28話 王女とのお話
「あ。アーシュ、こんにちは」
「こんにちは……マカベラさんは見張り、ですか?」
「まあ、そんな感じみたいね」
「そんな感じではなく見張りだ。ちゃんと仕事をしてもらえないか?」
「してるしてる。でも、あなたやアーシュ相手に警戒するのは……違わない?」
「たとえ私たちでも警戒はしっかりすること。お前の仕事は王女の守りだ。常に油断せずに警戒しろ」
「……わかったわ」
マカベラが女性の騎士に叱られる。なんだかんだでマカベラは冒険者の頃の軽い雰囲気が残っている。しかし王女の守護を担う守り、見張り役としてはそのままの状態では足りないだろう。ちゃんとした精神性、また守る相手が王女という重要な立場である。そもそもそこに冒険者だった人間を配置するのどうかとも思うのだが、実力という点では申し分ない実力を有しているのは事実である。また彼女を雇うことはアーシュを引き入れることに必要なこととして考慮されたことでもある。まあ、まだ実際に配置して運用するには精神的な修養、判断能力などいろいろな点で不備はあったと言える状況……なのかもしれない。
とはいえ、実際に使ってみなければどれほど使えるか、どこまでできるかもわからないので試験的な運用をしているということでもあるのだろう。今の所王女が戻ってきてそこまで時間が経っていない、王女襲撃の話が広まり流石に今動きを見せることが難しい、また王城という安全性の高い場所にいるということもあってこその運用である。マカベラの人柄を見ると言うのも一因だと思われるが。一応彼女に対して監視に近い人員も配置されている。これはマカベラに限らずローデスやクルベも同じ。なんだかんだで冒険者出身の三人はかなり注意を向けられている。ちなみに残りの二人は王女の守りとは別の所に配置されている。女性と男性の違いである。
「とりあえず王女に面会を。了解を聞いてきてほしい」
「はい。失礼します王女様…………」
部屋の中に入りマカベラは王女からアーシュと女性騎士の入室の了解の確認をする。王女側がダメ、嫌だという判断をするならばアーシュや女性騎士であっても入ることはできない。これに関しては王女側の用事や気分などいろいろな理由があるから、だ。まあ今回の確認に関してはマカベラに仕事の流れを教える意図もあっての物だ。アーシュからの報告も理由の一環であるが。
「大丈夫みたいよ」
「……そうか。それはいいが、口調はちゃんとしたものを使うように」
「大丈夫みたいです」
「それでいい」
そういうことでマカベラから王女の了解の意を聞き、アーシュと女性騎士は中に入る。女性騎士はアーシュの案内役であるがいざという時アーシュから王女を守るために行動するための監視、守りの人員でもある。そもそも王女についている守りの人員なわけである。彼女以外にも中には他に騎士もいて、また騎士以外にもいざという時に動ける侍従の存在も何人かいる。もちろん本当の意味で側仕事をするだけの侍従もいるが。
「失礼します」
「失礼します。アーシュをおつれいたしました」
「ありがとう、ルリエ。お久ぶり……と言いましょうか、アーシュ」
「はい。王女様、お久しぶりです」
王女とは一応アーシュは顔合わせを行っている。実際王女からの推薦を貰う上で王女がアーシュの人となり、性格、精神性、その能力に関して等しっていなければ流石にいくら周りの騎士が推したからと言ってアーシュを推薦することはできないだろう。そういうことでその能力についての詳しい説明も含めたうえで顔合わせを行っている。これはアーシュに限らずマカベラ、そしてローデスとクルベもだ。いろいろな意味でがちがちに緊張……しなかった四人であるが、さすがに相手が王女ということもあって中々に緊迫とした、緊張した雰囲気ではあった出会いである。
「せっかく久々に呼び立てたのだからお話をしましょうか……と行きたいところだけど。その前にあなたの耳で聞いた様々な情報を教えてもらうことにしましょうか」
「はい。それでは……」
アーシュは王城内にて聞いた様々なことを伝える。どこで何があったか、誰が誰とどういう関係になっているか、王城内で画策されている悪だくみとか。火とのつながりも重要であるし、色々と存在する噂話に関してもそう、隠し通路を通っている裏の人間の動きに関してもアーシュの身体能力、その耳では幾分か筒抜けである。かなりのとんでもない能力だが、あらゆるすべてを聞き取れるわけでもないし、また聞き取る情報の処理の能力限界もあってある程度抑えなければいけないこともある。また、王女の方はいくらか対策をして聞き取りができないようにしていたりもする。内容さえ知っていれば一応の対処はできる。完璧完全な対処は難しいが。
「……あまりこれといって際立った情報はないわね。あっても困るけど」
「あっても困ります。とはいえ、聞いた情報だけでもそれなりに色々とできそうではありますが……」
「敵側に回らなくてよかったわ。ほんと。それでアーシュ、裏のお仕事に関しては今聞いた分で別にいいのだけど。あなたの表のお仕事の状況はどうかしら?」
「……音楽の方ですね」
「ええ。今の所聞かせてもらってはいないけど、進捗はどうなの?」
アーシュは裏の仕事の方がメインと言える存在だ。しかし決して表の仕事に手を抜くわけでもない。手を抜けば怪しまれると言うのも一因だし、それに彼としても音楽関連の仕事は望むところである。本音を言えば音楽と言っても声、声優的な物や歌やアイドル系の仕事の方が望むところだがこの世界でその手の物がないため音楽の仕事ということになる。アーシュの立場はかなり偉い立場になるが、王女の推薦あっての物。いや、王女の推薦だからこそその立場というべきかもしれないが。
そんな立場についているが、今のところアーシュは表舞台には出てくる状況にない。まあそもそも音楽関連の仕事で確実に表舞台に立つ者ばかりというわけでもないと思われるわけだが。一応音楽……新曲の提供などもできるし、アーシュ自身楽団の一員としての参加もできる。立場はともかく何をやるかに関しては現時点では不明だが、それでもそろそろ何かの仕事への参加をしてもいいだろうと思うわけである。だが今のところアーシュが表に出てくることはない。
「まあ、色々とやらせてもらってます。何をするかは決まっていませんが」
「そうなの? てっきり歌を歌ったりするのかとおもっていたのだけど」
「……アーシュはどうにもいじめにあっているようですよ?」
「ふうん……? そうなのアーシュ?」
「いじめというほどではないです。向こうにも思うところはあるともいますが……いじめというほどのものじゃないですよ。新人に対して厳しめに接するという点ではあれですけど」
「私が手を回しましょうか?」
「それは辞めてください。話がこじれますし……僕の能力に対して疑問視されるので。一応これでもそれなりに自分の能力に対する自信はありますから」
「あら、そう。ならあなたが活躍するのを楽しみに待つことにしましょう」
とりあえず王女からの過干渉はない様子で少し安心するように息を吐くアーシュ。アーシュとしても自分のせいで権力による同僚の排除を望むわけではない。ちょっと色々と厳しく当たられてはいるが、あの程度で後ろ盾を頼るようではだめだと言うのがアーシュの考え。権力は利用するべきかもしれないが、利用しすぎると権力の方がアーシュの力として見られてしまう。それではだめだ。王女との関係も怪しく見られてしまう。ゆえに能力で対応するのが一番と考える。誰も文句を言えない、自分自身の能力を見せつけ思い知らせる。そうすることでアーシュは正しく認められる存在としていられるのだから。