26 勇者
トリエンテアと雄成が魔族の起こした数々の問題、事件の解決に勤しんだことに関して、魔族側に伝わり魔族側が二人を集団で襲撃する、事件を起こし誘因するくらいに二人に事はいろいろな所で話が伝わるようになっている。もちろんある程度情報を伝えるうえで伝達先や多少の緘口令の類はあるかもしれないが、人の口に戸は立てられない。自然と噂になり広まり、色々な人が知っていく。
当然ながらそれを知るのは一般層もそうであるが、上の方……つまりは勇者もそれを知ることとなる。
トリエンテアと雄成が冒険者ギルドに訪れると二人はしばらくギルドにて待たされることとなった。
「…………まだ誰も来ないな」
「確かに」
「いったい何があるんだろうか」
「わからない。でも、私たちのしてることに文句があるとかそういうわけじゃないと思う」
「あれだけ人助けして文句を言われたらそっちの方が困る」
二人が冒険者ギルドに待たされる理由はさっぱりわからない。もちろん彼らに全く心当たりがないとは言わないが、別に悪事を働いているわけではないので何か問題があってここに残されているわけではないだろう。そもそもここで待っていてくれ、という形で待たされているのだから誰かを呼びに行ったのではと考えられる状態である。
「…………でも、嫌な予感はある」
「嫌な予感?」
「予感。私にとってはあまりいいことではないような、そんな予感」
「それは……面倒になりそうだな」
トリエンテアは女性であり、元魔王で在り、色々な形でそういった鋭い勘、感受性、感性がありそういった予感の類を感じやすい。経験則からの勘の類ではなく、本能的な察知に近いそれであるが、それだと彼女にとってはあまりよろしくないものが近くにいるような感じがしている。雄成にそのようなものは感じられない。であればそれは彼女の実が感じられるようなものでもあるのかもしれない。
彼女は元魔王、魔族であり、それゆえに彼女は敵対していたある存在がいる。それは彼女の本能においては今でも変わらぬ敵である。それゆえに彼女はそのような予感を感じていた。
「っと、ここですか?」
「……誰だ?」
「…………………………」
二人のいる部屋にギルドマスターに先んじて一人の青年が入ってきた。ギルドマスター、そして数人の仲間も一緒だった。雄成は誰であるか疑問に思ったが、トリエンテアはそれが何者かを本能的に察知していた。
「お二人が噂の各地で悪さを働く魔族を倒してきた人ですね」
「…………」
「…………」
「えっと、雄成様と……トリエンテア様、でいいのでしたでしょうか?」
「ああ」
「…………」
名前まで知られている。そもそも二人が事実を否定する理由もなく、返事と頷きで肯定の意を返す。ただ、その女性がトリエンテアの生を言う時に少々戸惑い、嫌悪があったというのに二人は気づく。そもそもトリエンテアの名前は現在ではかつての魔王の名前、御伽噺に出てくるような恐ろしい魔王の名前として伝わっている。事実としてその魔王の存在は知られているためその名前を持つ彼女に対して少し思うところが生まれてしまうのは仕方のない話なのかもしれない。
もっとも、さすがにトリエンテアがその御伽噺に出てくる魔王の名前を授かった者というわけではなく、本当にその御伽噺に出てくる魔王そのものであるということは彼らにはわからないだろう。ただ彼らもある程度魔族の気配や雰囲気の察知くらいはできる。トリエンテアが魔族である、くらいはわかっているかもしれない。魔族がどうして魔族の行動を挫くのか、魔王に敵対するのか、そこは彼らもわからないが、現在の魔族の情勢からしてそもそも魔王に従う魔族は少なく場合によっては魔王に敵対するような魔族がいてもおかしくないとは考えているだろう。
「僕はカルート・フェニクス。この世界に呼び出された勇者です」
「……勇者か」
「はい。本来悪事を働く魔族を倒すのは僕たちの役目なのですが、魔王が今この世界にいることを人々に知られないようにするためあまり大っぴらに活動できず、積極的に行動できていない中、あなたたちが僕たちの代わりに魔族の悪事を挫いてくれてとても感謝しています」
「いや……俺たちとしてはギルドの依頼を果たしているだけだしな」
元々二人が行っている対魔族の行動は恐らく魔族がかかわっている可能性が高いと思われるような大きな事件、面倒ごとで冒険者ギルドに持ち込まれた依頼を果たす形で対処している。その内容の大きさに関して報酬が少ないため慈善事業のようにも見えるが、実際にはただ冒険者ギルドの活動で仕事をしているだけでもある。とはいえ、その名声のことを考えるとそこまで単純な話にはならなくなるのだが。
「それでもです。そういった依頼ばかりを受けているでしょう? それにそれらの依頼は内容に対して報酬が安く冒険者はほぼ受けないとも聞いてます。それを受けるのですから魔族のことに関わりなくお二人はいい人なのでしょう」
「…………」
「……いえ、良い人間だと思われたくてやっているわけでもないでしょう。それにこうして褒めるのも何か違う気はします」
「そうだな。ところで、いったいどういった用事なんだ? ここに俺たちを待たせたのはそういった話をしにきたわけではないだろう」
「ああ、はい、そうです。えっと…………レア?」
レアと呼ばれた女性、勇者であるカルートの仲間であるようだがどこか神聖な雰囲気のある女性である。まあ、勇者を召喚するのが何処かは不明であるが、そういった神事に関わるような、魔族に対抗する性質のある組織なのだろう。そのレアと呼ばれた女性はトリエンテアの方を睨んでいる。トリエンテアもそんな彼女に視線を向け、少し敵対的な眼になっている。相手に合わせているというのもあるが、彼女にとってもレアは雰囲気的に敵として感じるような相手なのだろう。お互いに相手を敵視するところがあるようだ。
「ああ、すいません……どうにも私はそちらの女性の方とは合わないようで」
「……そうか。でも彼女も僕たちと同じように魔族の企みを阻止してきた人だよ。これから協力するかもしれない相手なのだから、あまりそういった目を向けないようにね」
「はい、わかっています」
「協力?」
カルートの入った協力するかもしれないという言葉。それに雄成が反応する。
「勇者様の方が先に言ってしまいましたが……実はお二人方に少々お頼みしたいことがあり、こうしてお二人をここにお待たせしてもらいました。お話よろしいでしょうか?」
「ああ」
「…………」
「では……お二人には勇者様と共に魔王を討つお手伝いをしてもらいたいのです」
「……なるほど」
「…………」
二人に求められること。それは魔王討伐への参加である。今まで魔王につき従う魔族を倒してきたのだからある意味当然の流れともいえるかもしれない。ともかく、この場に二人が残されたのは勇者のその行動への参加を望まれてのこと。二人にとっては勇者との関りという最大の機会であり、トリエンテアの雄成の帰還を求めるうえでとてもいい機会であるともいえた。




