27話 耳の仕事
「なかなかに大変なようだなアーシュ」
「……もしかしてみていたんですか?」
「そういうわけじゃないが……お前に対しての仕打ちに関しては少し噂になっているからな。子供に対し苛烈だ、厳しいなどと」
「そうですか……」
流石にアーシュは見た目だけならば子供に近しいこともあり、そのアーシュに対しての先ほどの彼女の仕打ちは中々厳しいと言うか、子供に対しての物とは言い難いだろう。アーシュの見た目も一因であれば王女との関係、王女からの推薦による現在の立場を受けているというのも彼女に対し悪い噂を広げる要因となっている。そもそもあの女性に関しては努力はしているが特別能力があるというわけでもなく、能力だけならば他の人員に彼女以上の能力を持つものがいる。
まあ、能力主義ではなくコネや立場、貴族などの関係が重要視される社会ということもあって能力だけで判断されるわけではないが……同等の立場の人間が二人いるならば能力で判断したくなるのは変な話ではないだろう。
もっともアーシュの場合は能力は確かだが見た目、年齢の問題がある子供に命令されるというのは年上の大人の立場としては如何用な物かと思うところでもある。そういう点では女性がアーシュに対して厳しく当たるのはそういう点、アーシュがまだ子供であるがゆえなのかもしれない。とはいえ、アーシュが王女に推されて音楽関連の仕事についている事実もあり、色々な意味で難しい状況であるのだが。
むしろ女性のやり方が少し問題なのだろう。いまのようないびりと言ってもいいやり方ではなく、もっと穏便なやり方だって不可能ではないはず。彼女がそのような手を使わないのは単純にアーシュの才能に対する嫉妬があるからこそだろう。なんだかんだでアーシュの才覚は高く、彼女の立場を確実に脅かすような危険がある物。できればそれを排除し今の立場を維持したい。自分の立場を脅かすような存在はいないほうがいい。それが彼女の心境と思われる。
まあ、今はその話は直接的には関係しないと言うか、どうでもいいと言う感じの話だが。
「何か問題でもありますか?」
「……アーシュは気にしていないのか?」
「あの人がまとめているところに上位者の推薦で入ってきたのは事実です。厳しいことを言われるのはおかしな話じゃないですし、それに決して悪い物でもないですからね。新人いびりと言ってもいいですが色々なことができるのでそれなりに楽しくやらせてもらっています」
「……はあ。お前がその反応ではあちらも複雑だろうな。あっちはお前を育てるようなつもりでやっているわけではないだろうに」
「わかってます」
アーシュもそういう意図でそれを行っているわけでないことは理解している。しかしまあ、悪いことばかり考えても仕方がない。気にしすぎても別に何かが良くなるわけでもない。だから気にせず、むしろ逆で自分にとっての得にすればいいと考えた。それが現状である。向こうもアーシュがあまり気にしない様子であればやり方を変えるなり無理にそういったことをやらないようにしたりと考えることだろう。
「こちらから言ってもいいが?」
「それはダメですよ。上から押さえつけたところであまりいいことにはなりません」
「……確かにそういうものかもしれないが」
「どうせやるなら僕の実力で叩きのめしたいですから」
「……意外に過激だな」
別にそこまで過激な発言とは本人は思っていない。いうなれば闘争、競争としてこれは戦いなのである。別にあいてを負かしたい、下したいというわけではない。対等な存在として相手に自分を認めさせる、そのために実力で叩きのめす。それがアーシュの目的、理由になる。発現だけを見れば少々過激に見える。本人の意思からするとそうではないのだが……まあ、勘違いしたところで特に問題はないだろう。
「まあ、おまえのことにかんしてはこちらは関与しないということでいいな」
「はい」
「今回みたいな呼び出しは時折あるだろう。理由はもちろんわかっているな?」
「はい」
女性の騎士とともにアーシュは歩く。向かう先は王城の王女の部屋。アーシュは音楽関係の仕事に王女の推薦があってついている。それは王女のお気に入りだからとか、アーシュが王女に気に入られていることが理由ではない。表向き……いや、対外的、他者から見ればあるいはそのように見えるかもしれない。王女側からの明確な理由がなければそういう理由であると考えられてもおかしくはないだろう。一応アーシュの能力、才覚を見ればそれを知ったうえでその才能を考慮して、ということは考えられるのだが。
勘違いは王女にとっていろいろな意味であまりよくないかもしれないが、アーシュという存在の特異性、利用価値を考えるとそう勘違いさせていた方がいろいろと使いやすい。なぜならばアーシュはこの場所における"耳"。陰で話されているようなことを聞き取り、そこから敵を知ることのできるスパイ。表向きはその才覚を最大限利用する音楽家の一員であり、裏では王女に聞き入れたすべての情報を届ける耳。それがアーシュの役割である。