24話 選ばれる道
「……………………」
「……………………」
「……………………」
「……………………」
場は沈黙で満ちている。女性が言ったことがいろいろな意味で問題だからだ。彼女の言葉をそのまま受け取るのであれば、ローデスたちは知ってはいけない各仕事を知ってしまっている。それゆえにどう扱うか考えなければいけない……そういった状況にある。それはつまり最悪の場合ローデスたちを始末して処理することになるということだ。
「つまり俺たちをこの場で始末すると?」
「……流石に私たちもそこまで乱暴なことはしない。望んで人殺しをしたいわけでもないし、無駄に殺しをする意味もない。できるならばこのことについて喋れなくするのが一番だ。やり方はいろいろとあるがな。だが……お前たちは冒険者なのが少々問題がある。冒険者はこちらとしてもどうにも扱いづらい。束縛を嫌い、自由を好み、刹那的な生き方を謳歌する者が多い。仮に金で黙るように言ったとしても酒の口の噂話で漏らしてしまったり、逆に金を積むことで話してしまうこともある。お前たちがそうでないとは断言できない」
「……ま、そういうところはないわけじゃないから否定はできないわね。ねえ、クルベ?」
「俺がそういうことやっているみたいに言うなよな。否定できないが」
「……黙っていろ、と言われたところで口に戸を立てることはできない。意図せずぽっと口から出てしまうこともあるだろうな」
人が口に出してしまう言葉、それに関して制御することはできない。どれだけ様々な手段で制限したところで時と場合によってはその制限を無視した行動をしてしまうこともある。そして冒険者は比較的口が軽い人間が多い。一部のよほどの硬派な冒険者ならともかく、大半の冒険者は多少の口止めでは話してしまうことはある。今回の場合後ろについている存在が王族になるのでそれでもほとんどの場合は話せるようなものではないが。
しかし、酒を飲んでの場ならばどうか。あるいはお金を積まれ口を割らされた場合はどうか。流石に脅されて話した場合はともかく、自分たちから話してしまうことはどうにも防ぎたい。だがそれを防ぐ手段は存在しない。人の口に戸は立てられない。
「でもそういうことを言い出すとどうにもなりませんよね? そちらとしてはどう対応するつもりですか?」
「……それが判断が難しいからこうしてどうするか、という話になっているわけだ」
自分たちで判断できるのであればわざわざ言い出したりはしない。決定したことを告げ命令するなりなんなりする。仮にローデスたちを消すつもりならば警戒させるようなことを言わずにさっさと始末していることだろう。それ以上に彼らにとってはアーシュの存在が価値がある。アーシュの心証や精神的な問題も考慮してローデスたちには手を出せない。それが彼らの意見だ。そしてそのことをアーシュ自身知っている。
「……一つ提案があります。これをローデスさんたちが受け入れるかはわかりませんが」
「……アーシュ?」
「今回僕が見せた耳、音を聞く力はかなり高い情報収集能力を持っていることを示しました。そちらとしてはその力を欲しいものだと思います」
「ああ。君の持つその力は我々にとっては大きな力になり得る。乱用はできなしい、可能な限りその裏側を画すべきではあるが、それ以上にその能力は魅力的だ。その力が得られるものならばこちらとしても色々と手を尽くすだろう」
「なら、僕がそちらにつく。そうすれば彼らの安全は確保してくれますよね?」
「もちろんだ」
アーシュは女性が王女の護衛達と話していたことを知っている。女性はアーシュがそれを聞いていただろうことを理解している。それゆえの茶番劇である。ただ、これに関して言えばアーシュも女性も予想しない要因があり得る。アーシュがどれほど納得し受け入れていたとしても、アーシュを仲間としていたローデスたちはどう思うのか。
「待て」
「ちょっと!」
「こら」
「え……?」
ローデスたちにとってアーシュは子供、守る側の存在だ。一応冒険者である以上一方的に守られる側ではないし、アーシュは自分能力を彼らに見せている。それでもアーシュは子供なのである。いや、年齢的には子供寄りは上になるのだが。ただローデスたちからすれば子供のようなもの、となる。後輩というか、弟というか、可愛がっている仲間というか。たとえ能力を見せていたとしてもだ。
「勝手に決めるな」
「アーシュを売ってまで助かりたいわけじゃないからね?」
「そうだ。お前は俺たちの仲間なんだからな」
「…………皆さん」
アーシュが犠牲になれば彼らの安全は守られる。しかし、アーシュのような子供を犠牲にしてまで助かりたいか? 冒険者次第ではあるだろうがローデスたちは一応冒険者なりに誇りを持つ。自分たちらしさを持つ。護るべきものを捨ててまで生きようとはしない。そもそもそんな性格だったならばアーシュの提案を受け入れ馬車を守るための行動などしなかっただろう。
「…………………………随分愛されているようだな」
「はは……でも、これじゃあダメですよね。彼らの安全は……」
「なに。それならこうすればいい。お前たち、お前たちは冒険者に未練はあるか?」
「……未練? どういうこと?」
「この子を犠牲にして生活するか、それとも自分たちが冒険者であることを辞めるか。そういうことを聞いているんだ」
人の口に戸は立てられない。どれだけ相手に喋らないように説いたところで結局すべては相手の意思による。しかし、例えばそれはずっと見られていた場合ならどうか。喋るなと言った相手が見ている場で言おうとするだろうか。あるいはそういった情報が言ったところで問題のない場所ならどうだろう。それが重要な情報はその内容について知らない人間が多いからであり、知っている人間からすればその内容を語られたところで別に問題はない。
そうすることは難しくはない。結局のところ、アーシュと同じ。外に出してしまうのが問題であるのならば取り込んでしまえばいい。
「我々のように王女の護衛をする。今後、ずっとな。その仕事を選ぶか、この子をこちらに売り渡すか、だ。もちろんその場合口止めはするが」
「………………」
「………………」
「………………」
王女の護衛……通常ならばあり得ないと思われる其れだが、今回はローデスたちの実力を考慮してのものだ。また、アーシュがいれば彼らもそう暴れることもないと言う憶測も絡む。アーシュもローデスたちが身近にいれば、仲間であったものが近くにいるのならばいろいろな不安を取り除ける。そういった様々な利を想定できる。もちろん害もあり得る。冒険者から王女の護衛という立身出世は余所からの嫉妬を受ける可能性もあるし、何故そうしたのかの理由、それにローデスたちの性格や態度、王女の護衛としての言葉遣いなどの問題などもある。簡単に決められることではない……が、そうすることを一つの選択肢として、提示した。
「護衛で」
「給料よさそうだしな」
「男ばっかり護衛に入ると困るし、私も護衛になるわね」
「………………あ、あっさり決めたな」
「いろいろな意味で予想外ですね……」
冒険者であることをあっさり捨てたローデスたちにアーシュと女性が戸惑った。流石にもう少し冒険者としての誇りはないのか、と思うところである。