15話 耳がいいことの弊害も
「…………特に何事もないな」
「それはそれでありがたいんだけど…………依頼主さんの姿は見てないのよね」
「やっぱり気になるよな……視たいとは言わないけど」
「まあ、下手に関わると面倒なことになるからな」
「依頼主さんを見なくとも、お供らしい人と話してなんとなく想像はつくしね」
護衛依頼、アーシュを含めたローデスたち四人での馬車の護衛である。ただ、その依頼自体は実に簡素な物であり、のんびりとした行程となっていた。もっともローデスたちにとってはいろいろな意味で気を揉む内容となっている。特に馬車の中の人物に関しては。
今回の依頼では依頼主は明確ではなく、また依頼主は馬車に乗っているがローデスたちが話したのはその依頼主の付き人になる人物である。また、アーシュは斥候としての能力があり完全に把握できるが馬車の中には依頼主、付き人以外にも数人乗っている。ローデスたちもその乗っている人物の気配は解り、また彼らは戦闘能力の高さゆえか、その乗っている人の強い雰囲気や気配という者も感じ取っているらしい。この辺りはアーシュにはわからないもので彼らがアーシュに語ってくれた情報である。
そういった諸々の事情、情報を知り、予測を立てるとすれば恐らくはこの馬車に乗っているのは貴族。依頼主が秘されている理由はこの移動がお忍び、あるいは秘匿したい何らかの事情があるから、となるだろう。ローデスたちはそんなふうに考えていた。
「アーシュ、大丈夫か? 疲れてないか?」
「大丈夫です。戦闘はまだできませんけど、体力は全然あるんです」
「ある程度はわかってたけど、旅にも余裕でついてこれるのね……」
「どんな生活を送ってたのやら。詮索はしないけどな」
アーシュはこれまでローデスたちの会話にあまり入ってこない。いろいろと考えている様子で、ローデスはそれを疲れか何かではないかと考えた。もっともそういうものではない。アーシュは別に疲れているわけではない。考えている……というよりは、色々とアーシュは事情を知っていることもあって難しい表情となっているわけである。
事前に街で情報屋から得た情報では、馬車に乗っているのは貴族……ではなく、もっと上の高貴な存在である。ぶっちゃけて言えばお姫さまとかそういうのである。この国の王女、そういうお人である。まあ、そこに関してはわざわざ馬車の中に閉じこもり外に出てこないということもあり、依頼主の存在もわざわざ隠しているということもあってそこまで気にする必要は……襲撃者などの存在を考えなければ別にないのだろう。ローデスたちも護衛をしている人間が何者なのかは理解していないのだから。
ただ、ここで問題となってくるのはアーシュである。
「………………はあ」
「本当に疲れてはないんだな?」
「ああ、いえ、疲れてはないです。ため息を吐いているのは、今回の依頼が……」
「まあ、気になるか。でも追及はしないほうがいいのはわかってるよな?」
「はい。隠していることを暴くのはよくないですから」
「ならいいんだ。俺たちが下手に突っ込むとそっちの方が危ないからな」
アーシュはそういった事情に関してはわかっている。わかっていてアーシュはそれらを売り買いする裏側に関与している人間である。まあ、そこまで深い所には入り込んではいない。アーシュのやり取りした情報が少々深い所に関わる内容もあるからといって、アーシュ自身が深いところに身を置いているわけではない。あくまでアーシュがかかわっているのは表層に近い部分でしかない。まあ、それでもアーシュの情報収集能力を知れば欲しがる人間はいそうなのだが、とりあえず今のところは大丈夫だ。
いや、問題はそこではない。アーシュはそういった深い情報すら知っている、知ることのできる能力を持つ……そこが問題なのである。アーシュがこの馬車に乗っている彼らに目を付けられるとか、そういう方面を問題視しているわけではない。アーシュが彼らの事情に関して深く知ってしまうこと、そちらの方が問題だったりするのである。
"……、…………"
"………………。…………、……、……"
「………………」
アーシュの耳はいい。ある程度の防音がされていたとしても、完全な防音でない限りは聞くことができる。距離的にかなり離れた場所であれば流石にそこでどのような話が成されているかを聞くことはできないものの、馬車一つ、防音であってもその程度の遮音であればアーシュはそこでどのような会話が成されているかを聞くことができてしまう。
「…………はあ」
そもそも、アーシュの聞く能力は抑えることもできないわけではないのだが、斥候ということもあってあまりその能力を抑えることはしたくはない。ただ、唯一排泄時、尿や便の音だけはお互いのために効かないようにしているが、普段のそれに関しては別だ。流石に通常の時にその能力を抑えてしまえば守りが甘くなる。ゆえにそういった時はその聞く能力をそのままにしている。ゆえに、馬車の中で話されているいろいろな裏話、外に漏らしてはいけないことの多くが聞こえてしまっているのである。それに関して、アーシュはいろいろな意味で頭を痛めるのである。




