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「ガーア……(はあ……)」
気落ちした様子で森の中を歩くオーガ。彼の住んでいた森はかなり広いようで、冒険者たちに襲われた場所、彼の家のある湖付近、そういった場所からかなり遠い場所まで全速力でどこがどこかわからなくなるほど逃げ続けたというのに、まだ森が続いている。もちろん彼自身森から出る危険のあるようなところでは森から出ないように行動したというのもあるだろう。森のような木々がない場所では大きい体を持つオーガである彼は人間など他の存在にとても見つかりやすい。もちろん森の中でもその巨体は見つかりやすいわけであるが、まだ隠れやすい……いろいろ障害物があり、遠く離れればある程度は見えがたくなる森のほうがはるかに行動しやすいわけである。
そういうことで彼は逃げ続けているわけだが、ようやく撒いた……と思った場所も森の中。しかし、彼の元々住んでいたところに帰るあてがない。仮に帰ったとしても、その場所は既に人間にばれているわけで、彼が戻ってきたならまた人間たちは彼に対し襲い掛かることだろう。ゆえに彼は戻ることはできない。
(新天地を目指すしかないんだろうな……はあ)
オーガでも暮らせる安全安心な場所……当然ながらそんな場所は存在しない。それでも、まだ彼自身どうにか過ごせる場所というのならまだあるかもしれない。そんな場所を目指し彼は移動する。森の中のあの場所では人間が手を伸ばしてくる範囲だったかもしれないが、森の奥ならばどうだろう。彼の元々いた世界ではどうしても世界の色々な場所が観察され解明されていたが、この世界ではさすがにそれは難しい。つまり森の奥に隠れ住目がかなり安全性は上がる……というわけであるが、彼自身安全を優先するか、もう少し外の様子を見れる場所のほうがいいか、悩む所だ。まあ、積極的に人間とかかわろうとはしていなかったわけだが。
そんなことを考えつつ彼は森を進む。すると、彼の目の前に二つの人影が。
「――――!!」
「……! ………………!!」
彼らはオーガの姿をみると、すぐに一目散に逃げだした。自らの後方ではなく、横方向、オーガから見て左の方向へと。彼はその様子を見守るだけ、本来のオーガならばそのように逃げる人間は確実に追うが、彼は興味がない。ただ、少しだけ気になるのはなぜ彼ら二人……夫婦のように見える二人がこの場所にいたのか、それが気にかかる感じである。
(……いったい何だったんだ?)
とりあえず、彼は森の中を進むことにした。彼は気が付いていないが、二人の人影が現れた方向へと彼は進んでいる。彼らがいた場所、そこ何があるのか。彼らがオーガを避けた方向にも何かがあるのかもしれない。少なくともまっすぐ後ろに逃げなかったということは、そちらに逃げる意味があったということだろう。そして、彼らのあらわれた後方、明らかに森の奥であり、彼らはそこで何をしていたのか。
「…………? ……!!」
(あー…………)
そこには人間の少女がいた。幼い少女、恐らく十代前半、さすがに一桁ではないだろう年齢の少女。それがオーガの姿を見て、涙を流し震えている。
「ガアー(あのー)」
「………………!!!!!!」
オーガが声をかけると、びくんと少女は跳ね…………気絶した。
(えっ? ちょ、えっ!? これは予想外ですよっ!?)
流石にこれはオーガの彼も予想外だった。
その日、少女は両親に連れられ村の外に出ていた。森の中、楽しいピクニック……なんて気分でもないだろう。ただ、普段は村の中、外にも出されず家の中に閉じ込められていることもあり、森の中あまりいい雰囲気の場所でないとしても、そこで両親と一緒に過ごせるのは楽しく思っていた。基本的に森の中、両親に手を引かれそのまま歩くだけ。そのまま彼女は両親に連れられ森の奥へ。
そして、森の奥へと来たら両親は彼女にここで待っているように、と言った。少女は両親にそれはなぜかを訊ねる。両親は用事があるから、と少女に言い聞かせ、少女をそこで待たせることにした。少女はあまり両親から愛のある教育を受けておらず、また、あまり様々なことの知識を持たなかった。人との付き合いも少なく、ただでさえ外に出させてもらえない上に、そもそも村人との付き合いもすくなく、それゆえに両親と一緒に過ごせる楽しみ以上の意味が見いだせなかったのも一因だろう。
少女がそのような扱いを受けているのは彼女の眼が原因だ。彼女の眼は左右で色が違う。オッドアイ、というやつである。この世界では比較的珍しいものであり、またこの特徴をもつ人間は結構な確率で高い魔力適性、魔法を使う能力を持ち得ることが多い。しかし、それは村社会ではどうにも理解されておらず、そして村社会においてそういった異端、奇異な特徴を持つ子供は基本的に排斥される傾向にある。別に村社会が極端に異端を嫌うというわけでもないし、そこまで排他的とは言わないが、特殊な存在、異常を嫌う傾向にあり、普段通りを望むことが多い。たとえ、魔法という彼らの生活に大きな潤いをもたらすものでも、場合によっては彼らの平穏を乱すとして排除する場合もあるほどに。
少女の場合、それらの才に関しては知られず、左右の眼の色が違うということが気色悪い、災禍の証かなにかではないか、悪いことが起きる予兆ではないか、と言う風に考えられ、そのため隠され外に出されず、今回ようやく森の中に捨てられる運びとなったのである。少女はそれを知らず、両親を待ちながら寂しい思いをしながら待っていた。
そんな折、森の中、彼女の眼の前にある存在が……オーガが、現れたのである。
「え……? ひうっ!!」
オーガ、という存在に関して彼女は知っているわけではない。しかし、人と肌の色が違い、筋骨隆々で巨体である存在、明らかに人間ではない化け物、それが目の前に現れて普段通りでいろ、というほうが無理だろう。オーガについて知らずとも、様々な魔物などの化け物に関しては彼女も一応知識はあるのだから。
「ガアー」
「……い、いやああああ!!!!!!」
オーガが声をあげた……別にそれは大きな声ではない。まあ、オーガなので必然的に大きく聞こえた、とかはあるかもしれないが普通の声だ。しかし、それがどんな内容であれ、少女にとっては恐怖の物だった。その恐怖は限界に達し……ふっ、と少女は意識を飛ばしたのであった。




