30 前夜
魔王を探して幾星霜……というほどでもないが旅をして、ようやく魔王がいる場所に到達した。とはいってもいきなり魔王のいるところに乗り込むわけにもいかず、前準備としていろいろとやっておかなければいけない。それに休息も必須、そういうことで魔王の住んでいる場所に行く前の夜は悔いを残さぬよう、また今までの疲労や苦労を解消できるようにしっかりとした宿で休むこととなったのである。
魔王を探すまでに実に早い結果と言いたくなるが、もともとトリエンテアは魔王という存在がこの世界にいるとわかっている時点でその捜索ができる。勇者の仲間と手を組む必要もなく、独力で魔王を探そうと思えばできたのである。まあ、彼女はそもそも魔王を倒すことの意味は大してないので理由がなければそうすることはなかっただろう。雄成を元の席に戻すため、魔王を倒し勇者の帰還のために使われる術の力を借り受ける、そういう目的があったからこそ勇者たちに恩を売る意味も込め、またそのトリエンテア自身の怪しさ、能力をごまかす意味も込め、手を貸し発見に導いた。
そんなトリエンテア、および雄成も今夜は宿でゆっくりと休む。休んでいた。
「……雄成、いる?」
「ん? ああ、ティア。どうした?」
そんな宿で休む二人、雄成の部屋にトリエンテアが訪ねてきた。特にこれと言って準備のない二人である。ゆえにゆっくり休むくらいしか二人は用事がない。そこにトリエンテアが訪ねてきたのは理由が不明であるが、まあ雄成とトリエンテアは今までいろいろと一緒に活動してきたこともあり、話したい事だってないわけではないだろう。仮に魔王を倒した場合、雄成は勇者の帰還と同じ手法を用いて元の世界に帰る。流石に魔王を倒してすぐいきなりというわけではないだろうが、心の整理は事前にしておいた方がいいと思われる。
そのためにも話し合いは必須だろう。そもそもトリエンテアにとって雄成はこの世界に戻ってきたうえで迷惑に巻き込んだ、恩を返すなどいろいろな意味で彼女の生において重要な位置づけになっている存在だ。それがいなくなるとなると下手をすれば彼女がこの世界で生き残る理由すらなくなる。かつては魔王となり、魔王として生き、そこで敗北して魔王として終わるはずだった、それが異世界に移動し生き残り、雄成に生かされた。そんな彼女が目的を果たしたらその後どうするか……正直言って怪しいと思われる。
「ん…………ちょっと、いろいろと話したい」
「……まあ、明日は魔王に挑むからな。ティアとしても色々と思うところはあるのか。元々ティアは魔王だったわけだし」
「それは別にどうでもいい。誰が魔王になっても私には関係ない話。魔族に関しても今生きている形でも別にそれはそれでかまわないし」
「……いや、それでいいのか?」
「かまわない。そもそも今の私が考えることでもない」
今のトリエンテアは魔王でもないただの一魔族。そもそもトリエンテアは魔王として生きているときはその役割に従事していたがそれ自体元々望んでいたわけでもない。それが役割であり、そうする必要があったからしていただけだ。それでも魔王は魔王なのでその点には誇りを持ち、しっかりとそういう存在として生きていたわけだが。今のトリエンテアにはそのことは関係なく、ただ自分のしたいように、やりたいように生きるだけ……それも本当の意味で生きるという目的はあまりないと言わざる得ない状況だ。
「じゃあ話したいことは?」
「……これからのこと。雄成はやっぱり元の世界に戻る?」
「まあ、元々そういうつもり……だったんだろう?」
「……確かにそうだけど」
雄成は元の世界に戻りたいという思いは確かにある。しかし、どちらかというとトリエンテアの方が熱心に帰還方法を捜索していたように思う。それはやはり恩返しと罪の償いが彼女の中にあるからだろう。雄成に世話になり巻き込んだものの。そして今回のことにつながり、戻る可能性を得た。ならばやはり戻る以外の選択肢はない。もちろんそれは帰還の術が成功すればの話になるのだが。
「そうすると、雄成はこの世界からいなくなる。私はこの世界に残るから……私は一人になる」
「……………………」
「この世界の今は私のいた時間じゃない。知り合いもいないし、私が魔王だった時代でもない。私は誰も頼れる、信頼できる相手はいないくなる」
「…………そうだな」
勇者とその仲間……は信頼していい相手には含めないだろう。トリエンテアの立場からすれば仮に仲良くできても本気で信頼できる相手ではない。そもそもトリエンテアの立場では本当の意味で信頼できる相手なんてそういない。
「私はこの世界に一人で残される。それはとても寂しい」
「………………だけど、俺にはどうしようもないぞ?」
「雄成に残ってもらうのも、雄成についていくのも……私にはできない。そもそも帰還の術だから。ついていっても迷惑かもしれないし。残るのは……雄成次第だけど、それだと私が今まで頑張った意味もない。だからやっぱりちゃんと雄成が戻らないと複雑に思う。だから今の状況を変えても仕方がない」
「…………」
「だから」
不意にトリエンテアは雄成の手を取り、それを引っ張り、宿のベッドの上に倒しこむ。
「うおっ? おい、いきなり……」
「最後の思い出をもらいたい」
「………………」
押し倒し、上に乗るトリエンテア。流石に雄成もその言葉の意味をその体勢にされて上に乗られてわからないとは言わないだろう。
「ちょ、ちょっと待て!? 流石にいきなり……」
「不意を打たないと雄成は逃げそうだから」
「いや、だって」
「だから無理やり、一気に攻めるべきだと思った」
「ちょっ」
「大丈夫。痛くない」
「そういう問題じゃ」
結局…………全ては流れのままだった。何が起こったのかは、両者の名誉……いや、彼の名誉のために言わないほうがいいだろう。




