4 争いのない所
「………………魔族のいない世界」
魔族の少女、年齢的には少女ではないが見た目が少女である彼女が人間の男性から情報を聞き、ようやくこの世界が自分のいた世界でないということを理解する。世界に満ちる魔力の状況や、ガラス越しに見える外の様子からその想像はできないわけではなかったが、それでも異世界と言うのは彼女たち魔族のような者が存在する世界でも眉唾物……いや、勇者召喚が存在する以上その存在は理解しているわけであるが。それでも、やはり現実的ではないというか。その異世界に召喚と送還と言う形でかかわる勇者以外では、異世界移動など現実的なものではありえない。実際に勇者の召喚にも相当な条件、必要とする力は結構なもので、安易に召喚できるわけではない。それを何の因果か勇者と魔王のぶつかり合いで起こしてしまうなど、落ちてきた隕石が自身に衝突するくらいの可能性である。まあ、現実的にはほぼありえないような事象、ということである。
「君は……人間じゃないんだな」
「………………」
「答えたくないなら別に答えなくてもいいが……どうするつもりだ?」
「………………」
人間の男性、彼女にとって人間とは敵対する相手であり、容赦なく殺してきた相手。勇者と言う異世界から来た人間も彼女は幾度も殺している。それゆえに、人間を相手に対話する、というのは彼女にとってはどうにもやりづらいことである。しかし、その人間は倒れていた彼女を拾い介抱した相手。それに一応こちらを気遣ってくれている相手だ。今まで彼女が相手をしてきた自分たちに敵対し殺そうとしてくる人間と同じ存在ではない。それはわかっているのだが……やはり、どうにもやりづらいところではある。
「まず。私が倒れていた所を助けてくれたことに感謝を」
「お? あ、ああ、別に気にしなくていい」
「そして、恩のある相手に敵意を向けたことに謝意を」
「……ああ」
「……………………この世界に事について教えてくれてありがとう」
「…………」
「でも、だからこそ、今私は困ってる。どうしたらいいか、どうすればいいか、わからない」
「わからない?」
話さなければどうしようもない、そう彼女は考えた。世界に満ちる魔力がないこの世界では彼女は魔法をあまり使えない。使えば魔力を失い、その回復手段はなく、それゆえに彼女はこの世界で生きるにはいろいろと難しい立場にある。彼女は人間ではないため、人間の社会にはなじみづらい。見た目は一応人間に見えなくもないのだが。それに彼女の見た目ではこの世界ではいろいろとやりづらい。少女の姿、この世界では……いや、この国では就学年齢であり、平日の日中に活動しづらい。仮に彼女がその見た目で成人しているとしても、その証明ができない。彼女がこの国に在籍している証明をできるものが存在しないからだ。それゆえに就職もかなり難しい。仮に外国に送り返される、ということになってもそもそも彼女はこの世界の存在ではなく……言葉こそ通じている物の、かなりやりづらいことには間違いない。ちなみに言葉が通じているのはそういう理が彼女の中にあるからだ。
「戻る手段がない。この世界で私はただ一人の魔族。身寄りもなく、ともに過ごせる相手もなく、生活の基盤も一切存在しない。どこにいけばいいのか、どうすればいいのか、全くわからない状況」
「…………そうか」
男性は難しい顔をする。なぜなら少女の扱いが非常に面倒なものだからだ。はっきり言えば、警察に預ければいいというものではないだろう。少女の存在がこの世界のどこにもないため、一体どこから連れてきたのか、ということになる。男性の立場が危うくなる可能性があるだろう。また、少女にとっても色々と面倒で問題のある状態である。仮に彼女が魔族、人間でないとして、その扱いがどうなるか……はっきり言ってわからない。この国ならば比較的悪くない立場になれるかもしれないが、絶対に安全とは言えない。少女をそんな状況に追い込むことになるのは男性としても本意ではないだろう。
「…………何処にもいくことができないなら、ここに残るか?」
「………………」
少女が驚いたような表情になる。なぜなら彼女はそういうことを言われるような立場にないからだ。それに、彼女にとって人間は敵対する相手。どうしたらいいか、どう関わったらいいかもわからない。
「…………私がいると困るのでは?」
「まあ、たしかに女の子一人養うとなると面倒ごとは多いだろうけどな…………でも、ほっぽり出すのも大人としてはどうかと思うしな」
「……………………私のほうも、人間とともに過ごすというのは困惑する」
「…………そういわれると俺のほうも困るんだが」
男性が悪いわけではない。これは少女のほうがどうにもこの状況になれず、どうすればいいか迷っているせいもあるだろう。しかし、迷ったところでどうしようもない。彼女が戻ることもできず、外を歩くのも難しく、この世界で生きるのも大変で…………誰かの庇護を受けるしかない、そんな状態にあるのだ。正直言えば、彼女がその力を振るい多少の無理を押して、一時的な破壊を引き起こす形で支配をすることは不可能ではない。あくまで一時的な、刹那的に生きるのであれば、そういう手法もできるだろう……本当に、わずかな間だけだが。
だが、彼女とてそんな理性のない無茶なやり方をするつもりはない。ゆえに困っている。
「だけどそう言ったって行くところもないんだろう?」
「………………」
「俺の所に倒れていたのも縁ってやつだろ。行く当てもないんなら、ここに残っていてもいいんじゃないか?」
「……………………」
目を瞑り、顔をしかめる少女。確かに男性の言うとおりであるが、他者の言うがままに従い行動するのは元魔王としてはどうなのか、と思うところであるが…………結局彼女が決められる選択肢はとても少ないのである。
「…………わかった。お世話に、なります」
「ああ…………そういえば、名前もまだ聞いてなかったな」
お互い自己紹介もまだしていない。まあ、最初の状況が状況だったためしかたがないだろう。その男性の言葉に、魔王であった魔族の少女が答える。
「…………私は、トリエンテア。恐らく呼びにくいのでティア、と呼ぶといい」
「ティア、か。俺は加納雄成。恐らくはそっちに馴染みのない名前で呼びにくいならゆーせーでいいぞ」
「その程度の発音なら別に問題ない。よろしく雄成」
「あ、ああ……よろしく、ティア」
外国人は日本人の名前を呼びづらい、みたいな知識があったため雄成は呼びやすい呼び方でいい、と行ったのだが……トリエンテアにとっては何ら問題ないようだ。そんな感じで、魔族の少女と人間の男が同居することになったのである。




