19話 決行時
「あ」
「どうしたアーシュ?」
「……今、離れたところで馬車襲撃の話をしてます」
遠くに見える馬車は今は止まっている。昼間……昼食時、夜などに止まるが、昼間にも一時的に止まる期間はある。また敵の襲撃、魔物や獣などが襲ってきたときも止まるが、そんなときに話し合いをする時間はない。ともかく昼食時、彼らは護衛の仲間内で話し合いを行っている。その内容はアーシュの言った通り、馬車の襲撃に関しての話。ただ馬車を襲撃すること自体は既に決まっている。あとはその時どう行動するか、襲撃をするときにちょうどいい時間の選択、そういうことになる。
「…………今日の夜、いつも夜に馬車から出ている女性が外に出て、遠くに行った時を狙うと」
「まあ、人数が減ればそれだけでも大きな利になるからな」
「っていうか、彼女ってどこに行ってるの?」
「便所か?」
「ちょっと。流石にそういう発言を遠慮も躊躇なくするのはやめてよね」
クルベの発言をマカベラは咎める。流石にその発現は内容がいろいろとあれだ。同じ女性として見逃せないらしい。そんなクルベのいつも通りの内容を気にしない迂闊な発言と大体それを咎めるマカベラの姿に苦笑しつつ、アーシュは女性の行動について述べる。
「あの人はどうやら報告に行っているみたいです。馬車に就けてもらってる護衛、中にいる世話人兼護衛以外にも、いざという時のための護衛がいるみたいです」
「…………そんなのがいるならなんでその人員で守らないんだ?」
「まあ、そこは王女様がわざわざ自分の正体を隠して旅をしていることが理由……なのかな」
王女の護衛が馬車を護衛していればそれはつまり中に王女がいるということを示すわけである。もちろん偽装もできるし、護衛を馬車の中に入れるなど対応方法はないわけでもない。そもそもの前提としてそれ以外の何らかの理由があるかもしれないわけである。まあ、アーシュたちがそういったことを気にしたところであまり意味はない。彼女らの事情は彼女らのものであり、アーシュたちには関係のない話だ。
「まあ、ともかく…………今日の夜、襲われるんだな?」
「そういうことみたいです」
「夜って言っても大雑把ね……ああ、女性が出ていくとき? 大体いつぐらいかしら?」
「毎日大体同じ時間じゃなかったか?」
「大体は」
「時間がわかる道具でも馬車の中にあるのか? その時間の他の人員はどうしているんだ……?」
「さあ。でも一人くらいは起きているんじゃない?」
「……夜這いの危険を考えるとそういうこともあるか」
いくら護衛がいるからと言ってその護衛がどこまで信用できるかは不明である。今回彼らは事前に画策された襲撃のためにつけられているが、そうでなくとも護衛が夜這いという形で馬車に乗っている誰かを襲う危険は有り得る。特に女性が乗っていること自体はわかっている。あるいは護衛が馬車の中に何か高価なものがあるのではないかと予測し襲う危険性だってある。予定された今回とは違い、本当に不慮の事件としてそういったことが起こる可能性はあった。もちろん冒険者ギルド側も依頼主のことをよく理解しているため確実に安全だと言える冒険者をつけるようにしているだろう。それでも何か間違いが起こる危険はないとはいえない。そういった時のための対抗策がないはずがない。流石に本当にどうしようもない抵抗できない状況ができるようにはしていないだろう。
「夜か……」
「今の内に寝とくか?」
「ええ? 別に必要ないと思うけど……」
「眠気の解消のために眠っておいた方がいい……とは思うけど、移動のことも考えると」
「あー、確かにそれはダメか。流石に追うのが大変なのはな」
「そうね。寝ている人間を運ぶんじゃ余計な体力を使うわ。休むのは全部終わってから」
「……まったく、実に大変なことになってるな」
「…………まきこんでしまってごめんなさい」
「気にするな。話を聞いて行動することを選んだのは俺たちだ」
「あなたはあまり気にしなくていいの。頼れる人を頼りなさい」
「面倒なことになったら嫌だしな。冒険者が冒険者としてやっていけるようにするさ」
今回の出来事に関して、彼らも護るために行動することは納得している。流石に結構な長丁場、大舞台、とても面倒な事実はあるが、それでも選んだのは彼ら自身。
そして彼らはこの日の夜、女性が出てくる時間まで馬車を追いながら機会を待った。
「お、出てきたぞ」
「……護衛も、少しずつ動き出してるわね」
「なあ、あの女がどこに行くのかわかってるか? どこまで行く?」
「…………結構遠くです。往復で十分、向こうについてから戻るまで五分くらいはありますね」
「じゃあ戻ってこれないってことでいいか」
「増援を連れてくる……って言うのは流石に無理よね」
「下手に人を連れてくると俺たちの方が襲ってると襲われかねない。俺たちだけで偽物の護衛を倒すようにするぞ」
「わかったわ」
「了解っと」
「…………はい」
ローデスたちは待つ。護衛達が徐々に動き出し、起き出し、装備を着こみ武器を持つ。そして、馬車に襲い掛かろうとして……
「行きます」
ローデスたちは走り出しながら耳を手でふさぐ。事前に簡単に湿らせた布なども入れ、出来る限り音は遮るように。音源が近くであるためまともに音を聞いてしまえば彼らの方が護衛や馬車にいる人間よりも被害を受ける。まあ、近くであるため音の振動による影響、被害は免れないが、それでもわずかなりとも音を遮ることで被害を防ぐことができる。
「グルアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!!!」
かつてアーシュが村人を逃がすために使った、竜の咆哮。それが再度この地に響き渡る。轟音、爆音、はるか遠くにまで響き渡る巨大な竜の鳴き声。それらは護衛に身を竦ませ、身体を硬直させ動きを止めさせる。そしてこの音の大きさは馬車の中にいる彼女らにも聞こえていることだろう。また、遠くに向かって言った女性にも。そしてその先にいるだろう別の護衛にも。つまり、何か異変が起きたことを伝えるのには最適であった。むしろ護衛が馬車を襲うのを止めたうえで護衛に戻すこともできたかもしれない。下手にローデスたちが出て行った方が彼らが馬車を襲ったのでは、と考えられるような状況になるかもしれない。しかし、今更行動を覆すことはできない。すでに止めることはできない。賽は投げられた。ローデスたちは護衛を倒し、馬車を守ったうえで、理由を話し相手に信じてもらうしかないわけなのである。うまくいくかわからないが、そうするしかない状況だった。




