要因でキルシアはとても好意的にみられている……というわけではないのは事実である。しかし同時にキルシアが悪く見られているかと言えばそういうわけでもない。今までずっとなんだかんだで楽団をまとめ管理していたのは事実であり、能力はアーシュに劣るがその努力と成果は確かなものである。キルシアに対し少し当たりが強いのはアーシュという子供への態度が原因であり、本人はそこまで嫌われるような人間では……ない。
そもそもそういう点でいえばアーシュの方にも悪い点はあると言える。アーシュは年齢的には子供と言っていい年齢、働くことも珍しくない年齢ではあるが王城に勤める楽団の人員にとってはどうだろう。貴族たちにとってはアーシュくらいの年齢の子供ならばまず教育中だろう。少なくとも働いているとは思えない。キルシアも比較的若いがそれでもまだキルシアはまだこの楽団をまとめる人間としてはおかしくない年齢ではある……ちょっと若い気もするが。それに対しそれに近い立場、ほぼ同等の立場にいるアーシュは明らかに年齢的におかしい。王女の推薦でその立場になったからであるが、それに納得いく人間の方が普通は少ない。あまりにも若すぎる、子供過ぎるのである。
ゆえにアーシュが楽団の人間をまとめるのは中々に大変だった。しかもアーシュの場合指摘が的確過ぎるのも問題である。普通の人間はわからないような微かなミス、問題点ですら指摘できてしまう。しかしそれはアーシュが気づいても弾いている側は気づかないようなことも多い。いや、気づかないと言うよりは気づけないと言うか。本人はミスをしているはずがないと思っているのにミスとして指摘されるのはたとえアーシュの実力が確かなものと認められても納得は行きにくい。それに弾いている奏者側にわからないのであれば聞いている側はどれほどわかるだろう。アーシュほどとはいかなくともかなりの音楽への才、音感を持たなければそうわかるものではない。微かなミス、僅かなミスはある程度は無視していいのではないかと考える。そもそも完璧を求められたところで極端に完璧なものはまず無理だ。そういう点ではアーシュは少し指摘をしすぎている、といえる。それならキルシアの方がましだと考える人間もいるだろう。
アーシュは音楽関連の能力は高い。耳も良く、声で様々な音を出せる。ゆえにこそこの立場だが、一方で人付き合いはせいぜいが人並みくらい。上の立場につくものとしては少々頼りなく、またその年齢のマイナスがあったりして中々に大変である。だがそういったマイナスがあったとしてもやるべき仕事はしっかりとやる、そう考えなんとか楽団の楽曲のレベルを上げ、完成させていく。
「大分よくなったみたいね」
「そうですね……」
「……納得いっていない顔ね」
「いえ、納得いっていないと言うわけではないですよ? 皆さんの演奏は……まあ、ミスがないとはいいませんけど、僕のような一部の人間しか聞き分けられないような些細な物です。そこまで極端に指摘するのはよくないと言うことで過度な指摘はしないようにしてます」
「…………ふうん? あなたがそうするって決めたなら別にいいけど」
アーシュは過度に指摘をしないようにしたらしい。アーシュとしてもあまり対人関係を悪くするのはよくないと接しているうちに察して判断した。アーシュのような一部の人間しかわからないのであればそこまで追求して直したところで理解をしてくれる人間は少ない。もちろん本気で才能高い一部の人間は不満を持つかもしれないが、それならばそちらから指摘してもらえればその時直せばいい。聞いている人間はしっかりと聞いているのだとわかれば少しは意識が変わるだろう。もっともその時担当するのがアーシュであるとは限らないが。そもそも今までして気がなかったのならばそこまで気にする必要もないかもしれない。
「……音が足らないと思いませんか?」
「はい? どういうことよ?」
突然のアーシュの問いにキルシアは不思議そうな顔をする。
「確かに皆さんしっかりとした演奏で、ちゃんと全部弾ききることができます……ですが、少し演奏として、音楽として物足りないと思いませんか?」
「まあ、確かにそうだけど……そういえばあなたから貰った楽譜には楽器が他にもあったわね。それはしないのかしら?」
「できないんです。楽器がありませんから」
「……楽器がないのにどうしてその楽器で弾く音楽が作れるのかとっても疑問なんだけど?」
「そのあたりは秘密です。こちらにはなくても余所にならあるかもしれない楽器……と思っていただければ」
「ふうん……?」
キルシアは納得がいかないような表情をしているが問い詰めたところであまり意味はないだろう。アーシュは基本的に語らないと決めたなら語るようなことはしない。そもそも問い詰めると言うこと自体行動としては悪いだろう。そもそも、余所にあるかもしれないと言っている時点であるかどうかすらアーシュにはわからないのではと思えるくらいだ。もっとも、結局アーシュが語らなければそのあたりのことはわからない。
「でもないなら仕方がないわよね」
「そうですね。なので、そこは僕が担当することにします」
「……は?」
「こんな感じに」
そういってアーシュは楽器の音を出す。それも一つの楽器ではなく三つほどの楽器の音を、同時に。
「………………………………あなた、おかしいわよ? それ絶対人間業じゃないわ」
「わかってます。だから流石に裏でやるしかないですよね」
「……表に出るつもりはないってこと?」
「はい。あと他の人たちにも納得してもらわないと……」
「あなたそれでいいの?」
「別に目立ちたいわけでも、人の上に積極的に立ちたいわけじゃありません。この仕事を、望む形でしっかりと達成したい。それだけです」
「………………」
アーシュは裏方でも構わない。己の能力を駆使し、音楽関連の仕事を、声に関係する仕事を、そういった仕事をちゃんとやり斬れるのならそれでいい、そう思っている。ゆえに今回は楽器の代わりに声を出す、そういうことで裏方で活動することになった。