04話 村で生きる者
アーシュに外で生きる事、村を出て旅をして、己の能力を生かした活動をすること。それに対する欲求、夢、未来想像図というのは存在する。しかし現実的な問題として、村社会で生きた彼に外に出ることは難しい。すべてを捨て去り外に出るのであれば簡単だが、家族や友人、世話になった人々、己の暮らした村とその周囲の環境、故郷と言うものはなかなかに捨て去りにくいものだ。
彼の能力を生かした生活は単純に村の中でもある程度はできる。そもそも音楽や歌というものはそれそのものを職業とするのは中々に難しいことでもある。アーシュの場合、村社会でそれらについて学ぶ機会が少なく、能力はともかく知識の点で問題が多いだろう。結局のところ彼は今の生活を捨てて村の外へと出ていくことに躊躇を抱き、結果として村に残り今まで通りの生活をすることを選んだ。
幸いにも、彼の能力は別に彼の求める歌や音楽にかかわる生活以外にも利用できる。音を聞く、音を出す、単純ながら様々な用途に利用でき、またそれらをできることの発展から肺活量も大きく、体力もある。そういったことを村社会でもある程度応用でいる、酒場で歌や音楽をやる程度には使える。より多くの人々を楽しませるため、より多くの金銭を稼ぐため、そういったことに使わなければいけないわけではない。才能の利用の仕方は個々の自由であり、狭い範囲で閉じこもりその中でついえさせても構わない。大きく羽ばたくだけがすべてではない。
冒険者からの話を聞いても、結局アーシュは村を飛び出すことはなく、普通に村人として過ごしている。家の仕事を手伝い、たまに山に登り、普段通り過ごしている。そんなある日の夜。
「っ…………」
アーシュの聴覚能力は極めて高い。普段はその能力を抑え、あらゆる音を聞き取ることはせず、必要な音のみを取り入れるように情報遮断を行っている。寝ているときもその音を聞き取る能力をそのまま使っているとまともに眠れない。しかし、音を遮断するとそれはそれで問題がある。なので取り入れる音の取捨選択を行うようにしている。
聴覚能力が高いとは言っても、その聞き取れる音の量、範囲には限度がある。それでも普通の人間の持つ聴覚能力よりははるかに高いのだが。危険が迫ってくるのがわかっても自分や村の人間が逃げることができない状態では意味がない。その最大範囲にその聴覚能力を広げ、特定の音、情報をきっかけに目を覚ますように調整している。
「……盗賊!」
村を盗賊たちが狙っている、それをアーシュは聞き取ったのである。
盗賊が村を狙っていることをアーシュは聞き取った…………のはいいが、アーシュが村人をたたき起こし、彼らに逃げるように言った所で村人が従ってくれるはずがないという問題がある。もちろんアーシュの能力に関して幾らか高い聴覚能力を持つことを知っている村人もいるが、それでもアーシュの言い分を一方的に信じる者はいないだろう。
「………………」
ならばどうするか? 単純に起こせばいいわけではない。
「…………狼少年では意味がない。ならば逆に考える。つまり、危険が迫っていることを村の皆が理解してくれること。つまり……盗賊の接近を、理解すること。いや、別に盗賊じゃなくてもいい。たとえば…………火山の爆発、地震、洪水に雷、嵐、そういった自然災害とか……別に自然災害とかじゃなくて獣害の類、たとえば……竜、そういうのか」
わかりやすい危機を演出する。いくら盗賊が来るといってもその姿は見えず、何人いるかも何処にいるかもどのような装備を持ち、どういった危機が襲ってくるかもわからない。もしかしたら村人でも対抗できる可能性はあるかもしれない、そう思うこともあるだろう。結局目に見えない脅威だからこそそこまで恐れることはなく、危機意識も低い。だが、それがとんでもない脅威だと明確に示されるもの……たとえ姿が見えずとも、そうだとわかる存在だったならばどうか?
この世界においても竜とは御伽噺の上でとんでもない協力で強大で危険で恐ろしい存在だと語られる。もちろん御伽噺の上に出てくる存在だがこの世界に存在しないわけではない。亜竜も含め、多大な危険を伴う大いなる脅威として、時折街を破壊していたり、村を焼き払ったり、たまに冒険者の中のとんでもない強さを持つ人間に討伐されたり、そんな存在である。
「っと、暗いけど……まあ、音があるから大丈夫かな」
今は夜。村の中には基本的にこの時間明かりとなるものはない。朝が早く、夜も早い、無駄遣いはしないのが基本的な村の生活。松明などの狩りを持って移動するのもよくない。村の中で誰かが妙な動きを見せていることに盗賊が気付くの問題だ。まあ、未だに盗賊たちが来るような状況ではない。時間的にはまだ大丈夫だが、それでもあまり明確に何か動きを見せるのはよくない。
アーシュはその聴覚能力、高い身体能力ゆえに夜でも全く問題ない。それこそ蝙蝠のように超音波でどこに何があるのか、障害物の把握ができるし音を聞く能力で何か襲ってくるような獣がいればその判断もできる。ゆえに夜の中でも自由に歩ける。まあ、村人たちが歩けるかどうかは別だが。ともかく、アーシュは森の方、山の方へと移動する。
「さて…………危機意識を刺激するだけなら声だけでも十分だと思うけど。出来れば物理的被害を出したほうが信じられるかな? 流石に森をどうにかするのはあまりよくないか…………まあ、そもそもなんで森に、ってことになるからやめとおこう。声だけにしよう」
アーシュの音を扱う能力は高く、大声をそのまま一種の振動はの攻撃にすることができる。咆哮波、振動を固めた弾丸のように打ち出し、多大な破壊を巻き起こす。それを攻撃手段にすればいいのでは、と思うところだがそもそも魔法や魔術の類ですらない、異端すぎる能力ゆえにアーシュはそれを人前で使うことはしないつもりである。盗賊退治に使うわけにはいかない。せいぜい大声や音を利用した敵の把握ができるくらいでしかない。まあ、さすがに命の危険が間近に迫ったら使わざるを得ないかもしれないのだが。
「グルアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!!!」
森の中、山の咆哮。そこから村中に、いや、村を超えて響き渡るアーシュの竜真似の咆哮。真似とは言っても、アーシュは出そうと思えばあらゆる生物の出す声、音を出せる。それこそ声で楽器の音を出すことも自由自在であり、その竜の方向は本物の竜の方向と何ら変わりのないものだった。それが村中、村を超えた先まで響き渡り……流石にその方向がして、起きない村人はいない。
「さて、急いで戻らないと!」
アーシュは急いで村に戻る。流石に村の中にいない状態だと問題がある。もしかしたらアーシュが竜を引き付けたのではないか、とそういうふうに疑われる可能性もある。まあ、竜の咆哮はアーシュの声真似なので別に竜がいない以上問題はないのだが、姿が見えないゆえに声の原因をつかめず、いつ襲ってくるのかもわからない恐怖にかられる。そうなった場合、いろいろ危険がある。なのでアーシュは急いで村に戻り、竜を招いた原因だと思われないようにしなければならない。まあ、それ以上に盗賊の方も問題であるのだが。




