6 元魔王
「……………………」
雄成の言葉はトリエンテアにとっては自分のことを全く理解していないとしか思えない言葉だった。いや、実際にトリエンテアのことを理解しているかと言われれば雄成は理解していないということになる。そもそもトリエンテアも、自分の事情はいくらか語っていても、自分の置かれた状況や理由、目的などそういった部分にはあまり触れていない。
トリエンテアはかつて魔王だった。それはそれまでの魔王たちの意思、それらが混ざり集合して生まれた魔王の意思によって導かれてのもの。トリエンテアはその持ち前の高い能力ゆえに完全な操り人形にならずとも、しかし魔王の意思を受けていることは間違いなく……それゆえに魔王として君臨したという過程がある。魔王としてトリエンテアのやってきたことは彼女自身の意思だが、同時に彼女自身が目的として、目標として定めたことではない。つまり雄成の有用に、魔族のためにそれを行ったという崇高な理由があるわけではなく、単に魔王の意思の影響を受けそれが目的となっていたから行ったというだけの理由でしかないわけである。
「私は…………そんな理由で戦っていたわけじゃない……!」
もし、雄成の言うような理由で戦っていれば、まだ誇らしく思えただろうか。それとも、悔しいと思っただろうか。自分のしてきたこと自体は自分のしてきたこととして、彼女は己の所業であると受け入れている。しかし、そこに深く思い入れるものはない。己のものであるが、そのものに対する情や信念という物はないのである。だからこそ、どうにもあやふやというか、滅茶苦茶と言うか。
「……じゃあ、なぜ?」
「………………私は、魔王の意思によって魔王になっていた。それゆえに、私自身の意思で魔王として君臨したことには間違いない。だけど……別に、私自身が魔王になりたかったわけじゃない。それでも、私は魔王として生きて、魔王として戦い、魔王としてことを成してきた。魔王として負けた以上、私は魔王として裁かれるべきである」
魔王であった。歪な形であるが、トリエンテアにとっては唯一絶対の足跡である。それゆえに、その生き方で培ってきた精神性を持ち、そしてそれゆえにその生き方ゆえの終わり方を望む節がある。
「だからティアは死にたいのか」
「………………」
魔王として負けたから、死ななければならない。そう彼女は思いこんでいる。
「…………難しい話だな」
雄成としてはそういうしかない。死ななければならない、などと言って本当に死ぬことは難しいだろう。そもそも、死のうと思えば死ねるはずだ。自殺自体は難しくない。本人の意思次第で出来るはず。
「自分で死ぬのはダメなのか?」
「…………」
「殺されないといけないのか?」
「…………」
「……今のティアは、すでに死んでいるのと同じじゃないのか?」
「……? それはどういう意味?」
「だって、もう元の世界に戻れないんだろう? ここで、何もできずに暮らしていくだけだ。それに、向こうではティアはいなくなった……死んでいると同じような意味合いじゃないのか? 勇者との戦いで消えた、つまり死んだようなものだ」
「でも、私は生きている」
死んだようなもの、と死んだとはまた別の話である。
「だけど、ティアはこっちで何かやりたいことややれることっていうのはあるのか? 俺の所で暮らしていく以上のことは何かできるのか?」
「……………………」
「こういっちゃあなんだが、人間に養われるってどんな気分だ? 元魔王としては」
「………………はっきり言って、屈辱に近い?」
あまりトリエンテア自身はその内容を自覚できないが、魔王としては人間に養われるのは屈辱だろう。トリエンテア自身はあまり気にしていない。ただ、元魔王としてはと雄成が言っているためその内容に置きなおしてそうなる。
「じゃあ、今のティアは屈辱な生活、何もできずに閉じ込められている状況に置かれている……という罰を受けているとも考えられるんじゃないか?」
「……………………物は言いよう」
「まあ、確かにそうかもしれないけどな……」
雄成の言っていることはあくまでそれっぽい内容でしかない。実際にはティアは食事も十分、娯楽も提供され、何をするでもなくまるで王侯貴族のように安全安泰の生活をしているわけだ。それが監禁生活、人間に養われる屈辱と言うのは確かに物は言いようとしか言えないだろう。
「………………」
トリエンテアは思う。そもそも、自分は雄成に助けられた立場である。雄成の目的は不明であるが、自分を助けたことに理由が、意味があるのではないか。恩、助けられた恩は確かにある。戻って殺される、魔王として果てる、そんな思いはトリエンテアにないわけでもないが、だからと言って雄成に恩を返さないのは己の矜持に反するのではないか? そもそも彼女は今雄成に生活の場を提供されており、それを甘受していた。それに対する恩返しもしていない……何をして恩を返せばいいのかわからないが、それを成す前に戻るのも筋が通らない。
「…………わかった。今は、その言葉を受けておく」
「そうか」
トリエンテアは自分で今の状況に関しての解釈を納得する。雄成はそれに対し、簡単に言葉を返すだけだった。




