29 試し
勇者とともに雄成とトリエンテアが魔王討伐に向けて旅をする。そうなったのはいいが、そうなると魔族が起こした面倒ごとの解決を誰が行うのかの問題になってくる。それに関しては状況的に仕方がないと思うしかないだろう。どちらかというと魔王をどうにかする方が先、魔族を減らせば相手の戦力がなくなっていくわけであるが魔王自体の脅威は解決しない以上先に魔王をどうにかする方が重要、魔王さえどうにかなればそれに追従する魔族たちも活動の意味がなくなる。そういうことで魔王を最優先、できるだけ早く倒すことを優先的に、ということになる。
問題があるとすれば魔王がどこにいるかがわからないという点だろう。トリエンテアが魔王をしていた時代は魔王という権威、強さ、象徴をしっかりと見せつける意味合いもあって魔王城という悪目立ちする場所に魔王がいたわけである。しかし今の時代の魔王はわざわざ魔族にこそこそとした人間側に損失を与える活動をさせるくらいに魔王側の力が弱まっている。正確には魔族が少なくなり、また魔王に従おうと考える魔族が少なくなったのも大きな理由なわけだが、ともかく魔王側はわざわざ自分たちの姿を見せつける意味はない。それゆえに魔王がどこにいるのか明確にはわからない。
それに関しては大規模な調査、捜索を行う特殊な魔法を使うことで解決、魔族であるトリエンテア、かなりの魔力を持ち魔法の才も高い彼女も含めた様々な形での捜索法の模索により何とか解決した。特にトリエンテアの貢献は大きいだろう。彼女は元魔王で在り、現在も魔族であり、その資質、強さ、能力は魔王に選ばれたときと変わらない……いや、年月の分魔王に選ばれた当時よりも強い。もし魔王が復活する時期に彼女がこの世界にいたならば選ばれただろうというくらいに高い資質持ちだ。その資質、本人の魔王に選ばれる可能性を利用し捜索を行った。まあ、彼女自身がかつて魔王であったのも捜索に必要な情報を盛り込める要因だったが、まあ細かい話はいいだろう。
ともかく魔王の現在の位置は大まかながらはっきりとわかった。そこに勇者ともども雄成とトリエンテアたちは向かっている。
「俺の実力?」
「はい。同じ異世界出身の人間としてどれくらいの強さなのか気になって」
魔王に向けての旅の途中、勇者は雄成に試合を持ち掛ける。同じ異世界から来た人間としてどちらが強いのか……というわけではなく、単純に雄成の強さがどれほどの強さなのか気にかかると言った感じである。
「俺のいた世界では元々戦う機会なんてなかったから戦い始めたのはこちらに来てからだ。だからさほど強くないぞ?」
「そうですか……でも今まで戦う機会があり、そこであなたの強さを見ています。それでもまだ余裕があるというか、とても強いと思います。ですのでその実力をしっかりと見てみたいというか」
「……つまりカルートは雄成と戦ってみたい」
「そうです!」
「勇者様!? そういう無駄な戦いはどうかと思いますよ?」
「そうそう。俺としても仲間と戦うのはな」
勇者は雄成と戦いたい。トリエンテアは雄成の力を見せつける機会としてはいいんじゃないかと思っている。しかしそんな二人とは別で雄成や聖女はその戦いは勘弁願いたいと言ったところだ。特に聖女にとっては勇者以上の力を持つ存在がいるのはいろいろと難しい問題になってしまう。勇者は魔王を討つ存在であり、この世界で最も強い存在でなければならない。それこそ彼女の所属する場所が勇者を召喚し戦わせるのに必要な威厳というか、勇者という存在に必要なものというか、そんな感じなのである。
「やはりダメですよね? あなたたちもそう思いますよね?」
「え? え、ええ、はい……」
「ちょっと見てみたいかも……」
「っ!」
「い、いえ、いいです……」
お供の仲間を利用しても多数決的に戦いを回避したい聖女。もっともそれで納得するほど勇者は聞き分けが良くない。
「では本気の戦いでなければいいですよね?」
「……本気でないとは?」
「これで」
「……腕相撲?」
単純な力により勝敗を決める戦い。とはいえ、腕の力だけで行うそれはそれほど戦闘能力そのものを判断するものにはならないだろう。勇者が負けたとしてもそれほど大きな問題にはならない。そもそも戦闘能力に限って言えば勇者の方が圧倒的に戦闘経験は多く、戦闘勘などの問題もあって雄成よりは強いだろう。ただ資質だけでいえば雄成の方が強かったりする。まあ、実際の所一番強いのは勇者や雄成の異世界から来た存在ではなくトリエンテアであると思われるのだが。彼女に関しては元魔王として長い魔王時代を経験しているゆえにその戦闘経験は相当な物。そして魔王としても特別強い資質を持ち得ていたのだからその強さはとても高い。もっとも彼女はその力を見せつけるつもりはない。戦いの時にその力の一端を披露することはあるが、それくらいだ。勇者や雄成と戦うつもりはない。下手に強いと思われるといろいろと面倒な立場なゆえに。
「……はあ。まったく、これの結果で満足してくれよ?」
「正直言って実際に戦ってみたいんですけどね……レアがああいうのであれば仕方ありません」
そうして腕相撲が開始される。一瞬拮抗するが、徐々に雄成側が勇者の腕を倒していく。強さの資質に限って言えば雄成の方が高い。年齢的な意味でも肉体的な強さは若い勇者よりも上……この世界に来てから底上げされた肉体の強さであるが、やはり元々の世界が魔力のない世界ということもあってその底上げは相当なもの。それゆえにきちんと勇者として召喚されたカルートよりも強い。
「ああー、負けましたー!」
「……力だけでいえば俺の方が強いみたいだな。でも戦闘は力だけで勝てるわけじゃないからな」
「そうですね。雄成さんは戦闘経験が少ないのは幾度かの戦いを見てわかってます。それでも僕が勝てるかは少しわからない感じではあるので直接戦って試してみたかったんですが」
力だけで戦闘の結果が決まるわけではない。だからこそ実際に戦って試してみたかった、のだが止められたので力比べしかできなかった。その結果は雄成の勝ち。とりあえず今はその結果で満足する勇者であった。本人は負けているわけだがそれでいいのだろうか、と少し疑問に思うところである。




