05話 一度村を離れて
アーシュの住んでいた村では竜の鳴き声がしたことで大騒ぎである。遠くにいる盗賊も響いてきた竜の鳴き声に大騒ぎしており、どちらも混乱状態にあるのがアーシュにはわかった。問題はここからどうするか、だ。竜がいる、竜が来るかもしれない、そのことから村から逃げることを言いださなければならない。しかし、実際問題姿の見えない竜を相手に村から逃げることを天秤にかけ、単純にじゃあ村から出ようとする人間はどれほどいるだろう。確かに恐ろしい竜であるが、その存在を眼に見るまではやはりそこに存在するわけではないので行動に躊躇が出ることだろう。
だが、人間とは基本的に群れる生き物であり、真似る生き物である。誰かが最初に率先して行動すれば、それに伴い他の人間も自分も、私も、俺もと最初に行動した者に追従して行動することはままあること。そのため、アーシュがなんとか自分の両親を説得し、一時的にとはいえ避難するように言う。別に村におけるすべてを捨てて遠くまで逃げだす、地の果てまで行かなければいけないというわけではない。竜に見つからないように一時的に森の中に逃げ、隠れることを目的としたものである。竜の方向がした方向とは逆の方向、村からはいくらかは慣れた森の中、そういった目の届かない場所に逃げ込めば危険はある程度回避できるかもしれない、といった風に説得をする。
実際に竜が獲物を感知する能力はアーシュ達普通の人間は知らないため、その程度の避難で竜から逃げられるかに関しては不明である。姿が見えずとも匂いを元に追ってくるかもしれないし、人の気配を感知して居場所を把握してくるかもしれない。熱や魔力と言った、普通の静物では感知できないものを感知して居場所を特定してくる可能性もある。だが、それでも一応逃げる意味はないとは言えないだろう。感知能力の不明はあるが、逃げたすべてを追ってくるとも限らない。それに竜が来るかもしれないとわかっているのに村にいて本当に竜が来れば、竜によって襲われ、破壊され、焼き払われ、食われてしまうことだろう。そうなるかもしれないのならば逃げるのは大いにありである。そもそも、竜が来るかもしれないから一時的に村をあけて避難するだけである。まあ、それでも本当に竜が来れば村に居座って人間が戻ってくることを待つかもしれない、などとそういった可能性もあるため、数日は持つだろう食料、ちょっとした危険い対処できる道具など、簡易的な旅支度、日常を送れるような物品を整理しすぐに要したうえで逃げるようにした。そして彼らに伴い、村人の多くが準備し避難を選ぶ。竜の姿は見えないが竜の鳴き声がしたことは事実。逃走ではなく一時的避難と言う形ならば多少村から離れることに抵抗があるものでも逃げることを選べるだろう。幾らかの村人はそれでもまだ迷い、最終的に逃げることを選んだが準備もせずついてくるだけの者もいた。まあ、多少の楽観視、一晩程度避難するだけと考える者がいてもおかしくはないだろう。なかにはどうしても村に残る、という選択肢を選んだものもいるが、そこまではどうしようもない。
そうしてアーシュを含む多くの村人は村から離れた。まとまっていた場合、竜が彼らを目標に襲ってきたときに逃げづらいということもあり、ある程度複数の親しいグループにばらけた形だが、森の中の各所に点在し村の様子を見守りつつ待った。実際に竜が来てどう行動するかもわからないし、本当に竜が来るかも現状ではわからない。もしかしたら襲ってこないかもしれない、それがわかれば戻ってもいいだろう。少なくとも今は竜の方向が聞こえてこない以上竜がどこか別の方向に言った可能性は大いにある。そういうことで村を見守り何か起こるかどうかを確認しつつ隠れていた…………そして、アーシュが音を聞き、訪れるまでの予測時間よりもかなり遅れたが、村を盗賊たちが襲った。流石に盗賊たちも竜の鳴き声がしたことでどうするか迷ったようだ。そのおかげか、村に残った者以外の村人が避難できたのはありがたいことかもしれない。
村が竜に襲われるかもしれないと考えていた村人に竜じゃ無く盗賊が村を襲った事実は中々に驚きのことである。しかし問題はそこではない。村が盗賊に襲われたという事実の方が問題だ。竜が襲ってくるよりも危険ではないが、むしろ竜に襲われるよりも危険である可能性まである。人間は恐ろしい。幸いにも村に残ったのはそれほど多くはないが、盗賊も村人がいないことに対しいろいろと疑念を抱くのは間違いない。そして、盗賊が襲った村人から一体何があったと聞きだすことだろう。そうなれば森に逃げた村人を盗賊たちが探しに来る可能性はある。
村人たちは盗賊に立ち向かえるほど強いわけではない。戦闘能力を幾らか持つ者……村を守ることのできる人間や、狩猟を行うことのできる人間はいるが、暴力集団を相手にすることまでは考慮としていない。一グループの冒険者程度ならば幾らか対応できることはあっても、数十人の盗賊を相手にすることは不可能である。襲われている村人を救いに行くこともできず、また仮に今ここにいることがばれて襲われればその対処すらできない。多くの村人は無力である。また、仮にばれなくとも村の物資は奪われるだろうし、盗賊たちが村を少しの間根城とする危険もある。その間に森の中にずっと隠れているというわけにもいかない。逃げた村人たちは今後の行動をすぐに決めざるを得なかった。
基本的に盗賊などに対する対処としては、そういった存在が襲ってきたことを報告し、冒険者に依頼を出したり領主に頼み騎士や兵士を派遣してもらうことが一般的である。村と言っても完全に独立したものではなく、領地や国の支配下にあり、基本的にはその庇護下にある。一部の領主や国はあまりそういった小さい村をそこまで気にかけてはいないかもしれないが、盗賊の存在はそれなりに問題であるし、実際村人が大量に余所の街や村に押しかけてくるとなると結構な問題がある。となれば対処せざるを得ない。盗賊が退治できれば後々の問題を排除できるし、早いうちに倒し村が再び使えるようになればかなり得だ。そういうことで、報告のため、また安全のため村人たちは盗賊発生の報告のために動くこととなった。
もっとも、簡単な話ではない。大人、子供で行動できる時間と能力が違うし、女と男でも違う。老人たちの問題もあるだろう。早く報告に言った方が対処が早く、盗賊たちも退治できる可能性が上がる。そういうことで幾らかのグループに分かれて行動することとなった。急いで走り、報告を行う体力と戦闘能力のある集団、家族単位でまとまりそれなりに移動できる集団、そして足が明らかに遅いだろう集団。最後は主に老人などが主体だ。彼らは最悪の場合切り捨てて行動することを考えていけなければならないだろう。
「………………大丈夫そうかな」
アーシュは一応真ん中の集団だが、時折足の遅い集団の所に行く。アーシュの体力はとても高く、その能力は極めて高い。また、聴覚も高く迫る危険もある程度判別できる。そのためもしかしたら迫ってきているかもしれない危険を把握するため足の遅い集団の所に行くようにしている。できれば全員を二がしたいという思いもある。そもそも今回の逃走に関してはアーシュが発端にある。アーシュがいなければ村が襲われて終わりだった話だが、それでも今回のことを起こした責任を取るという意味でもあった。まあ。少なくともそれができる程度にはアーシュには能力があり、その能力のおかげかどうかは定かではないが、特に問題なく逃げることができていたのであった。




