3 異世界
「………………っ、ここ………………どこ?」
魔王であった少女が目を覚ます。彼女の最後の記憶は自分と勇者の力のぶつかり合いだったはず。つまり自分は先ほどまで戦場にいた。そのはずだが……いつの間にかどこかの部屋に移動させられていた。あの最後のことを思えばもしかしたら勇者によって連れ去られたのでは、と思うところだが、自分の寝ていた場所が明らかにおかしいため、そう考えるにしても奇妙な状況だと考えられる。
人間たちに連れ去られたのならば、牢屋か何か拷問でもできるような場所に、勇者ならば魔王のことを歓迎するか何かに使うつもりか正しくベッドに連れていくことだろう。魔族たちならば……まあ、こちらもベッドだろうか。だが、彼女が目覚めた場所は椅子の上。座っている状態で寝ていたわけではなく、数人が腰を掛けることができる大きさの椅子、ソファーの類である。まあ、雑に寝かされているというわけではなく、彼女の下に簡素ながらも毛布を敷かれていたのでそこまで寝心地が悪いとは言わないが。
「………………いったいここは?」
起き上がり、周りを見回す。そこは明らかに彼女の知っている場所ではなかった。彼女のいた場所でもほとんどないような建築様式、そして置かれている様々な魔物。ソファー、テーブル、木造の小さな机、そしてそこの上に置かれている横に立てられている黒い板。カチカチとなる円の中を回る針など、彼女の中にはなんとなく理解できなくもないものもあるが、しかし見たことのないものが多い。
そして、何よりもガラスと外が異様だ。外との境、窓や扉のように使われているガラスがあるが、彼女の知るガラスよりも透明度が格段に違う。そのうえ、その外には彼女の知らない多くの白い建物、摩天楼。
「………………天上の世界? ありえない、たぶん違う」
御伽噺のような死後の世界の話、その中のいわゆる天国のような話に出てくる世界……にしては神聖さが足りないというか、神秘さが足りないというか。そもそも彼女のような多くの人間を殺してきた存在が救われて天上にいくなどありえない。彼女は己の所業を自覚しており、行くならば地の底、悪鬼の住まう冥府だろうと思っている。何よりも、彼女自身死んだ自覚がない。勇者と戦った時の彼女と大きく変わりないように感じている。
「…………?」
微かに彼女は違和感を感じた……いや、感じている。
「………………世界に満ちる魔力がない? これは厄介。迂闊に魔法を使えない」
魔族や人間の使う力は世界に満ちる魔力を扱っている。世界に満ちる魔力を吸収し、己の力とする。そうすることで力に変換し、様々な形で影響する……のだが。彼女のいるこの場所には世界に満ちる魔力がない。囚人などが脱走しないよう、力を振るえないように魔力を奪い、世界に満ちる魔力が存在しない場所を作ることがある……という話もなくないが、あまり現実味のないやり口である。まだ魔力を常に奪い続ける場所を作るほうが現実的かもしれない。それくらいに世界に満ちる魔力が失われるということはありえないのだが……事実この場所ではそうなっている。
「…………ここはどこ?」
半ば呆然とした様子で呟く。その呟きを聞いたかどうかは定かではないが、そんなふうに彼女がつぶやいたところで彼女のいる部屋に一人の存在が入ってきた。
「お、目を覚ましたのか」
「…………!」
それは一人の人間の男だ。だが、かなりに無防備な様子であり、目の前にいるのが少女のように見えても魔族であるということを理解していないのではないかと思えてくることだろう。しかし、そもそも彼女にってはその存在自体が奇異に見える。内に秘める魔力を感じない……場所が場所であるためそれはあり得ないとは言わないが、捕らえられた彼女の魔力は失われていないのにその監視を行うような人間の魔力がないのはいったいどういうことか。まるで意味が分からない様子である。
「大丈夫か? 怪我とかそういうのはないか?」
「…………?」
彼女の前にいる人間の男。それは彼女のことを心配している様子だった。人間であるならば、魔王であった彼女を心配する道理はない。そうでなくとも魔族と人間は相容れない存在であり、その相手を心配するようなことはあり得ないはずだ。
「えっと………………どこの子だ? 家の場所、わかるよな? 俺の家の庭で倒れていたから家の中に入れて寝かせてたが……やっぱり救急車を呼んだほうがよかったか?」
「……………………」
彼女は目の前の男の言葉をイマイチ理解できない。言葉の意味が理解できないのではなく、どうしてそんなことを、どうしてそんな状態に、といったところだ。いや、一応救急車という意味は理解できなくもないがその存在を理解できない言葉があったりするが、それでも言葉の意味は一応理解できる範囲である。しかし、やはり意図が理解できない。それ以外にも、場所的な意味でも理解ができない。
ゆえに、相手が人間であるとはいえ、なぜか好意的に接してくるのならば。利用するのも一つの手ではないかと彼女は考えた。
「ここはどこ?」
「どこ、と言われても……丸合市の車谷町の二丁目だが……」
「………………? 人間の国?」
「人間の国以外の国はないだろ……」
「……?」
質問をした彼女自身も、その彼女の質問を受けた男性も、どこか困惑した様子である。
「…………あなたは人間、で合ってる?」
「わざわざ聞く必要もないと思うんだが? まさか人に化けた宇宙人とかとでも思ってるのか? いや、さすがにからかってるだけ……だよな? 与太話を信じているとはあんまり思いたくないんだが」
「うちゅうじん……?」
「あー、えっと、とりあえずだ。体が大丈夫そうならもう自宅に帰ったほうがいいと思う。色々と言いたいこととか不安とかあるかもしれないが、おれのことを通報しないでくれるとありがたい。最近事案とかそういうの五月蠅いからな……こういう時救急車とか警察とか呼んだほうが対処的にはいいのかもしれないが、それはどうにもなあ……」
「………………」
二人は問題なく会話で来ている。しかし、お互い意思の疎通ができているようには見えない。実際正しく意思疎通ができているわけではないのである。互いの認識は何処か決定的に掛け違えているのが現状なのだから。ゆえに、魔族の少女は男性に対し指を向ける。
「うおっ!? なんだこれ……!」
指先からうっすらと黄色く光る刀身が発生する。それは伸び、男性の目の前に。
「…………正確に、ここがどういう場所なのか。いろいろと教えてもらう。もっと、詳しく、知っていること全て」
魔法を使い魔力を失うのは問題であるが、ある意味仕方がないことである。なんとしてでも現状把握を正しくしなければ、後で面倒なことになるのは自分である。それを理解しているため、彼女は男性から情報収集を行うことにした。




