12
翌日。賢哉が一人一人盗賊たちを連れ出してある場所に連れていく。
「な、なんだこれ?」
「魔法陣」
「魔法陣!? なんでそんなものがここに!?」
「まあまあ、落ち着け。お前はここの上にな」
「ひっ!? 何をする気だ……俺を魔法の生贄にでも使うつもりかっ! や、やめてくれっ! そんな酷い目に遭いたくない、死にたくない、しにたくねえ、こんな死に方したくねえよっ!」
「だから落ち着けって……」
賢哉が盗賊の一人を宥めている。魔法陣の上に連れてこられただけでこれである。魔法使いという者はそれだけ恐れられているのか? いや、正確には魔法使いに関して、この世界では基本的にわかっている側の人間の方が少ない。貴族であるフェリシア、その従者のアミルも、知識ではそれなりに魔法という分野や魔法使いという存在に関しての知識はあるが、実際に魔法を使用している光景を見たことは殆ど無く、また魔法に関しても何がどうなってどのようなことを起こすのか、どうすればどこまで何ができるのか、みたいな分野に関しては知らない。あくまで魔法使いという存在と魔法に関して、一般人よりも高い知識があると言うだけで実際に魔法を使える人間が持ち得るほどの知識は有していない。彼女たちでそれなのだから一般の人々はどれほどの知識なのか? それがつまりこの男の反応である。
つまりは、基本的に何も知らないと言うことである。もちろん魔法使いという存在、魔法という存在に関してはそういう物があると言う知識はあるが、実際にどれほどのことができるのか、何ができるのかは詳しくないのである。それがこの恐怖に繋がる。何ができるかわからない、何をしているかわからない、それが憶測を呼び、噂を作り、それが伝聞で伝わる中尾ひれがついて広まり、話が大きくなる。そうして、魔法使いは人体実験をしてる、人間を生贄に悪魔を呼び出す、人間の命を使って魔法を使う、そういった妙な憶測が広まり伝わって、しかもそれでも魔法使いは一般層には出てこないゆえに余計に変に話が伝わり、尾ひれの嫌な話ばかりが一般人の知識となっている。
まあ、そういった知識もある程度魔法使いと付き合いがあれば実際にはそんなことがないとわかるのだが、そうそう魔法使いが一般には存在しない、まだ魔法使いになる前の、自ら資質を開花させた存在くらいしか存在しないのである。なので結局知らない人間が大多数である。
「えっとだな、これは契約のも魔法陣だ」
「あ、悪魔との契約かっ!?」
「いや。単にこれからお前に約束を守らせるだけのものだ。ただ、約束を破れば首がぼんって飛ぶけどな」
「ひっ! やだ、やめてくれ、死にたくない!」
「ああ、そうかい。俺から言うのはたった一つ。ここで死ぬか、この契約書にお前の名前をサインするかだ」
「わ、わかった、する、するから殺さないでくれ!」
「ほら。ならちゃんとサインしろ」
その男は必至で自分の名前を書く。実際のところ、この契約書に各のは自分の名前である必要は無かったりする。必要なのは名前ではなく、その契約書に彼が書いたと言う事実。ゆえに自分の名前の文字が分からずとも、自分を表す意味を描くのでも構わないし、他人の名前でも全く影響がない。
「か、書いたぞ!」
「よし。ならとりあえずそこに座ってろ。そこの白線の向こうな。逃げるなよ? 逃げたら死ぬぞ」
「わ、わかった! 逃げない! 逃げないから殺さないでくれ!」
そう言って男は床に引かれていた白線の向こうに座った。
「……はあ。め、面倒くさい。もう少し何とかならないものか」
いくら魔法使いという存在に関しての一般認識が薄いとはいえ、少々この恐怖のしようはおかしいのではないか、と賢哉は思う次第である。まあ、彼らは盗賊であるがゆえに何をされても、どうなってもおかしくないということがあるからこそのあそこまでの怖がり方をしているわけである。それくらいに恐れられていると言う点では確かに間違いないのであるが。
「まあいいか。次をっと……」
そうして賢哉は盗賊たちを順々に連れ、契約の呪縛をかけていく。多少の命令に対する抵抗程度では首が吹き飛ぶようなことにはならない。しかし例えば賢哉に対し害をもたらす行動などはアウト。また、他の村人に対するそういった行動もアウト。当然ながらフェリシアに対して危害を加えようとしてもアウト。他にも村を出て逃げようとする行動もアウト、命令違反も何もかも従わないと言うのならアウト、など様々。まあ、それなりに厳しくはあるものの、偶然の危害とかならば一応働かないし、ある程度の自由は許容されている。また、別に完璧に奴隷のように扱うのでもないからそこまで厳しい物でもない。私語だって自由にできる、そんな簡単なものである。まあ、盗賊らしい行いをすればぼんっと爆発するが。
「最後はお前だな」
「ちっ……なんだこりゃあ」
「魔法陣だ。ここで契約をしてもらうつもりだ」
「契約だと? 何だよそれ」
「お前たちが、こちらに対して害をもたらさないようにする契約だ」
「………………」
最後に連れてきたのは盗賊の頭。他の盗賊たちとは違い、怯えというものが見えず堂々としている。妙なところで芯が強いようだ。
「死ぬか、この契約書に名前を書いて契約をするかだ。選べ」
「……くそ。死んでたまるか。ったく。その契約書をよこせ」
「ほら。書くものもな」
契約書とそこに名前を書くためのペンも渡す。ペンとは言うが、あくまでただの鉛筆のようなものだ。筆ペン? 多分そういう物が近いところかもしれない。地味に便利なものだが魔法で作り上げたものだ。
「なんだよこれ? 読めないんだが? なんて書いてあるんだ?」
「それは言えないな。これは俺の所で使われている文字だ。ま、色々と契約に関する要綱について書かれている。具体的に内容がどうであるかは俺の方からは言わない。説明するのも面倒だしな」
「……これを他の奴も書いたのかよ?」
「そもそも聞いてきたのはお前が初なんだが」
「はっ!? なんだそりゃ!?」
「魔法使いとか魔法陣とかでみんな怯えてなあ。ま、そういうことで書くかどうか早く決めろ」
「ちっ……糞どもめ」
今まで誰も契約書の内容に関しては効いて来なかった。そういうものか、と思い名前を描いていた者ばかりである。それはそれでどうなのかとも思う所である。
「ほら、書いてやったぞ」
「おう。それじゃあお前もあっちな。ってか、これようやく全員か……」
盗賊全員、盗賊として誇りのある死を選ばず契約し従うことを選んだようである。