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「ウガーア…………グゥオッ!?(ふわ…………ってえ!?)」
森の中、一つの存在が目を覚ます。その存在は起きた直後に伸びをし、声を上げ…………自分の出した声に驚いていた。
「ガガウッ!? ウギガアッ?!(なに!? どういうこと!?)」
その存在は声、言葉に関してもそうだが周りを見回しさらに混乱した様子を見せる。なぜなら周囲に見覚えがなかったからだ。自分の視界もそれまでとは全く違う位置にあり、手を見て、身体を見て、さらに驚く。これで鏡があれば完全に自分の容貌を見ることができたことだろう。しかし流石に森の中に鏡はなかった。水場が近くにあればその水面を鏡として自分の体を見ることができた可能性はあるが。
「ガ………………」
(落ち着け、とりあえず落ち着け俺。こういう時は一度冷静になれ…………ここはどこだ? 俺は、俺の視界が高いのはなぜだ? 森? それに体も変だし、なんか動きやすいし、足も腕も筋肉質、服も来ていない……まあ、さすがに丸裸ではないみたいだけど、何か腰蓑的なものをつけている、布を巻いている? そんな感じ。それに関しては後で確認すればいいとして、現状を把握しろ。把握するんだ、まずさっき起きたばかりだから、昨日のこと、眠る前のことを…………)
彼はその場で混乱した状態で活動することを止め、思考に耽る。なぜこの場所で寝ていたのか、それを考えるにはそれ以前のことを思い出さなければならない。そうして彼は思い出していくのだが、その事実は彼の施行に衝撃を与える。
(…………いや、待て、確か、俺は……俺は……! なんでこの場にいる? いや、おかしい、それもおかしい。ありえない、っていうか仮に助かったとしてもなんで森に? 病院ならまだ納得がいくが……この体も、おかしい、色が変わるとか……いや、それはおかしくないのか? いや、包帯の一つもまかれてない、それもあり得ないだろ!? 完全に無事? 無事って言っても変になってるし……っていうか腰に布っぽいのをつけただけで放り出されるはずもない。事故で大けがをしtからってそれはないだろ?)
彼が思いだした自分に起きた出来事、それは事故だ。交通事故。赤信号を無視して突っ込んできた車に引かれたのが彼の最後の記憶だ。しかし、それが事実だとして、彼はいったいなぜここにいるのか。それに関して理解ができていない。事故でけがをしたなら病院にいてもおかしくないはずだ。森にいる可能性としてはその事故を起こした人間が事故の隠ぺいのために連れ去った可能性だが、それも彼が事故にあったのが昼間であるためありえない。目撃者もいたはずだ。ならばいったいなぜなのか、そもそも仮にそうだったとしても怪我の一つ、痛みの一つもないのはおかしく、肉体が変化しているのもおかしい。
(………………ありえない、いや、信じたくない。ありえないと思うし、実際そんなことが起きることはないと思うけど、仮に、仮に今の事実を説明するうえでそれを適用するなら、もしかしたら説明できるかもしれない)
彼は一つの結論にたどり着く。それは彼の常識の範囲内では起こりえないような、ありえない出来事。だが、彼の現状を説明するうえでそれは最も適当な内容になるだろう。
(……『異世界転生』)
彼は元の世界で一度死に、この世界にやってきた。それならば今の彼の状況は簡単に説明がつくだろう。
(異世界転生か。そういう名前はよく聞くけど、自分がなるとか……まだ夢であるほうが信じられる、うん、夢だと思いたい。でも、その保証がないしあまりにも現実的すぎる。それに起きることができないし。ならとりあえず現状がどんなに荒唐無稽な話でも現実と受け止めるしかないな。転生……転生? これって転生というよりは表意とかそういうのだよね? 生まれたばかりの子供ってわけじゃなさそうだし。いや、もしかして巨人の子供とか? 親いないけど。やっぱり転生というよりは憑依だと思うんだけど……まあ、異世界にいる存在への憑依は一種の異世界転生、広義の異世界転生なんだろう、たぶん。えっと、そもそもいったい何に憑依した? この身長的に……よく聞くゴブリンとかそういうのじゃないよな。えっと? 異世界転生…………そういう系の作品……ゴブリン、スライム、スケルトン、基本的にはこの辺りが多いけど、それじゃないよな。ゴブリンはまだ近いかもしれないが、こんなにでかいゴブリンは……いないだろ。ってことはなんだろう? 鏡があればまだ……少しわかるかもしれないんだけど……水場、水場を探す。そもそも起きたばかりだから気にならないのかもしれないけど、今俺は森の中にいるんだよな。食料の確保は必要だし、水もいるし……ここが異世界ならファンタジーとかのあれだと中世? 仮に俺がモンスターなら騎士とか冒険者とかそういうのに襲われる可能性もある。食料の確保、つまりは獣とか魔物とかそういうのを殺して食べる必要が……火? 生で食うの? ちょっとそれは……火、木をころころ? 削りかすを燃やす、摩擦熱、できるか? あー、こう考えるといろいろとこんがらがってくるなあ……まず、水場、生で食うのは怖いけど、生でいいから食料の確保。衣食住のとりあえず食を最優先にしないと……!)
だいぶ混乱していた様子ではあったし、今も若干混乱している様子ではある。しかし、彼は次にどうするかの行動の指針を決定することはできた。彼は今まで食事に困ることもなく、また安全に困ることもない場所で過ごしていた。しかし今は一転、危険のあり得る森の中。彼自身も少なくとも元の人間の姿ではなさそうであり、この世界においては魔物や魔族、モンスターと呼ばれるような存在である可能性が高いと仮定している。そんな状態である以上、彼はまず自分の安全を確保する必要があるし、それ以上に生きるために食事と水の確保は必要不可欠である。そのため彼はまず水場を探し水分補給の安定を、そして森の中を巡り食料となるものを見つけ確保することも必要であると考えている。
(食料……獲物を見つけたってとれるかなあ? この身体がどんな魔物かは知らないけど、武器も何もないんだよな。いや、肉体が筋肉もある感じで、巨体で、今も結構体が軽い感じだからかなり動ける生物であるかもしれない。人型……なのは幸運かな? 獣とかで四則で動けって言われても困った可能性はある。噛みついて殺すっていうのもなれないだろうし……まあ、素手で縊り殺すっていうのもなれるとは思えないけど、やるしかないしなあ……)
不安があるとすればそもそも彼が狩りなどをやったことがないことだろう。食事が生になるのは仕方がないことかもしれないが、それくらいは我慢するにしても、そもそも獲物を狩ることができるかどうかも不明だ。
(まあ、がんばるしかないなあ……いざとなったら、どこか人のいる場所に行って隠れて盗むくらいしかないな……)
誰かのものを盗る、というのは好ましいことではないが、生存のためならば仕方がない。あくまでそれは最悪の場合の可能性である。ともかく、今は彼ができる限りのことをするという方針で行動するつもりである。




