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「ガアアアッ!!(うりゃあああっ!!)」
森にオーガの吠える声が響く。その手には簡素ながら、槍のようになっている木が。いや、槍というにはあまりにも大雑把な加工である。それは単純に折った木を無理やり半分に、半分にとして細くしただけのような木の一部である。それでもまあ、槍として使えなくもないといった感じの物にはなっている。そうしてそのようなものがオーガの手にあるかというと、彼が自分で作ったからだ。
彼は加工のための道具を持たない。鉋や鉈や鑢やら、金属の物を持ち得ていない。道中に出会ったゴブリンなども持っているのは混んぼうくらいで金属性の物は持っていない。やろうと思えば骨や歯などの利用ができる可能性もあるが、しかし彼はそういったものをうまく活用できるだけの能力がなかった。別に思いつかないわけではないのだが、下手に加工するよりは自分の力だけでやるほうがよほどいいという判断になったのである。そうして加工されたのが木を槍のようにしたもの、いや、槍のようになった折られた木、といった感じである。
これに骨や歯をつける加工もできなくもないのだが、それをする利点があまりないため彼はそうせず木だけで狩猟を行っている。そもそも最初は完全に素手で狩猟を行っていたのだから大きな進歩だろう。ちなみに骨や歯をつける利点がないというのは、単純に彼の力が強いため。鋭さをあげたり殺傷力をあげる必要がなく、ただの一突きで普通の獲物は殺せるからである。
(ふう……今日の分も確保っと。一日一殺。っていうか、保存もできないしあまり殺しても仕方がないってのもあるんだけどな。食料がそこまでいるかっていうのはちょっとわからないが……あんまりお腹もすかないし。水場の確保はできてる、食料も今は補充が容易、この森にどれほどの生き物がいるかはわからないし、食用になるかも不安はある、生肉だとちょっと……とは思うけど、火の確保がそもそも難しいんだよなあ……あと、どこかに拠点のようなものを作りたい。家は難しいにしても寝床とか……洞窟でも探すべきか?)
今彼のいる場所は森の中であり、湖の近く。その付近に山肌のような隆起した大地はなく、洞窟などは明らかに存在しているとは思えない立地である。そのため洞窟を探すという判断は少々難しいものだろう。だが、それはさておくとしてもやはり自身の拠点というものは必要だろう。作成したものを置いておくのにもいいし、食料も置いておける。保存の点においては食料は難しいところはあるが、地面を耕し食べられる野草の栽培もやろうと思えばできなくもない。今の彼はオーガであり力だけは存分にある。周囲に彼の力になってくれる存在はいなくとも、多くのことは彼だけでもできる。まあ、火の確保とかできないこともあるのだが。
そうして食料の血抜きをしているとがさりと草を揺らして姿を現した存在がいた。
(ゴブリン……血の匂いによって来たか)
何度かこの森の中で出会うゴブリン。主に彼が生物を殺し、その血抜きを大雑把ながらも行っているときに現れることの多い者。まあ、森の中を進んでいるさなかに出会うこともあるのだが。
「ガアアアアアアッ!!」
「ギィッ!?」
彼はゴブリンに向かって吠える。それだけでゴブリンは竦みあがり、わちゃわちゃと交代、足をもつれさせながらも彼から逃げ出した。ゴブリンという存在にとってオーガは勝てる要素のない明確な脅威である。よほど弱っている様子、戦闘の意志を見せない、という状態でもない限りゴブリンたちが近づいてくることはなく、今のようにたった一度吠え軽く威圧するだけで逃げ出す。ゴブリンの強みは数による囲んでの攻撃だが、オーガはそれを余裕で蹴散らせる大きな力の持ち主である。それを知っているからこそ、彼らはオーガを相手にすることはない。オーガはそれほどに強いのである。少なくともこの森では現状では頂点に近いレベルである。
(……あいつらへの対処も慣れたものだなあ。ちょっと脅かせばいなくなるし)
一番最初こそ一方的に殴られ、思わず攻撃して殺してしまったが、今では脅かして逃がす方向に行動が移り変わっている。彼は別に殺戮を好むわけではなく、血を好むわけではなく、肉を好むわけではない。食事としての肉は好ましいが別にゴブリンの肉が欲しいわけではなく、野生動物で十分。オーガという存在はその身体能力的に考えて恐らくは体力バカ筋力バカといったパワータイプ、そして脳筋的な考えなしの本能で動くタイプだと彼は推測しており、その性質上うろちょろするうざったいものを見たら殺したくなって殺しまくるものだと思っている。しかし、自分はそうではに、元人間である意識の存在として、自分が宿っている以上はそうしたくはないと考えており、それゆえの理性的な行動を心がけている。
それゆえの武器を使用しての狩猟、拠点づくりをするべきではないかという思考である。なお、もしこのオーガをこの世界の人間が見たとしたら、恐らくとてつもない脅威に思うだろう。基本的にオーガは頭のいい行動をとらないのであるならば、思考力のあるオーガをどう見るか。頭がよくて、素手で熊を殴り殺せて、波の攻撃では傷つかない。誰がどう考えても災害レベルの脅威ではないだろうか。
(さて、とりあえず解体……うう、素手で解体かあ。やっぱり細かいものが欲しいなあ。骨でどうにかできるか? いや、骨以外にも……そうだ、石器! ああ、なんでそんなことに思考が回らなかったんだ!? 人類の歴史を思い出せよ自分!)
意思の宿った肉体の脳の出来のせいかもしれない、とそんなことはともかく。現在の自分んという存在の恐ろしさを彼はまだ知らない。いずれそれを誰かに知られたときどうなるか……また、自分自身がその推測に思いったっと起動なるか……それはまだ誰にもわからない。




