35-2I 居残り
勇者召喚の場。帰還の術に関してもこの場所で行うことになっている。そんな場所に、勇者と聖女、そして雄成にトリエンテア、他にも聖女の所属する組織の人間などいろいろな人物たちがいる。まあ、勇者召喚というものが個人で行われるはずもなく、聖女の所属する組織以外にも各国の許可などいろいろと必要とされるものであるのはその行為の意味、役割、担う内容の大きさからして当然と言える。
まあ、そんな勇者召喚とは別の、異世界への帰還術、それに関しては召喚よりは重要性は低い。とはいえ、その使用の意図、意味合いに関しては話して教えたりする必要性はあるだろう。そしてそういった術がそれを知っている聖女だけで行われるということもなく、勇者を召喚した時と同じくいろいろな術者が必要である。
「雄成…………これで最後」
「ああ。流石にティアがまたこっちに来るということもないだろう。これで話すことができるのも最後だな」
異世界の人間とこの世界の魔族、その二人の最後の会話。まあ、最後と言ってもそれ以前から戻ることが確定しており事前にある程度別れを前提とした話し合いはしている。それでもこれで最後、という本当に最後の機会となるとやはり少し複雑な気持ちはあるのだろう。基本的にあらゆる物事に対し心を動かすようなこともないトリエンテアであるが、雄成に関しては受けた恩ゆえか、短いながらも充実した生活を送ったためか、彼女はかなり特別な気持ちを有している様子である。とはいえ、これで雄成とは完全な別れとなる。この世界に残ってほしい、とは彼女は言えないだろう。そもそも雄成のために、雄成が元の世界に戻るためにここまで行動してきたわけなのだからそれを台無しにするのは違うだろうと言った話である。
「………………」
「………………」
「なんだろうな。こういう時、何を話せばいいか……」
「確かに。私も何を言えばいいか、わからない」
「まあ、なんだ。怪我したりせず元気でやっていくんだぞ?」
「雄成こそ。まあ、雄成の世界にはそんな危険はなさそうだから大丈夫だろうけど」
「確かにそうだな……」
こういった別れというのには慣れていないのか、うまく話すことのできない二人。この場所に他の人物がいるわけであるが、そんな中でそんな風に話しているのはどこか温かい目で見られるような雰囲気である。まあ、この二人はこの二人で色々あったからこそのその雰囲気だが。
「………………」
「………………」
「お二人とも、もう帰還の術の準備は終わりましたから。そうやって雰囲気出すのは辞めていただけます?」
「え? ああ……別にそういのじゃないんだけどな」
「……雰囲気?」
二人の関係性は少し複雑でやはりそういうもの、とは少し違うのだろう。まあ、そういったことも今更の話。帰還の術は既に準備が終わり、雄成の帰還が確約されている。まあ成功すればであるが。なのであまりそういったことに関して言及しても仕方がないだろう。
と、そんなことはありつつも、問題なく帰還の術が行われる。儀式的であり、魔法陣みたいな、あるいは召喚と帰還のための設備のようなものもあり、それらが光を発しどこか幻想的な雰囲気を見せる。こんな異世界的な雰囲気を味わうのも、雄成はこれで最後だろう。本当の意味での異世界の最後の光景。
「………………」
そんな風景の中、雄成は自分を見つめるトリエンテアの姿をその目に映す。いつもの特に変わりない表情。しかし、どこか寂しさを湛えているようにも見える。もっともトリエンテアがどう思っているかなど雄成にわかることではないし、今更元の世界に戻ることをとりやめることもできない。魔王と戦う前日のこと、その日の夜のことが思い浮かぶ。あの時の言葉、トリエンテアの想い。雄成は本当にこれでいいのか、と迷う。だが結局のところ、雄成を止めるようなことをせずトリエンテアはここまで進めてきたのだから……雄成を元の世界に変えることこそ、トリエンテアの果たすべき望みなのだろう。
見つめるトリエンテアの口が動く。
"さよなら"
そう口が動いたトリエンテアを最後の光景に、雄成は元の世界へと帰還した。
…………と思われたのだが。
「……あれ?」
「…………雄成?」
消えた、と思われた雄成が残っていた。いや、確かに帰還の術は発動したわけなのだが。発動したのに、雄成はこの場所に残っていたわけである。
「……えっと、これはどういうことだろう?」
「やはり勇者様でないのですから帰還の術が発動しなかった、ということではないでしょうか?」
「……それ以外に考えられることはない」
「……そうか」
異世界転移という手段でこの世界に来てしまった雄成は召喚の対になる帰還の術では元の世界に戻ることはできないということだろう。あるいは帰還の術を使う上で必要な何かが足りないか、だ。例えば元の世界の魔力、例えば元の世界の座標、例えば世界間の繋がり、例えば世界を繋ぐ穴、例えば召喚の名残など、そもそも帰還の術がどういう原理で行われるものか、帰還の術を使う者も明確には解っていない。あるいは術を受けた者が戻りたいと思っているかどうか、召喚時の世界座標を本人が記憶で持っているなどの可能性もある。雄性とトリエンテアはそういう点では極めて特異な事例である。
もしかしたら雄成の異世界転移は雄成が異世界転移を行う、という形というよりはトリエンテアが異世界転移したのを帰還する形で伴なったもの、と考えられるかもしれない。召喚と帰還がセットであるならば、トリエンテアが異世界に行ったのが召喚であり戻るのが帰還、そこに雄成の異世界転移が条件的に含まれていない。実質的に雄成は異世界転移したが召喚されて来た扱いにはならず、帰還が効果を発揮しない、という可能性もあるかもしれない。
ともかく、雄成の帰還は叶わなかったということだ。
「…………どうしようか」
「……これは予定にない。ちょっと困る」
「はい、あなたたちがどうするかに関してはそちらでお話しください。それよりもこれから勇者様の帰還を行いますので、離れていてくださいね」
帰還の術を使う対象は雄成だけではなく勇者もである。そして、勇者に対しての帰還の術はちゃんと発動した。つまり雄成に対しての帰還の術は発動したが成立しなかったということであるようだ。すなわち帰還することは絶望的である。異世界転移そのものは不可能ではないだろうが、その手段は無理やりの力技、元の世界に戻れるかどうかは怪しいところだ。
「どうしたものか」
「……元の世界に戻れるかどうか、試す? それとも手段を探す?」
「…………正直言うと、帰りたいという気持ちがないわけじゃないんだが、残ってもいいかなという気持ちもないわけでもないんだ」
「……? どういうこと?」
雄成としてはこの世界か、元の世界かという気持ちは半々。戻りたくもあるし、残りたくもあった。
「ティアを一人にして置いていくことが少し気にかかったからな……まあ、戻れないのならまたしばらく戻る手段が見つかるまでは一緒にいられそうだしな」
「…………! そう、言ってくれるなら、嬉しい」
雄成の言葉に少し笑顔になるトリエンテア。彼女としても雄成と一緒というのはうれしいのだろう。
「そうか……」
「…………あ、そうだ」
思い出したようにトリエンテアはつぶやく。
「雄成」
「なんだ?」
「子供できてるから、認知してほしい」
「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………えっ」
まさか目の前の少女のような人物からそのようなことを言われることは全く想定になかった雄成。しかし、雄成自身それに関しては心当たりがないわけではない。しかしそういった妊娠の発覚はまだ早すぎるような気もする。そもそもそれからまだ時間もそれほど経っていない。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!? なんでそういうことがわかるんだ!?」
「……私は子供を作る時期の調整ができる。作りたいときに作れるように体を操作できる。だからあれで雄性と一緒にいられるのは最後、雄成が帰還したら私は一人。それは寂しいと思ったから……子供を作れば一人じゃないから寂しくないって」
「…………そうか。なんというか、一人にしてしまうかもしれなくて悪かったな。流石に一人で子供を育てるのは大変だろうに」
雄成としては意図的に子供を作られた、というのは少し複雑な気持ちがないわけではない。しかし、別にトリエンテアのことが嫌いというわけではないしその理由も理解できないわけではない。これから一緒に過ごすのであれば、そういう機会もなかったとは言えないだろう。元々既に一線は超えているわけなのだから。
「俺も男だから、そういうことにはきちんと責任をとるよ」
「………………そう。そう言ってくれると、嬉しい」
流石に子供ができているから結婚する、とはすぐに言えないが、作ってしまった以上責任はきっちりとるつもりである。まあ、それをトリエンテアが狙っていた……ということは恐らくないが、そうなる可能性も視野にはいれていたかもしれない。子供ができてそれを置いて帰還する可能性は低くなるかもしれない、と。そのあたりの思惑は不明だが、ともかく雄成はこの世界に残り、トリエンテアと一緒の時間を過ごす。一応元の世界に戻るための手段は探しつつ。




