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「グオオオオオオッ!!」
「ひいっ!」
ガゴン、と森の木々を抉る音がする。それとその音の前に咆哮、その音の後に人間の悲鳴が。
「逃げるぞ!」
「で、でもすぐに追いつかれるし……!」
「でも逃げるしかないだろ! 俺たちじゃあんなの倒せるわけないんだから!」
人間は二人、それなりに若めな男性が二人。俗に言う冒険者である。彼らは森に獣の討伐とその肉や素材の収集、また森に存在する野草や茸などの採集に来ていた。それは元々結構な危険のあることだ。獣は人間を襲ってくるし、森には魔物がいることも多い。だから二人で来ているわけだが、それでもあまり多いとは言えないだろう。だが彼らは二人でこの森に来ていた。
彼らの来ているこの森は最近魔物や獣が減っている、ということが確認されている。ただ、それは公に言われていることではなくこの森近辺まで来る冒険者の間でだ。獣や魔物の類がいないというのはかなり安全で、野草や茸の採集が楽になるということだ。もちろん全く獣や魔物がいないというわけではないが、数が少ないのならばかなり安全の度合いは上がる。一日に何度も遭遇すると危険だが、一度出会うくらいならまだ対処できると楽観していたのもあるだろう。
だが、彼らが出会ったのはそういった会っても対処できる魔物、ではなく、その場にいないようなかなり危険な魔物であった。獣か魔物かの判断は難しいところだが、一般的な獣とは少々違う特徴があったため恐らく魔物であるだろう生物。まあ、獣に近しい魔物、魔物に近しい獣は厳密な意味での区分がないが。彼らを襲っているのは大きめの獅子のような魔物だ。ただ、その身体にはまるで針鼠のように硬質な針の毛を生やしている。それくらいの違いだが、そもそもの大きさの違いと膂力の違いもあり、若い冒険者二人で太刀打ちできるような相手ではない。まあ、冒険者でも中堅くらいの冒険者が四人くらいいれば対抗できる、くらいの強さだろうと思われる存在だ。
まあ、そんな相手に若者二人は逃げることしかできない。その逃げることすら、普通はできない。相手のほうが動きは速い。だが幸いにここが森の中であるため相手の動きが木々に阻害されるため彼らはなんとか逃げることができている。しかし、それも長くは持たないだろう。森の中を逃げ回るのは難しいし、開けた場所に出れば一気に襲われる。木を上って回避、というのもできない。相手は木々を抉ることができるくらいの力を持つのだから木々を倒して振り落とされるだろう。
「グルルルル……」
「くっ……」
もう逃げられない、そんな状態に陥る二人。一応二人いるため一人を囮にすれば逃げられるかもしれないが、その場合どちらがなるか、お互いが相手を囮にしようとするかもしれないと思うと少々行動に移すのが難しいだろう。仮に両方が生き延びた後のことを考えると余計に面倒な話になるしやりづらい。かといって、このまま襲われるままでいるというのも、という感じでもあるのだが。まあ、仮にどちらかが襲われれば襲われなかった方が逃げるという形に落ち着きそうだ。なぜならこの獅子の魔物を倒すことができないのだから。勝てない以上逃げるしかない、そういうことになるのである。
そうなるのを待っている感じで半ば絶望的な心境の二人……だが、そこにガガガと何かを破壊しながら進む音が森に響く。獅子の魔物はその音の方向に視線をやり、それに伴い獅子の魔物に襲われるかもしれないと思い恐怖していた二人も、獅子の魔物に倣い視線を向ける。しかし、それは遅かった。いきなり、それは空か現れた。
「ガアアアアアアアッ!!」
「グルアアアアアアアッ!!」
「ひいえええええっ!?」
「うわああああああっ!?」
降ってきたのは巨大な人型の魔物。それが獅子と戦いを始めた。獅子の魔物は巨大な人型の魔物に攻撃し、その周りを駆け襲うが、人型の魔物はその攻撃を気にしない。攻撃事態はかなり嫌そうにしているが、それによるダメージがない。恐るべきはその肉体の強固さだろう。
その獅子の攻撃に合わせ、巨大な人型の魔物は体当たりするかのように体をぶつける。それで獅子の魔物が吹き飛ぶ。しかし、それだけで獅子の魔物は倒れない。ダメージはあるが、それで倒れるほど柔ではない。
「グオオオオオオオオウッ!」
方向をあげながら獅子の魔物が巨大な人型の魔物へと向かう。それを巨大な人型の魔物は受け止める。
「ガアアアア、オオオオオオオオオオオオオオオオアッ!!」
受け止めたまま、巨大な人型の魔物は獅子の魔物を持ち上げ、地面にたたきつけた。一度、二度、何度も叩きつける。
「グ…………オオ……」
「ガアッ!!」
そして獅子の魔物は叩きつけられ弱る。その弱った獅子の魔物の頭を巨大な人型の魔物はつかみ……ぐぎっ、と首をひねった。流石にそこまでされては獅子の魔物も生存はできない。
「ひ……」
巨大な人型の魔物は声をあげた冒険者の若者二人に目をやる。それに二人はさらに恐怖し震えた。しかし、巨大な人型の魔物は二人に対し興味はないのか、獅子の魔物を片手で持ち上げ、森の奥の方へと消えていった。
「…………に、逃げるぞ!」
「あ、ああ!」
二人はその場から逃げ、森を脱出した。そして、生き延びた幸運と、その時の恐怖、出てきた魔物について他の冒険者に話す。多くはとりあわなかったが、信じる者もいて、そこからまた情報が拡散していき、森の中に危険な巨大な人型の魔物がいる、という噂がされるようになった。
(ふう……まさかこんな獣がいるとはな。いや、魔物か? こうファンタジーの明確に魔物っぽいのなら魔物って言えるんだが、こういうのは魔物かちょっと変わった獣かどうかはわからないからな……人間と話せれば判断できるかもしれないが、そもそも言葉通じないし……あの少女もそうだが意思疎通自体大変なんだよな。はあ……ま、助けられたからいいか。これも、何かに…………何かに使えるかな? 肉を食べるくらいしかできないんじゃ? 毛が針っぽくて使えそうにないんだけど…………)
冒険者二人を助けた巨大な人型の魔物は当然ながらオーガに転生した元人間の彼である。彼はこんな感じに森に来る人間を助けたり、森にいる魔物を退治したり、獣を相当したりしている。それが原因で人が森に深く入り込んだり、他の場所から空白となった森に縄張り争いから逃れた魔物や獣が入り込んでいるのだが、それを彼は知らない。
(しかし……人間に見つかったらやばいんだよな。どうするか)
彼自身は人間を助けるのは望ましいことだが、人間に見つかるのはあまりよくない。彼はオーガであり、人間とは敵対する存在。それも以前人間に遭遇し、その時逃げ延びている。場合によってはその共通性を考慮される可能性もある。
(うーん、またどこかに逃げる? でもあの少女もいるしなあ……)
彼と一緒にいる少女、その女の子のこともあって、彼はどうしたらいいか判断に悩むところである。まあ、本当に危ないのであればすぐに逃げるだろう。少女のことに関しては彼がその時その時で判断して。




