8 元の世界
「……小さい家」
「小さいって……いや、ここだとこれくらいだと大きい方じゃないか? 地方だと話は違ってくるだろうけど…………」
雄成の住んでいる場所は都会のほうであるため、地価の関係などで基本的に一軒家を持っている人間は少ない。マンションやアパートなどの集合住宅に住んでいることのほうが多い。なので雄成のように小さいながらも自分の持ち家がある、というのは珍しいほうだろう。まあ、雄成が住んでいる家は雄成の所有する家と言うわけではないのだが、そういう細かい話は置いておこう。
小さい庭がある一軒家。その庭先にトリエンテアは視線をやる。雄成の話していたことを彼女は覚えており、その内容からすると彼女はその場所にいた……倒れていたという話である。
「私が倒れていた場所は……?」
「ああ、そこだ。倒れていた時は驚いたもんだよ」
少女が自分の家の庭先に倒れていた。それを見た当初は驚いたで済むほど簡単な話ではなかっただろう。下手をすれば通報されていたかもしれないと思うような危機感すらあったはずだ。まあ、仮に通報されたとしてもトリエンテアの存在はいろいろな意味で謎が多く、そう単純な話では済まなかっただろう。それでも雄成がいろいろと面倒な状況になり立場を失う危険があったことには間違いないわけであるが。
「…………確かに、何か違和感が……」
「違和感?」
「魔力……あちらにあった世界に満ちる魔力、その残り香のようなもの……」
トリエンテアは自分の倒れていた場所に近づく。そこには何か、普段は感じられないものを感じられる。この世界に世界に満ちる魔力はなく、トリエンテアが魔法を使えば魔力を失い普通の人外なだけの少女になってしまう。しかし、持ち得る能力が変わるわけではない。別に魔力が減っているわけではないが、元々魔力を感知できるような能力を持つ。そもそも魔族と言う人間とは違う種族であり、様々な感覚器官が人間とは違う。内部構造に人間その他生物と大きな差異はないが、細胞的な意味や遺伝子的な意味での能力的違いはないとは言わない。そもそも、魂や霊的要素にまで含めれば極めて異質なはず。年齢的に考えてもトリエンテアは他の魔族や生物とは一線を画していることだろう。
そんな彼女が、彼女のいた世界の魔力を感じている。まあ、ある意味当然といえる。この世界に彼女が来るとき、そこにこの世界と彼女のいた世界をつなぐ穴が存在していたはずだ。道がつながっていなければ当然来ることはできないわけで。開いたそれが運んできたのは彼女だけではないはずだ。どれほどの間開いていたのか、どれほどの間影響を及ぼしていたのか、それはわからない。だが、確実に何らかの痕跡はあってしかるべきだろう。
そして、その時、トリエンテアが近づいたその時。ピキッと、何かがひび割れる音を聞く。
「…………?」
「なんだ?」
世界に開いた穴、というのは基本的にすぐに回復する。世界は世界における異常を嫌う。世界には世界における独特の法則を持つ。この世界ならば、異世界ならば、その世界において基本的な法則と言うものが存在する。しかし、どの世界においても、世界と世界の外をつなぐ問題はすぐに解決されるものだ。だが、解決したと言っても、本当に完全に解決したわけではない。人間でいえば怪我をした状態の所が、とりあえず傷がふさがった状態になっているというくらいで、傷が完璧に治ったわけではない。何かきっかけがあれば、また開きかねない状態の場所である。
世界は世界に存在する異常を嫌う。魔力のある世界において、魔力のない存在が来ても基本的に問題はない。あるとないではあるの方が基準になる。確かにないというのは他に類を見ないものであるが、その世界においては特別異常とは見られない。ないのならばそこは空白地帯であり、魔力が流れ込みやすいという多少問題に近いことはあるのかもしれないが。しかし、その逆でない所にある者が来るのは問題である。この世界における唯一の魔力持ち……本当に唯一かは疑問であるが、この世界には世界に満ちる魔力は存在しない。その世界に満ちる魔力が存在する場所で過ごし、魔力を有する者はこの世界における異端……この世界に存在する法則から反する力、機能を有する。ないからあるに来た場合、その世界に存在する法則を持たないだけで、その世界の法則に問題がおきることはない。だが、あるから内に来た場合、その世界に存在しない法則を持つ。それは場合によっては世界を侵食する病床となりえるのである。
つまり、どういうことかというと……この世界に開いた穴はまだ完全に治っておらず、それを再度開くことは比較的容易である。また、その穴を通ってこの世界に来たトリエンテアはこの世界にとっていなくなってほしい存在であり、極めて異端の存在である。世界はトリエンテアをこの世界から外へと放り出す機会を狙っているということである。
「っ!?」
「ティアっ!!」
トリエンテアが近づいたことで、世界に開いた彼女が来る際にふさがった穴、それが開く。そしてトリエンテアを飲み込まんととてつもない吸引力を見せる。その近くにいたトリエンテア飲み込まれて抵抗できない。そのまま穴を通り世界の外へと……向かおうとしたが、そんなトリエンテアの手を雄成が掴む。流石に何が起きるかわからないが、これが彼女にとって安心安全な出来事ではないのはわかる。
「雄成!!」
「うおっ!? なんだこれっ!?」
しかし、ただ人間の力で世界が開いた穴、その吸引力に抵抗できるはずもなく。トリエンテアと雄成は開いた世界の穴に飲み込まれていった。そして、そこは何も起きていなかったかのように、元に戻ったのである。
「……っ、ここは………………雄成」
トリエンテアと雄成が倒れていたが、そのうちトリエンテアのほうが先に意識が戻る。体のつくりなどの問題ではなく、その能力の問題だ。なぜなら、この世界には、世界に満ちる魔力が存在しているのだかrあ。
「う……ティア? っ、さっき……」
「大丈夫?」
「ああ……って、ここはどこだよ? 全然見たこともない場所に…………」
「私のいた世界」
「………………マジか」
頭を抱える雄成。トリエンテアがこの世界に来た時のそれと同じように、今度は雄成がこの世界に来てしまったのであった。




