35-1T 別れ
勇者召喚の場。帰還の術に関してもこの場所で行うことになっている。そんな場所に、勇者と聖女、そして雄成にトリエンテア、他にも聖女の所属する組織の人間などいろいろな人物たちがいる。まあ、勇者召喚というものが個人で行われるはずもなく、聖女の所属する組織以外にも各国の許可などいろいろと必要とされるものであるのはその行為の意味、役割、担う内容の大きさからして当然と言える。
まあ、そんな勇者召喚とは別の、異世界への帰還術、それに関しては召喚よりは重要性は低い。とはいえ、その使用の意図、意味合いに関しては話して教えたりする必要性はあるだろう。そしてそういった術がそれを知っている聖女だけで行われるということもなく、勇者を召喚した時と同じくいろいろな術者が必要である。
「雄成…………これで最後」
「ああ。流石にティアがまたこっちに来るということもないだろう。これで話すことができるのも最後だな」
異世界の人間とこの世界の魔族、その二人の最後の会話。まあ、最後と言ってもそれ以前から戻ることが確定しており事前にある程度別れを前提とした話し合いはしている。それでもこれで最後、という本当に最後の機会となるとやはり少し複雑な気持ちはあるのだろう。基本的にあらゆる物事に対し心を動かすようなこともないトリエンテアであるが、雄成に関しては受けた恩ゆえか、短いながらも充実した生活を送ったためか、彼女はかなり特別な気持ちを有している様子である。とはいえ、これで雄成とは完全な別れとなる。この世界に残ってほしい、とは彼女は言えないだろう。そもそも雄成のために、雄成が元の世界に戻るためにここまで行動してきたわけなのだからそれを台無しにするのは違うだろうと言った話である。
「………………」
「………………」
「なんだろうな。こういう時、何を話せばいいか……」
「確かに。私も何を言えばいいか、わからない」
「まあ、なんだ。怪我したりせず元気でやっていくんだぞ?」
「雄成こそ。まあ、雄成の世界にはそんな危険はなさそうだから大丈夫だろうけど」
「確かにそうだな……」
こういった別れというのには慣れていないのか、うまく話すことのできない二人。この場所に他の人物がいるわけであるが、そんな中でそんな風に話しているのはどこか温かい目で見られるような雰囲気である。まあ、この二人はこの二人で色々あったからこそのその雰囲気だが。
「………………」
「………………」
「お二人とも、もう帰還の術の準備は終わりましたから。そうやって雰囲気出すのは辞めていただけます?」
「え? ああ……別にそういのじゃないんだけどな」
「……雰囲気?」
二人の関係性は少し複雑でやはりそういうもの、とは少し違うのだろう。まあ、そういったことも今更の話。帰還の術は既に準備が終わり、雄成の帰還が確約されている。まあ成功すればであるが。なのであまりそういったことに関して言及しても仕方がないだろう。
と、そんなことはありつつも、問題なく帰還の術が行われる。儀式的であり、魔法陣みたいな、あるいは召喚と帰還のための設備のようなものもあり、それらが光を発しどこか幻想的な雰囲気を見せる。こんな異世界的な雰囲気を味わうのも、雄成はこれで最後だろう。本当の意味での異世界の最後の光景。
「………………」
そんな風景の中、雄成は自分を見つめるトリエンテアの姿をその目に映す。いつもの特に変わりない表情。しかし、どこか寂しさを湛えているようにも見える。もっともトリエンテアがどう思っているかなど雄成にわかることではないし、今更元の世界に戻ることをとりやめることもできない。魔王と戦う前日のこと、その日の夜のことが思い浮かぶ。あの時の言葉、トリエンテアの想い。雄成は本当にこれでいいのか、と迷う。だが結局のところ、雄成を止めるようなことをせずトリエンテアはここまで進めてきたのだから……雄成を元の世界に変えることこそ、トリエンテアの果たすべき望みなのだろう。
見つめるトリエンテアの口が動く。
"さよなら"
そう口が動いたトリエンテアを最後の光景に、雄成は元の世界へと帰還した。
雄成の消えた場所、召喚の術を行う場所であり帰還の術を行う場所をトリエンテアは見つめている。帰還の術は使われ、彼女は二度と雄成と出会うことはない。確実にそうであるとは言えない。縁が結ばれた以上完全に出会わないとは限らない。しかし、世界の壁を越えて再び会うという機会はそうあることではない。そもそも時間の流れが同一であるかもわからない。向こうが生きている間に、あるいはこちらが生きている間に再び出会うような機会があるとは思えないだろう。
「もうあの人はいませんよ。さあ、次は勇者様の帰還を行いますので、あなたはもう好きにしてください」
「……わかってる」
どこか棘のある聖女の言葉である。まあ、いつまでもこの場所にいられるとそれはそれで困るのだろう。元々雄成と勇者の帰還の術を行う上で雄成を先にしたのはトリエンテアの存在があったからだ。もしかしたら、トリエンテアが今までしてきたことは嘘偽りで実は魔王としてまた世界の支配を目論んでいるかもしれない、そんなこともありうるかもしれない。もしそうであった場合、勇者の存在がいなければトリエンテアには対応が難しくなる。
雄成がいた方が対応できるのでは、と思わなくもないが、雄成の存在がトリエンテアの魔王性を抑えているという可能性もあり、雄成がいなくなることでトリエンテアが本性を見せるかもしれないと考えたうえでの判断になる。
まあ、結局のところトリエンテアはそういった考えはない。いろいろと話したことは事実であり、彼女はもう魔王ではないのだから後は普通に生きる、そのつもりである。そんなトリエンテアの事情は別に聖女には特に関係のない話、彼女たちを含めこの場所にいる多くの人間、術者にとっては本来この場所にトリエンテアがいることは厄介なことである。なぜならばトリエンテアは魔族、それも本来なら魔王という危険性のある魔族である。それが勇者召喚を行う場所、そして帰還を行う場所にいる。そのうえ帰還の術を眼の間で見せている。もし勇者を召喚しても魔王が帰還の術を使い勇者を帰還させれば勇者という対抗手段が無に帰すことになる。
もっともそれ自体は考慮の上でトリエンテアをここに連れてきている。雄成という勇者に等しい存在の仲間であり一緒に魔王を倒した、自分のみを差し出すような危険がある状態にまでして魔王を倒す手伝いをした貢献者。恐らくもうこれ以上の危険はない、とそんな確信に近い事実がなければ彼女をこの場所に連れてくることは有り得なかった。しかし、それも雄成がいる間までであり、さすがにそれ以上は見せる必要はない、この場所にいる必要はないと追い出すわけである。
実際の所、魔王になる危険がある存在なのだから殺しておきたいというのが人間側、聖女たちの側の本音だろう。しかしそれをする場合勇者も含め犠牲がシャレにならないし、せっかく魔王を倒したのにまた犠牲者を増やすのはどうか、魔王になるつもりがないトリエンテアに敵対して敵を作ることになるのはどうかということで止められているわけなのだが。
と、そんなこともありトリエンテアはその帰還の術が行われた場所から連れられ追い出された。
「…………一人、か」
この世界に来てトリエンテアはたった一人。
「……いや、もう一人じゃない」
そっと、自分のお腹に手をやるトリエンテア。
魔族の中には自分の排卵を自由にできる存在もいる。基本的に強い魔族であればあるほど、そういったことの制御はしやすい。いつでも妊娠できるし、妊娠できないようにもできる。それを彼女はできる。そして、できるからこそ、彼女はあの日雄成に迫ったわけである。
「……一人じゃないから」
雄成との間に作った子供。その子供と一緒に、彼女はこの世界で生きる。雄性と別れることになるだろうという事実、それに耐えるための最大の手段。その残されたものを、思い出を糧に彼女はこの世界で生きることを決めた。




