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(くっ!? マジでいったい何が……! 水の中だからはっきりとは見え……ないけど、一応見える。これは……)
水の中、どうしても陸にいるときよりは視界が悪い。彼の生物としての視力はそれなりにあるようだったが目が水中使用であるというわけでもないため視界はどうしてもあまりよくない状態だった。だがそれでも湖の水は十分きれいであり、そのおかげでその存在をみることができた。水の中、うっすらと灰色をした触手のようなものが彼の足に絡み、彼を水の中へと引きずり込んでいたのである。一度引っ張られることで水の中で浮かされているため踏ん張りがきかず抵抗できないまま引っ張られている。かなりの力だ。
(どうする……って言っても、どうしようも! 泳いだところでどうにもならないし……とりあえず、まずこれをどうにかしないと!)
体の一部を掴まれ水の中に引きずり込まれている時点で殆ど抵抗の使用はないはずである。しかし、抵抗できない、どうしようもない、だからあきらめるというわけにもいかないだろう。彼は触手にてを伸ばし、それを足から引きはがそうとする。触手をつかむことはできた。しかし、それを掴むての圧に対する反発がなかなかで、彼が全力で握っても潰せそうにはないだろう。だがそれでも触手を己の足から引きはがすことはできそうだ。両手を使い、何とか触手を引きはがそうとする。
(ぐっ……流石に、きつい、って言うか水の中だから呼吸がやばい……)
流石に彼でも水中で呼吸ができない。いきなり引きずり込まれたため空気を先に吸っておくこともできていない。なのでかなり短い間に何とかすることを要求される。しかし、引きはがそうとしても触手は一本二本ではなく、彼を確実に引きずり込もうと、全身へと延び引き込んでくる。
(……! このままだとやばい! 逃げる、違う、どうにかしないとだめだ……!)
触手を引きはがして水の中から抜け出す……というのは相手の攻撃の意思もあって難しいだろう。本気で引きずり込むつもりである以上簡単な抵抗では意味がない。ならばどうするか? その意思を挫く……本体を叩くのである。
(触手の元に、向かっていく……!)
触手をつかみ、それを引きはがすことができる。それならば、触手の元へと触手を伝い向かうこともできるだろう。幸いに彼を引きずりこもうとしているのいは触手の主本体。ならばその本体に直接近づき、引導を渡す。触手をつかみながら、徐々に徐々に本体へと近づいていく。触手自体の力は相当なものでその力に完全に抗うのは難しい。彼の息が続かなくなるか、それとも彼が触手の本体の元へたどりつき本体を殺すあ、その勝負となる。
(届いた!)
そうして触手を伝い彼は本体の目の前へとたどり着く。だが、触手自体ですらかなりの弾力と軟性で彼の力に対抗で来ていた。触手がそうならば本体もそれなりに対抗できる性能がありそうなものだが、実際どうだろう? しかし、まあ、戦い様はある。どんな生物でも弱い部分はある。そして彼を引きずりこむほどの触手を持つ生物は身体も大きく、それゆえに目も大きく。
(……気にしてられるか!)
生物を殺すことに対する幾らかの躊躇はある。しかし、今この状態でそんなことを言っている余裕はなく、たとえやり方的に気分が悪くなるような躊躇するような感触を得るとはいえ、そうしなければこの状態から逃れられないのであれば、やるしかない。彼は相手の目の前にいる。眼の前にいる。当然そこからならば眼を狙うことができ、眼に腕を突き入れ、身体のうちに彼は自分の体を入れる。そしてその腕で体のうちをつかみさらに奥へ奥へ、中から相手を破壊する。ぐちゃりぐちゃりと壊していく。流石にそれには相手もやばいと感じたか、触手を離し水の奥へと逃げようとする。湖の底へ。
(……っ!)
逃げられた。いや、それは仕方がない。彼としては別に相手が逃げようと構わない。彼自身は手放された以上その場に残ることができる。脅威として完全に排除したいところであるが、あれほどのダメージを与えて今後も生きていられるか? それはわからないが、しかし今はとりあえず大丈夫だろう。
(上、水からでないと、呼吸やばいっ!)
ただでさえ呼吸の問題があるのに水の中で体を大きく使い動かしている。当然ながらその影響が出てくるわけである。つまり酸素不足でマジやばい、という感じである。急いで水を泳ぎ、陸へと彼は上がるのであった。
(はあ……)
水の中からあがり、陸上で一息つく。流石に先ほどのことがあったからか水の傍からは離れている。とはいえ、流石にその存在を知っている以上それに対しての意識はするし、そもそも水の中を移動する生物である以上水の近くというだけならばわかる。そもそも陸に近い部分はそこそこ浅瀬である。なのでそれほど危険性はないし、先ほど相当な大傷をつけているためあちらも彼に近づいてきたりはしないだろう。今後生きていられるかもわからないし。
まあ、それはそれとして彼としてもなかなかのトラウマとなったためか、水場に積極的に近づこうとはしないだろう。するにしてもかなり周りに意識を払うことになる。飲み水としての使用や体を洗う分には問題ないが、先ほどのように水の中できゃっほーいと洗えるほど気楽にできるものではない。
(この世界ってやばいのな……いや、まあ、異世界ってだけであれだし、ゴブリンとかファンタジーっぽいのもいたし、俺自身もかなりやばそうな存在だし……って! そうだ、そういえば自分がなんなのかの確認もしてなかった!?)
本題である自分自身の確認。水場において水の確保、身体の洗浄も目的であったが自分自身の確認も一つの目的だった。水ということで舞い上がっていたためそれが意識から忘れていた。そして今思い出し、彼は自分自身の姿を確認する。
(んー…………オークではないなあ。っていうか、これってたぶん鬼の類だよな……角は生えてないけど。えっと、あれか、オーガ、かなあ…………?)
かなり曖昧ながら、彼は自分の存在を把握した。この世界における彼の存在がどういうものかもわからないし、彼自身今の自分の姿をする存在についてはよくわからない。ゲームや漫画などでよく見る存在ならばともかく、今の彼はそれっぽくは見えるがはっきりとはわからない、といった具合である。ゴブリンなど有名どころはかなり見た目通り、イメージ通りに近いのだが。ともかく、ようやく彼は自分の存在を把握した。後はここでどう過ごすかの問題であるだろう。




