31 戦い
魔王城……いや、この時代では魔王は己の権威を見せつける者ではなく、既に城と呼べるようなものでもない。そもそも魔王がいる場所がそんなふうにわかりやすい場所であればわざわざトリエンテアが出てくる必要もなく、魔王の拠点を見つけることはできただろう。もっとも現在のこの世界において人間の手が入っていないところは数多くありそこに住んでいれば流石に完全に把握しきることはできなかっただろう。そういう意味ではやはりトリエンテアなどそういったことに関してわかる存在の手助けは必要だったかもしれない。
さて、現在の魔王が住んでいる場所はその前日に宿をとれるような村あるいは街に近い場所となる。そんな場所は一体どこにあるのか……まあ、色々と種類はあるが、どうやら山岳地帯に自然を最大限利用した居城というには未熟な物の、山を削り作り上げた洞窟風味な岩の建物、岩城とでも言えるようなものだった。魔王および魔族はどうしても人間側に追いやられその勢力はとても落ち込み、魔族も魔王につく勢力よりも人間側に迎合し従う方が多い。そんなこともあって魔王はその権威を示すようなものを作りあげることはなく、どちらかというと隠れて過ごすほうがいい。だが、魔王に従う魔族にとってはそれこそが正しいことであり、また魔王という存在の権威、箔のようなものがいるものだと考え、隠れて暮らすにしても相応の住居が必要だと思うわけである。
そういった考え、思想ゆえに彼らは岩城を作り上げるに至った。まあ、魔族だけではなくこの時代における魔王の手もあったからこそだろう。この時代の魔王はトリエンテアのようなあの時代の途轍もなく強い魔王というほどの強さはない。しかし、魔王は魔王というだけで相応に強い。魔王に選ばれるだけの資質、素質は当然のこと、魔王に選ばれたということの時点で元々の存在よりも強くなる。その力の後押しがあるからこそ魔王は魔王足りえるのである。
「くっ! 止めろ! 奴らを魔王様に近づけさせるなっ!」
「ぎゃああああああっ!」
「強い! くっ、女の方を狙え!」
「だ、ダメだ! こいつ強すぎる!」
「何故貴様が……! があああああああっ!」
「はあっ! レア、下がって!」
「は、はい」
「まだこれだけ魔族が残っているのか」
「戻されただけかも」
「ああ、確かにそういうことは有り得るかな」
勇者と魔族側の戦いにおいて、魔族側が圧倒的に不利である。まあ、それも当然と言えば当然だろう。魔王戦うべき勇者、かつて魔王であった魔族のトリエンテア、勇者と同じ立ち位置の雄成と、聖女など特殊な仲間もいてそちらも決して弱いわけではないが、やはり魔王に匹敵する三者が大きい存在になるだろう。剣で斬り、魔法で吹き飛ばす。それだけで魔族側に大損害を負わせることができる。
そういった感じで勇者たちは魔王の下までたどり着く。道中にいた魔族たちをほぼ完全に排して。
「見つけたぞ! お前が魔王だな!」
「ああ、勇者、勇者か。実に腹立たしいことだ。我ら魔族に斯様な仕打ちをしておきながら、なお我が前に現れるか。憎らしい、腹立たしい。我らが怒りを受けるがいいっ!」
「っとっ!!」
勇者が魔王を見つけ、魔王の前に姿をさらす。魔王は勇者を見るや否やその表情を怒りに変えてその力を振るった。魔法……魔族たちが使う魔法よりもはるかに強力な魔王の魔法、それが勇者へ、そして勇者たちの仲間……雄成やトリエンテアを含む同行者たちの向かう。その攻撃を把握し、勇者は魔王の攻撃を弾き防ぐ。
「いきなり攻撃か……っと!」
「世界を我らが物に、世界は我らが魔族が支配するべきである。かつて悲願に届けきかけたあの時のようにはもういかぬ。ああ、口惜しや、口惜しや。今ここで見つかりまた我らを討とうというのだな。許さぬ。勇者よ、滅べ! 滅べ!! 滅ぶがいい!!!」
魔王は勇者に対して恨みがある。あったことすらないはずなのに、なぜか魔王は恨みを持つ。もっともその理由はトリエンテアは理解している。魔王とは言うなればこの世界に残り己の欲、願い、それを叶えるために魔族に取り付く亡霊のようなものなのだから。
「…………」
「ティア?」
「……相変わらず、変わりない。あれは結局ずっと同じことしか考えてない」
かつてトリエンテアがそれに取り付かれ魔王になった時、トリエンテアは己の強さゆえにそれに支配されることはなかった。しかし、魔王になった事実は変えられず、結局それの意思に従い世界を征服し支配するために行動していた。そして勇者にそれが破壊され己が自由になろうとも、魔王であることを捨てることはしなかった。しかし、傍からそれの行動を見ていると実に見苦しいと思わざるを得ない。魔族に対して思うところがないわけではないが、しかし今の魔王のやり方はいかがなものか。トリエンテアからすればそう思わざるを得なかった。そもそも魔王の意思の手助けがあったとはいえ、かつて世界を支配する可能性があったのはトリエンテアの強さがあったからこそ。魔王の意思は確かに貢献としては大きかったのだが、やはりトリエンテアだからこそできたことだ。それ以前、そしてその後の魔王が世界征服にまで至らなかった、その実力が奮わなかったことからもその事実が大きいことであることは明白……であると思われる。
「くっ!」
「勇者様!」
「おおおおおおおおおおおおお! さあ、滅ぼしてくれようぞ勇者!」
「…………決して弱くはないはず。経験の差、あるいは地力の差?」
「いや、そんなことを言っている場合か?」
勇者側が不利……というほどではないと思われるが、しかし勇者側が長気味であることは事実である。今の時代はトリエンテアのことが御伽噺になるくらいの年月。もちろんその事実が風化するほどでもないが、世界を魔族が支配しかけた時代から魔族が人間にほぼ支配されかけている時代。その年月の差は大きく、またその間に魔王の意思が魔王を生まなかったわけでもない。その間の勇者との戦い、そして元々のそれ以前の戦いの経験、トリエンテア時代の経験もまた魔王の意思は己の者としており、それゆえに魔王の意思がついた今の魔王は実力的にはかつての魔王トリエンテアよりは劣るが経験的な能力部分では決して弱いとは言えないくらいのものであった。
「わかってる。加勢する」
「ああ」
そんな状況であるため、トリエンテアと雄成も勇者に手を貸すため戦いに挑んだ。




