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「………………」
「どうした?」
「……それはこちらが聞きたいところです。何か用ですか? 私に話しかけてくるなんて珍しい」
難しい顔で何やら考えていたアミル。それを見かけた賢哉は彼女に話しかける。それに対してアミルは逆に問い返した。まあ、賢哉とアミルは直接話し合うと言うことは基本的になかった。アミルは賢哉に対して強い警戒を見せており、賢哉もアミルに対しては特段用事がなかった。ただ、フェリシアが間におり、場合によっては話をすることもある。とはいえ、それはあくまで仕事に関するもの。一般的な生活に関して、お互いの事情に踏み込んだりはまったくと言っていい程していない……はずである。
「そんな顔して立っているのを見かけたらだれでも話しかけると思うけどな。それに、あの子についてやってないのも珍しい」
「ああ……確かにそうですね」
「で、結局どうしたんだ?」
「……まあ、あなたも一応この領地の副領主です。誠に遺憾ながらお嬢様がそう決めた以上、そうであることに間違いない。お嬢様は未熟ではありますが、領主であり副領主の任命権があるわけですから」
「それ突っ返したいんだけどなあ……」
「できないのはわかるでしょう。あなたはお嬢様に従っている人間です。従者というよりは部下ですが……しかも対等に近い立場で……」
色々と賢哉の立場や事情、現在の状況に文句はある。特に副領主とか領主という偉い立場に近しい立場を助けられたとはいえつい最近であった素性も知らない自分たちに近づいてきた怪しい男をあっさりあげてしまうのはどうかと従者である彼女は思う。とはいえ、賢哉という存在は現状の彼等には必須に近い物であり、居ないならいないで困る。いざという時に賢哉を殺せるような準備を念のためアミルはしているが、それで殺せるとも思えない。そもそも賢哉は魔法使いだと言うが……と話は脱線してきた。アミルも思考が脱線しかけている。
「それで、もう一度聞くが結局どうした?」
「ああ、はい、すいません。こちらも少し思考に没しすぎました……問題が起きたのです」
「問題? 領地に関してか?」
「いえ……領地ではありません。どちらかというと『家』に関しての問題と言いますか……従者である彼らに関してです」
「『家』……っていうと建物の事、じゃないよな?」
「はい。貴族としての『家』です。正確に言えば、フェリシア様の連れてきた従者たちに関しての事ですが……」
貴族にとっての従者たちというのは色々と複雑なものだ。単純に職業人間を雇う、というものとは少々別物である。まあ今のフェリシアにとってはただ雇っているだけの人間に近いが、もともとは家の人間。単純に雇うだけの繋がりとは別物である。まあ、貴族の場合は家庭の事情などに関して知られることの問題などもあるがゆえに単純に職業人間を雇うわけにも、あっさりと切って捨てるというわけにもいかない所もあるからこそかもしれないが。とはいえ、家族とまではいかないだろう。長年連れ添った老執事などもいるかもしれないが、それでも家族とはまた違うだろう。どう称するのが正しいか、いや今回そう言ったことを細かく考える必要はない。
要はフェリシアの連れてきた従者たち、その彼らが問題であると言うことだ。
「何かあったのか?」
「……むしろ何もないのが問題であったと言いますか。そうですね、貴族の従者である彼等がなぜここにいるかはわかりますか?」
「フェリシアに仕えているからじゃ……ないのか?」
「その考えで正しいです。ですが、彼らも心の底からお嬢様に従っているわけではありません。お嬢様がアルヘーレンの家の人間であったから、新天地での開拓ということで今以上に良い生活ができるかもしれないから、新たに興る貴族の家に最初から仕えていれば後々良い立場に立てるかもしれないから、彼らの理由も様々です。私はお嬢様のお世話をさせていただくと言う理由があるからで彼等とはまた違ってきますが……」
貴族の従者と言えど、心の底から主に仕えている人間はどれほどいようか。それぞれ様々な事情があって仕えているのが殆どだろう。貴族の家に仕えれば大変なことは多いがいい生活ができるかもしれない。貴族に近い生活ができるかもしれない。もしかしたら召し上げられるかもしれない。中には玉の輿を狙う者もいるだろう。そういった個々の事情がある。
フェリシアに付き従っている者たちはどちらかというと新たに興る貴族の家に最初から仕えていられる、そのことから後々従者たちの中でも上位の立場を得られるだろうと考えている者が多い。もともとフェリシアはアルヘーレンのいえの末娘であり、姉が王族との婚約をしていたと言うこともあってフェリシアはあまり重要視されていない所があった。なので立場的に弱い者がフェリシアに仕えていた。それが今も続いているというのが殆どだろう。アミルのような本気でフェリシアを育てる役目に従事すると言う従者として立派な心掛けのある者はそこまでいない。まあ、それでもこの開拓領地に来る程度には気概はあるわけだが。
だが、そんな彼らも現実を見て諦める者もいる。
「この開拓領地はあまりにも過酷すぎる。開拓も碌にされていない。そんな場所で果たして本当に成り上がれるか。お嬢様が本当に貴族として認められるような状況を作り出せるのか。それに対して不安に思い、また不可能であると考える者もいます。そんな彼等が領地から出ていきたいと言っているのです」
「へえ。それはそれでいいんじゃないか? 今後についての世話は出来ないけどな」
「はい。こちらとしても不和の原因となり得るものはまり好ましくありません。出ていきたいと言うのならば構いません。どうせ大きな家はまだ作れない。そんな状態で彼等だけ養っていくと言うのも大変な話です。この開拓領地ではお金があっても現状使い道もない。厄介払いも兼ねて彼らにお金を渡し、追い払うのもいいでしょう」
出ていきたいという従者を止めるつもりはアミルにはない。そもそも止めるだけの理由もないだろう。彼らも現状ではただ生活をするだけであって仕事もあまりない状態である。住まいも仮住まいであり、正式な住まいをまだ作れてもいない。領民たちも現状領民と言えるほどの状況にない。フェリシアの立場は基本的に悪く、手足となるのは自分たちを襲った元盗賊たち。積極的に文句を言ってきている者はいないが、それは賢哉の魔法が異常故にである。本当ならば賢哉が副領主になることにも苦のある者も多かっただろう。そんな多くの不満があった結果、今の出ていきたいと言う意見となったわけである。
「なら別に出ていかせてもいいんじゃないか?」
「問題があります。戻るには危険が多い、ということです」
「ああ……今は盗賊はいないんだが」
「獣や魔物がいますから」
この開拓領地から元の国がきちんと管理している安全な領地に戻ること。それはとても難易度が高いと言うこと。それが問題であった。