02話 冒険者
いつも通り、アーシュは山の中に入っている。いつも通りと言うほど頻繁ではないが、半分ほど暇つぶしを兼ねているとはいえ、食料確保や生物の生態調査、何か異変が起きていないかの調査もありアーシュは山の中によく来ている。まあ、そういうことを彼が頼まれたというわけでもなく自発的な物なのでほぼ趣味に近いのだが。さて、そんな山への来訪だが、この日は少しだけいつもと雰囲気が違うことにアーシュが気付く。
「…………ちょっとざわざわしてる?」
アーシュが感じたのはいつもよりも山が騒がしい、という感じだろう。実際に雰囲気や感覚での把握ではなく、アーシュの場合はその音の感知によるものであるのだが。その音の感知で、いつもよりも生物の動きやら何やらが変わっているのがわかっている。
「あっちの方……これは、人かな?」
音を聞く限り、それは人の存在がいることによるものだとアーシュは思う。あくまで音を元にしての推測なのではっきりとはしていないが。ただ、この人の存在と言うのはアーシュにとっては疑問符が浮かぶことだ。なぜなら、山へと来ている村の人間がいないはずだからである。アーシュが知る限りではあるが、さまざまな音を聞けるアーシュは村人がいるかどうかを把握できる。まあ、普段からその能力を全開泥漿すると生活音も聞こえるし、音がうるさく聞こえてしまうことになるので普段はその音の感知能力を抑えめにしているのだが。それでも、人の把握くらいはある程度できる。心音を聞けるのならその元がいくつあるかでわからなくもないだろう。それくらいアーシュの音に関する知覚能力は高精度である。
つまり、その人間は村人ではない…………ならば誰だろうか、ということになる。色々と候補はいるが、それが安全であるとは思えない候補のほうが基本的には多い。盗賊山賊犯罪者、まあ逃げてきた王族とか冒険者とかもあるが、そもそもこんな山にきている人間自体が珍しい。いや、用があって山に来る人間はいそうなものだが、この近辺て山に来る人間は彼の村にいる人間くらい。それくらいこの山には特に何かがあるということもない場所だ。あくまで普通の山である。
「警戒しつつ……行こう」
アーシュは己の身体能力も高い。とはいえ、筋力があるわけではなく、肺活量の高さや長時間動くことができるという程度だが。しかし、それ以外にも音に関する能力は高い。アーシュは己が音を立てないようにすることを自分で努力して行うことができるようにしている。彼の場合音の近く能力を高めると自分の出す音がうるさくなってしまうからだ。まあ、知覚できる音の制限をすればある程度どうとでもなるわけであるが、そういう細かい話はいいだろう。
ともかく、アーシュは音の源、この山にきている人間が何者かを調べに行く。かなり軽率な行動にも思えるが、アーシュは相手の人数も分かる。これがそれこそ十人以上くらいの集団だったならばかなり警戒して村に戻り、異変を教える程度にとどめたが、相手が二人だったため、いざという時は何とかなるという楽観を持って進んだわけである。
そうして人の出す音の源の近くにきて、更に音を拾う。心臓の音、靴の音、木々を払う音、そして言葉、会話。
「ぜえ、ぜえ…………なあ、ここどこだよ?」
「……さあ?」
「くっそー、まじでどこだここ……街道にも出ねえし、町とか村とかねえの?」
「……さあ?」
「ちょっとは探せよ!?」
「探してるさ。まあ、どこまで行っても森だけど」
「くっそー!!」
そんな感じの会話。ただの会話。別に特別な意味もなく、ただこの山で迷っているだけの人間の会話である。
「………………」
アーシュが警戒しているのが馬鹿らしくなるような状況である。彼らは単に山に入って迷ってここまで来てしまっただけの人間のようだ。さらに言えば、装備を見る限り普通の人間ではない……いや、一般的な村人ではない様子である。
「……とりあえず、迷っているようだし手助けする?」
助けていいものか。彼らが善人か悪人か、ただ離れた場所から見ているだけではわからない。実際話し合ってみなければ相手のことはわからない。それに、本心を隠すことなど人間ならたやすいこと、嘘をつきだましてくる可能性もある。まあ、そんなことを心配したところでしかたがないわけであるのだが。もしやばい相手であるのなら、心臓の音や表情の動きによる音、そういった音を聞くことである程度は嘘かどうかの把握ができる。まあ、これはアーシュが今までの経験からある程度そうではないかと判別できるようになっているだけで、巧妙に隠すことも不可能ではない。しかし、そこまで気にしていれば誰も信じることはできないので、アーシュとしては相手の対応をそのまま信じるしかないだろう。逃げようと思えば下手な大人よりも長時間の活動、動きができる身体能力を持つし、音による攻撃手段もあるので特に問題はない。そういうことで、アーシュは二人の前へと進んだ。
「あの、どうしたんですか?」
「っ!」
「…………子供?」
二人ともいきなり現れたアーシュに過敏に反応する。アーシュ自身は忘れているし意識していないが、アーシュはかなり気配も音も消して隠れて二人の様子を見ていた。いくら子供とはいえ、突然現れれば驚くし警戒する。この場合、この場所も問題だろう。山の中で呑気に一人だけで現れる子供と言うのも変な話だ。それが余計に二人の警戒心をあおるのは間違いない。
「……誰だお前?」
「えっと、この近く……と言うほど近くではないですが、そこに住む村人です。山には山菜とか茸とか取りに来ていて……」
「そうですか」
考える様子を見せる一人の冒険者。
「村に案内してもらえますか? ちょっと山に入って迷ってしまって……いまかなり困ってるんですよ」
「はい、それはいいですけど…………」
「はは、疑いの眼を向けられるのははわからないでもないですが……これを」
「…………これは?」
「冒険者であることの証明です。まあ、君が知っているとは限らないんですが……」
「ちょっとわからないですけど……とりあえず、村に案内します」
「ありがとうございます」
先ほどとは微妙に話し方の変わっている冒険者。まあ、対外的な対応と組んでいる仲間に対する対応は違うのだろう。ともかく、そんな感じで片方の冒険者が話を進め、二人をアーシュは村に連れていくことにしたのである。




