33 断絶
トリエンテアの細かい話はともかく。現在トリエンテアと魔王が対峙し話を行っているが、そもそもお互いに相手に何かを期待するわけでもない。トリエンテアは結局魔王を倒すつもりであるし、魔王はトリエンテアに協力を要求し答えないのであればトリエンテアを倒すだけ。とはいえ、勇者に雄成、トリエンテアと勇者側の陣営が硬すぎる。現状魔王はほぼ敗北するしかない状態だ。
「ふん。これ以上話をしても無意味だ。殺すがいい」
「…………確かに。では殺させてもらう」
トリエンテアが腕を振るい、そこから発生した魔法によって魔王はその身体の一片までが塵と化した。
「なっ!?」
「ちょっ、な、なにをっ!!」
「……勇者が殺しても、私が殺しても基本的に大差はない」
「ならなぜさっき勇者が魔王を倒すのを止めたのですか! はっ……まさか、魔王討伐の功績を奪おうと……!」
「別にそんなのはいらない。雄成を元の世界に帰還できるのなら勇者が倒してもいい。功績なんて特に必要はない」
別にトリエンテアは魔王を倒した功績が欲しいわけではない。勇者の不利を助け魔王討伐を成したというだけで十分な功績である。わざわざ勇者や聖女に対して喧嘩を売るような行いをしてまで魔王討伐を実行する必要性はない。ではいったいなぜトリエンテアは自分自身で魔王を殺したのか? そもそも勇者を止め、魔王の前に自分の姿を現し見せたことは何故か?
必要なことは勇者を止めること、魔王を殺すことではない。魔王にトリエンテアのことを認識させること、それこそが重要だったのである。
"おおおおおおおおおおおおおおお!! 我が器を破壊したな! だが構わぬ! 構わぬぞ! 魔王に相応しき器! かつて世界を支配した魔王たる器を持つ存在! その器があれば下らぬ弱き力の器に収まる必要はない! 貴様の器をよこすがいい!!!"
「っ!?」
「なっ!?」
「ティア!」
魔王とは、魔王として生まれた魔族ではない。魔王たる資質を持つ魔族が生まれた時、魔王を生み出す歴代の魔王の意思が作り出した、魔王の意思の目的悲願を実行するための魔王の意思に操られた存在のことである。魔王の意思、というと少し妙に聞こえるかもしれないが、魔王の意思とはこれまで魔族の中でも力のある存在が、世界を支配するために行動した結果それを成すことができ死んだ後、魔王に相応しい魔族に憑き、力を貸して魔王として世界を支配するために活動をした言うなれば怨念ともいえるような存在である。そしてそれはこれまでに生まれた資質を持つ存在に取り付き魔王となった結果、魔王となった者たちの意思の力を取り込み、その者の意思も取り込み、最終的に集合的な魔王という存在の意思となった。それは魔王を生み出し、世界を支配する、魔王たる存在を作り出して魔王としてこの世界に君臨させるだけのただの怨念。しかしそれは弱いものではなく、それをどうにかしなければ永遠に残り続けるような、執念深い存在となり果てている。
それは器を破壊しただけではどうしようもなく、トリエンテアが魔王であった時代にも存在していたが勇者によって一時的にトリエンテアから引き剥がされたこともあった。しかし今ここにいるように、それだけで消し飛ばすことはできずに居残り続けている。そして今それは魔王の資質を持つトリエンテアに憑こうとしている。
"はははははははは! 我が器となり、世界を支配するのだ! 今度こそ、我が悲願は達成せり!"
「………………」
「これはとんでもないことになったのでは!? あの御伽噺に出てくる魔王、トリエンテアが……最悪の魔王が……」
「……っ」
「…………ティア?」
「雄成、別に問題ない」
"なにっ!?"
「え?」
「……どういうことですかっ!?」
魔王は確かにトリエンテアに取り付いている。しかし、トリエンテアはそれまでと変わりない。
「前もそうだった。魔王の意思は私を支配することはできなかった。私の力は今までの魔王の資質を持つ存在の中でも最強のもの。ゆえに、私を魔王にすることはできても、私自身の支配はできていない。だからこそ、お前どうにかする方法がある」
"なっ…………くっ、何をっ!!"
「お前はかつて勇者に散らされた……それだけでは殺せなかった。それは恐らく勇者の力が足りていない、お前の根本まで届かせるだけの力が足りていないかった。でも……今ここには、勇者そのものではないけど、勇者に匹敵する、私の魔王としての才、資質を超える勇者としての資質を備える存在がいる」
「………………」
「雄成、これを倒して。そうすれば、もう勇者を召喚する必要性もなくなる」
トリエンテアが勇者に匹敵する存在として期待しているのは雄成。実際に雄成の資質は勇者として、今までのどの勇者よりも強い。これに関して言えば雄成のいた世界が全くと言っていいほど魔力がなかったことが影響しているのだろう。そしてトリエンテアが今まで多くの勇者を見ているからこそ、その資質、実力、強さが歴代の度の勇者よりも強いと確信をもって言える。ただ、資質はともかく経験などはまた別であり、雄成とトリエンテアが戦えば、戦いだけならばトリエンテアの方が有利だ。もっとも、トリエンテアに雄成を倒しきれるかは怪しいし、雄成がトリエンテアを倒すことができないというわけでもない。トリエンテアは負けないことはできるが勝つことができるかは怪しいだろう。
「そんなことを言われても、どうすれば……」
「無意識に使ってる力を全部込めて、ぶった切ればいい。わからないなら……………………………………………………………………………………おもいっきり、力を込めて、ぶった切ればいい……かもしれない?」
「いや、そんな適当な……」
とはいえ、トリエンテアに魔王が憑いている現状はどうにかしなければならない。トリエンテアの言うことを正しく理解できるわけではないのだが、それでも雄成はトリエンテアに剣を向ける。
「それか?」
「これ」
"やめろっ! 貴様ら! やめろっ!!"
流石に魔王の意思も不穏な気配を察してか、やめるように雄成とトリエンテアに言う。もっともこの二人が魔王の意思の言うことを聞くわけがない。
「…………行くぞっ!」
トリエンテアの言っていることを理解できずとも、やるべきことがわからないわけではない。トリエンテアが抑え一纏めにした魔王の意思、それに向けて、それを消し飛ばすための全力の力を振るうだけ。それがわかっていれば、それでいい。それだけでいい。そのためだけに振るえばいい。籠められた力、それが思いっきり、全力で、振るわれる。
"やめろおおおおおおおおおおおああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!!!!!!!!!"
魔王の意思が、その力により消し飛んだ。ついでに、その魔王の意思の向こうにあった、洞窟の壁も、消し飛んだ。その一撃の威力はその壁の向こうまで突き抜けて行った。恐らくその光景を見た者はいたかもしれない。もっとも、その光景は現実離れしすぎていて、何が何だかわからなかっただろう。それくらいに、魔王の意思を消し飛ばした一撃はとんでもなかった。
そして、魔王がいなくなったゆえに……というわけではなく、その一撃の威力がとんでもなかったため、洞窟が崩れ始めた。
「やばっ」
「逃げる」
「やりすぎですっ!」
「レア、そんなことを言っている場合じゃないよ!?」
魔王を倒した、その喜びに包まれる前に、まず崩れる洞窟から命からがら逃げるのが先だった。




