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「ウガアアアアアッ!(うおおおおおおっ!)」


 襲い掛かってきた熊に対し、掴み押しとどめる。今の彼は巨体であり熊ほどの大きさの相手でもまともに力で対抗できるようだ。そして、そのままひっくり返す。どどん、と彼ほどではないが地面を揺らす熊の体。もっとも中々に熊は頑強である様子、倒されただけではまだ彼に対し抗う意思を見せている。


(……どうする?)


 いきなり襲い掛かってきた相手とはいえ、それを殺すことに彼は躊躇を見せる。虫や草木ならばまだ殺したり刈ったりすることに躊躇うこともないのだが、生き物となると話が違ってくるだろう。まあ、自分に対して攻撃をしてきた相手だ。殺さなければ自分が殺される、傷つく、そういうことになる可能性だってある。ならば相手を殺すことに対する躊躇はいくらか薄くなっているはずだ。


(…………っ)


 それでもできない。命を奪うということに対する恐怖、命が失われるということに対する恐怖、彼のいた場所でも死は確かに身近にあったものである。しかし、見る機会が少なく、振れる頻度が少なく、少なくとも死したものに触れ目の前にするということはあまり多くない。そういった分野にかかわるものでもなければ家族や親戚、同級の者など近辺の存在でなければ最後の儀式に参加することもあまりないだろう。死に対する忌避があり、隠されている傾向がある。そして法として生物を殺すことすらあまり認められるものでもない。

 ゆえに殺し慣れていない。まあ、殺し慣れている方が珍しいというか、あまり殺しになれてほしくはないだろう。必要なことであるとはいえ、無駄な殺生は望ましいものではない。

 しかし、そうして悩み戸惑い躊躇している間に、熊も地面にひっくり返されたダメージから復帰する。そして、熊には二つの選択肢がある。自分を殺そうとしない、自分をひっくり返すことのできる彼から逃れるか、または彼に対し再度襲い掛かるか。


「ウガッ!?(うわっ!?)」


 答えは後者。意志の弱い相手、意気の低い相手、たとえ身体が強くとも、熊より高い戦闘能力を持っていようとも、その体を使うものの精神が弱いのであれば戦いようはあるだろう。生物として自分よりも弱いと認定した場合その相手は自分よりも格下になる。ゆえに熊に取って彼は脅威とは感じていない。力で負けていたとしても。


「ガアッ!(くそっ!)」


 またも襲われるが、彼自身襲われることで特に問題が起こることはない。肉体の力では熊に勝っており、また熊の攻撃に関しても受けたところでそれほどの痛打がない。爪や牙の攻撃も少し傷をつける程度だ。強固な皮膚、強靭な肉体、強力な筋肉、頑丈で剛力な肉体を彼は有している。ただ、石が弱いゆえにその力をふるいきることができていない。

 だが、それもいつまで続くだろうか。彼自身生きるために獲物を狩り、食らう必要がある。今もなお襲ってくる獣を相手にいつまでその力をふるわずにいられるか。恐怖や戸惑いがあったとしても、降り積もる怒りや苛立ちがあるだろう。しばらくは耐えられても、繰り返すことで爆発する。


「ウウウウウウウ、ガアアアアアッ!!(あああああああ、くそおおおおおっ!!)」


 彼は熊に向け、渾身の一撃を振るう。武器もない単なる素手での一撃。しかし、彼の身体能力はもともとの彼と比べ高く熊と渡り合えるほど……いや、容易に熊をひっくり返せるほどの力だ。その熊の大きさから数百キロ、トンとまでは行かないにしてもかなりの重量があるのは間違いない。それをあっさりひっくり返せるほどの力。仮に熊の体勢などの影響でひっくり返しやすいにしても、今の彼はその熊の力に真っ向から対抗できる。その力が如何ほどか。それほどまでの力を用いての攻撃である。

 彼の腕は熊の体に辺り、ぐしゃりと肉がつぶれる感覚を彼は手に感じる。いや、そのまま体を突き抜けていくような、そんな感覚を彼は感じる。


「…………ガア?(えっ?)」


 その一撃はあっさりと熊の体を突き抜けた。


(あ…………あ、ああ……)


 殺した。ただの動物、獣が相手とはいえ、生きているものをその手で殺したその感触はやはり彼にとっては気持ちの悪いものである。まず殺すということになれていないというのもあるが、哺乳類と呼ばれるような自分と近しい種であった存在であるというのも理由だろう。それでもまだ元々の彼と同じ種族である人よりははるかにましだと思われる。だが、ましであるというだけでやはりその精神的影響は中々大きいものである。


(殺した……殺してしまった……)


 そんなつもりではなかった、と彼は心の中で思う。しかし、そんなつもりでないからといってやったことが許されるわけではない。まあ、罪悪感はあるが、それでも彼にとってはまだ相手が自分を襲ってきた獣であるという免罪符がある。このまま放置していれば自分が殺されていたと思い込むことができる。今の彼ならば痛めつけ恐怖させ、逃げさせることもできたかもしれないが、それを把握しろというにはまだまだ早いし、そもそも襲ってきたのは熊のほうであり、相手のほうが悪いわけである。それに、彼には食料を探すという目的もある。そういう点では目の前の獣もほかに襲おうと思っていた獣と同じで食料としてカウントできるものだろう。そもそもほかの獣を襲おうとしていたのに襲われた相手を殺せないというのも変な話である。もしかしたら前者の獣に対しても実際に近づいた時点で躊躇して殺せなかった可能性はあるかもしれないが、それも今となってはわからない。

 ともかく、今彼の目の前に食料となりえる熊肉があるわけである。これで今回彼が行動していた目的の一つである食料の確保は一応達成していることになるだろう。


(……熊、熊肉……殺してしまった以上、ただ殺しただけじゃ、意味がない。殺したのなら、供養の意味も込めて食うのが礼儀……皮の利用、そういうこともしたいといえばしたい……いや、でも皮ってどうやって使えばいいんだよ。とりあえず、肉、肉を何とか……)


 だがここで一つの問題点が。どうやって熊の解体を行えばいいのか。


(……とりあえず、肉をなんとかしないとだめかな。折ったりなんだりして、なんとか確保しないと)


 力任せ、無理やりその彼の肉体の力で皮を引き千切り、肉を引き千切り、裂き、砕き、抉り、食べられそうな部分を回収する。かなり乱雑だが道具もない異常仕方がない。ともかく、一応彼は肉の確保はできたのである。



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