08話 斥候というかもっと別の何か
アーシュは冒険者となった。
と、一言でいうとそれだけの話なのだが、アーシュが冒険者になるまでにもそれなりに紆余曲折はあった。理由の一つはまずアーシュの年齢である。アーシュが村から追い出されるような事態になったとはいえ、村から追い出すにしてもある程度自活できるだけの年齢や能力というのは必要である。アーシュ自身はこの世界に転生してきたということやその時にもらってきた能力もあり、冒険者として活動するうえでも基本的に問題はないのだが、周りから見ればそうも言えないだろう。一応その身に合わぬ聴覚能力、身体能力は見せているがそれでも年齢は年齢だ。とはいえ、追い出すくらいなのだから一応は子供と言えるほどの年齢ではない。しかし大人と言える年齢でもなく、言うなればその中間くらいという感じである。一応まだ村を出て冒険者をする分には問題ないのだが、それでもまだ少し早いのでは、と思われる年齢である。まあ、村を出た以上これから活動していかなければ干上がるので活動するしかないわけであるが。
お金に関してだが、アーシュは元々街で必要な分を稼いでいたという実績がある。とはいえやはり大本となる資金がなければ活動できないだろうということでそれなりのお金を渡されている。ある意味アーシュのような子供にそれなりの大金を渡すのはどうかとも思うのだが、アーシュの能力であれば何かあってもどうにかなるということを期待されているからなのかもしれない。まあ、その点に関しては特に問題がなかった。
問題があるとすれば冒険者になるときに色々と言われたことだろう。まあ、アーシュは見かけだけでいえばギリギリ子供を脱したくらいの年齢である。それが保護者もなしに、着の身着のまま、いきなり冒険者になりたいとくればいろいろと注意や忠告やらあってもおかしくはない。そもそも冒険者になること自体が許容されるものかということになる。まあ、慣れないのならば慣れないでアーシュは仕事のやり様はある。裏社会、情報屋としてアーシュの能力は極めて高い。まあ、その能力の高さゆえに村を追い出されたのだがそれを考慮してちゃんと情報の制限や取捨選択をすれば恐らく問題はないだろう。どこで地雷を踏むかもわからないが、不穏な気配があればすぐにそこから逃げ出せばいいのだ。聴力も、運動の持久力もアーシュは大人顔負けの身体能力である。
と、まあいろいろと問題はあるが、冒険者になることはできた。冒険者とは基本的に自由な職業であり、なるのも自由で止めるのも自由、どのように活動するのかも自由という職業である。まあ、その分いろいろな保証や安定の部分で問題があるが、それは承知のうえでのものだろう。あるいはそれを承知する市内に関わらず冒険者しかなれるものがないから冒険者になるということもある。そういう意味でも冒険者はやりやすい職業である。
ゆえにアーシュのような年齢の子供……ではないが、子供ような扱いの存在でも冒険者になることはできる。
さて、アーシュは冒険者となった。しかしアーシュができることは一般的な冒険者のそれとは違ってくるだろう。まずアーシュの身体能力の問題。アーシュの身体能力は大人顔負けの高さである……ということになるのだが、これに関しては厳密に言えば正しくもあり間違いでもある内容になる。
アーシュの身体能力は高い。しかしそれは持久力や肺活力に関与する部分がほとんどだ。アーシュの能力は歌、声に関わる部分が基本である。耳がいいのはあらゆる音を聞き分けることができるように、音を自在に操れるのは小声も大声も出せるように、声を自在に扱えるのはどんな歌も音域も歌えるように。そして持久力や肺活力に関して言えば、肺活力は当然ずっと歌い続けられるくらいの能力を持つためにということになる。持久力は、歌を歌うものが歌だけでしか活動しないからというわけではない。これに関して言えば……アーシュの望んだ部分が歌や音ではなく、声優やアイドル寄りだからだろう。ゆえに身体能力の高さ、ずっと活動しながら歌い続けられる能力、踊りながら歌うとかそっち方面で。ゆえに持久力。ずっと動いても問題ないくらいの持久力、ということになるわけである。
しかし、その中に武器を持って戦う能力や、瞬発力の高い移動能力などは持ち得ない。つまりアーシュの能力は高いが決して戦闘向きではないということである。
であればアーシュが向いている役割はなんなのか? ずばりそれは斥候系列である。なぜならばアーシュはその耳が極めていい。目に関しては怪しいところだが、その耳は一種の超音波すら聞き分けることのできる高性能な耳、やろうと思えば蝙蝠の真似事もできる。それによる地形の把握、周辺の状況、生物たちの所在の把握、また耳の良さは超音波に限らず、足音呼吸音心音など生物の発するあらゆる音を聞き分ける能力を持つ。ゆえに生物がいればどこにどれだけの数がいるか、どのような状況であるかの大まかな把握ができる。暗くとも、見えずとも、夜であろうとも、洞窟の中にいようとも。流石に水の中や土の中にいらる場合はちょっとむずかしいところかもしれないが、それらも把握しようと思えば不可能ではないだろう。
ゆえにアーシュは斥候としては極めて有能なのである……が、アーシュの見た目、立場があまり良くない。アーシュは年齢的に子供に近く、また身体能力も決して高いとは思えない。少なくとも見た目でその持久力を把握するのはまず不可能だろう。そして持久力ではないすぐに判断できる筋力や瞬発能力は低い。そもそもアーシュのような子供を仲間にしようと思う冒険者の方が少ない。役に立つことは少ないし、連れていれば戦闘などとは別の部分で使おうと考えているのではないか、あるいは戦闘などに狩りだしその命そのものを利用しようと思っているのではないか。それくらいに子供とは使いづらいわけである。
そんなこともあって、アーシュは冒険者の仲間を作ることはできなかった。子供の冒険者は別にアーシュだけではないが、そういった子供たちは基本的に既にグループができているし、大体の場合は同じ出身の人間で固まっている。アーシュのいる村出身の子供、あるいは出身の冒険者というものは存在せず、アーシュのみがアーシュの村の冒険者だ。そもそもアーシュの村のような普通の村からは冒険者になる人間はそこまで多くない。なるにしてもある程度見通しが立つか、よほど村の状況が悪いかなどの理由がなければ難しい。
なのでアーシュは斥候としての高い能力がありながら、その能力を発揮する場所には恵まれない。まあ、そういう事情もあって一人で活動することにした。




