17
「あの……魔法使いさん?」
「今は副領主になった。魔法使いって呼ばれるのもあれだが……副領主もどうかな。かといって名前で呼ばすのもなあ。加倉井でもいいが、役職が分かりやすい副領主で以後呼んでくれ。他の奴もそれで呼ぶように一応呼び掛けてもらえるか?」
「あ、出世おめでとうございます。いや、まあ、それはいいんですがねえ……あれ、いったいなんなんすか?」
賢哉の従える元盗賊たち。今では開拓領地の一員として一応は数えられる彼らたち。もっともまだ安全であるとは断言できないので彼らは一応監視していなければいけない。だがこの調子で更生さえ進めばそのまま領民として扱っても構わないだろう。結局のところ彼等に対し恨みがある人間と言えば現状ではフェリシアとその従者たちのみ。開拓領地に来る途中の人間においては盗賊にその全てを奪われた。彼らはこの地に来ることなく、すべてが死んでいる。故に怨めない。そういった犠牲があったことを忘れてはいけないが、だからと言って彼らを無駄に殺すのもどうかということになる。無駄遣い、無意味な死にしてしまうのはどうか。死者は語らないが、それこそ本当にその死が無意味になるのではないか。まあ、死者は語らない。恨みがあれども現世を生きるものに干渉はできない。恨み辛みのある幽霊がいるならば話は違うが、この世界では基本的にそういった幽霊話はあまり聞かない。簡単に幽霊になれるのならば現世に心残りのある幽霊がそこら中に存在することになるのだから基本的には存在しない。
まあ細かい話はさておき。開拓領地にて立派に開拓民として活動する盗賊たちは契約の首輪もつけているので基本的には安全である。そんな彼らが同にも困る要因。それは彼等の様子を見守る一人の少女の存在である。もちろんその傍には従者の女性もいる。元盗賊の彼らにとっては記憶に新しい少女と女性の姿。
「これが開拓……」
「木を切っているだけですけどね。とはいえ、人の領域を広げることは領地を広げることには重要でしょう。森に住まうことは難しい。家を建て、畑を耕しそこに住む。人が生活することのできる環境が必要ですから」
フェリシアとアミルである。フェリシアが実際に目の前で木を切っているのを見て感嘆した様子を見せ、そのフェリシアにアミルがその様子の必要性と意味を伝える。彼女たちにとっては実際に初めて見る光景だ。一種の視察であるが、現状の確認も兼ねたものである。
「なんであの二人が?」
「いや、領主とその従者なんだ。何かやっている現場を見に来るのは当たり前だろ。まあお前たちは襲った側だからどうにも顔を合わせづらいかもな」
「合わせづらいっすよそりゃあ」
「だいたい貴族でしょ? 雲の上っつーか……」
「その雲の上の人間を襲ったやつらの言うことか? まあ、元盗賊だけどなお前ら」
「うぐっ」
彼等盗賊、別に盗賊でなくとも一般的な平民たちにとっては基本的に貴族とは雲の上の人間である。特権階級とはどの世界どの国においても基本的に簡単に触れられるものではない。特にフェリシアは元公爵令嬢。本来ならばその従者であるアミルのような立場にいる者も本来なら貴族の令状がついているような存在である。まあ、アミル含めこの場所に来ている従者たちは貴族の血筋ではないか、貴族の血筋であるが妾の娘であったりと価値や必要のない子であるのが殆どだ。仮にも公爵令嬢であったフェリシアの側にいるような人間ではないが、そのあたりはフェリシアの家であったアルヘーレン家がそういった貴族の血を引く、しかし貴族としては認められない子を預っていったことが影響するのかもしれない。いや、そういうことがあったかどうかはしらないが。善意か裏で何かを考えていたのか、まあそういった事情があったにせよなかったにせよ今はもう関係の無い話。
とりあえず盗賊であった彼等はフェリシアとアミルにその活動見つめられており、どうにもやりづらい雰囲気である。特にフェリシアの視線が自分たちを襲ったことに対する悪意よりも、立派に開拓活動を行っていることに対する驚きと感心が強いせいもある。元盗賊の彼らも別に望んで盗賊をやりたかったわけではない。進んで悪行を行った者もいるかもしれないが、基本的には多くの人間は生きる為が殆どだ。まあ、悪行に手を染めている時点で言い訳は聞かないだろうが。そんな彼らも素直で真っ直ぐな良い視線で見つめられたらどうにもやりづらい。その視線が眩しい。ゆえに彼らは戸惑いやりづらい状況となっているのである。
「ま、しばらくは頑張れ」
「え? どこか行くんですか?」
「あの二人がずっといると困るだろ。見回りも兼ねて二人と一緒に視察って感じだな」
「魔物とか動物が来たらどうすんだよ!?」
「安心しろ。来ないようにしておく。あの二人を案内したらそのあとまた戻ってくる。きちんと作業はやっておけよ」
そう言って賢哉は杖を一振りする。そのたった一振りで開拓が行われている場所に薄い膜が張られる。
「あの膜から外に出ないようにな。出たら安全は保障できないから」
「うっす……戻ってくる前に全部きり終わったら?」
「その時は休みだ。ま、切った木を運ぶ仕事もあるからそれを先にやっておいてもいいぞ?」
「ういっす!」
賢哉がフェリシアの側による。
「もういいのですか?」
「指示は出した。魔法で安全も確保した。それよりも……ここだけを見回るわけじゃないだろ? 他にもいろいろと見回って、どこをどうするかおおよその方針を決める。そのために来たわけだろ?」
「ええ、そうなのですけど……」
「いきなり何をやれ、と言われも難しいものでしょう。ひとまずこちらに来たのはいいですが……他の場所の状況はどうなのですか?」
「開拓している場所もあればしていない所もあるな。入り口、馬車できた入り口の方に関してはまだ手を付けてない。あくまで奥の方を広げる形での開拓が現状だな。基本的に円状に広げる感じになると思うが……領地の形をきちんとするつもりなら広げる時点でいくらか方針を決めたほうがいい。例えばこちらは切らず、あちらは切る。北の方に領地を広げ南には手を出さない、みたいな感じで」
「それは何か意味が……?」
「日当たり、植生、あとは例えば住んでいる人間。他所の領地や他所の場所にいる人間とか。そういったものと干渉するならあまり其方方面に手を出さない方がいいし、場合によっては向こうと交渉するのもありだ。土地を譲ってもらうってのもありだが道を作って交易ってのも場合によっては出来る。まあ、まだ正式に領地として成立しているかも知らないし、そういうのは国の許可が必要だとかいろいろあるだろうけど」
「…………」
フェリシアはその賢哉の言葉に思考が追い付かない。フェリシアも領地を治めると言うことに関してはいくらか知識としては知っているが、賢哉の言うような細かい内容に関してはまったくと言っていい程知識がない。なので言っていることが理解できない部分が多い。まあ、賢哉の方もそこまで領地経営に詳しいわけではない。ただ基本的には賢哉に考えられることを言っているだけである。
「とりあえず、ひとまず色々と見て回りましょう。ここで話し合いをしている所で何もできませんよ」
「そ、そうですね……ケンヤさん、案内をお願いできますか?」
「もちろんですとも。じゃあまずはあちらから」
賢哉はフェリシアの案内を行う。とはいえ、領地そのものはあまり広くない。基本的には開拓した場所などがメインとなるだろう。元々この地に住まう開拓民に関してはまだ交流段階で紹介のしようもない。なのでそれくらい。視察としてはすぐに終わってしまう程度の物であった。