10
「それで……結局彼等はどうするつもりですか?」
「え?」
「え、じゃありませんよ? 彼等です。後ろに括り付けて引っ張って来た盗賊の一味です」
「………………あ」
ここにきて、ある程度状況的に落ち着いて、アミルに言われてフェリシアはようやくその存在を思い出す。まあ彼らに関してもそれなりにぐったりとして口数少なく、そもそもフェリシア達も積極的にかかわろうとはしていない。それを連れてくる原因となった賢哉も道中の補助的な行い以外では特に関わっていない。そういうことなので彼らのことは半ば忘れられていた現状である。
「その……」
「お嬢様、こういことは早く決めないと為政者としては問題です。即断即決……とまではいきませんが、それくらいに早い決断が必要になることもあります。それが人の命の生死にかかわることもあるのですよ?」
「う……」
アミルの物言いは厳しい。アミルは一応従者であるが、現状親から離れ、一人で独立する形となるフェリシアを手助けできるのは彼女だけだ。最も信頼でき、最も側にいるのは彼女のみ。ゆえにそういう厳しいことも彼女が言わなければいけない。そうでなければこの先フェリシアが開拓領地を治めるものとして立派にやっていけるようにはならないだろう。そう考えているからだ。
「それは……でも……」
とはいえ、今まで普通の貴族の少女であった彼女が相手が自分たちを襲い、従者を殺した盗賊とはいえ、その生死を決めるというのは彼女にとってはとても難しい。簡単に、単純に決められることではない。早すぎる……とは言わないが、少々重いと思える。特に人数が人数でもある。相手の命は盗賊、罪を犯した者ゆえに軽いとみなすことはできるとしても、それはあくまで立場や状況的なものであり、その存在が人であることには変わりがないわけで。
「お嬢様!」
「っ」
「そこまで」
「あ……」
「あなたは……」
アミルがフェリシアに決断を強いる、そんな状況の中、賢哉がその仲裁に入る。
「邪魔をする気ですか?」
「間違ってはいないかな? でも、正直その決断はこの子には早いだろ。ま、貴族ってんならそれくらい決められなきゃいけないのかもしれないが……いきなりこんな場所に来て、途中で大変な目にも合って、いきなり人の生き死にを決めろっていわれてもきついだろ。それに、捕まえた人間の生死ってのはそれはそれで難しい。冷静なまま判断しなきゃいけないだろうからな。どっちかっていうと、争いとか戦場とかで人死にが出て、とかの方がよっぽど気分的には楽だろう。こういうのよりは」
「……何が言いたいのですか?」
「要は今全てをこの子に決めさせる必要はないってことだ」
ぽふり、と賢哉は手をフェリシアの頭の上に置く。少し大きめの、大人ほどの手の大きさではないがもしかしたら兄がいればこんな感じだったろうか、そう思うような優しい重みだった。
「…………」
「それ、気安いですよ?」
「おっと失礼」
手を頭の上から外す。
「あ……」
「さて、実のところ俺としては一つ案というか、意見があるんだが」
「……私に言われても困ります。そういうことはあなたの主であるお嬢様に言うべきでしょう」
「そうだな。それで……いいか?」
「あ、はい。何でしょうか?」
あらためて賢哉はフェリシアに訊ね、フェリシアはその言葉に答える。
「まず、あいつらはただ殺すだけではもったいないと思う。あれでも一応人間であり、人的資源だ。殺して終わり、というのはそれで終わりでそれしか意味の無いことで使い道のないものになる」
「…………えっと」
賢哉は生かす、という方針になっている。それゆえにどうにも判断しづらい所である。いや、そもそもフェリシアにはどうにも言っていることの意味が難しい。
「ですが生かすと言うのはどうなのですか? 彼等も生きている以上、食事を必要とする。住む場所も必要でしょう?」
「確かに。だけど、だから殺してしまえ、というのは暴論すぎると思うぞ? ま、こっち……そちらには恨みもある。同僚、従者を殺された以上その恨みを晴らしたいのはあるかもしれない」
「なくはないです。ですが……それ以上に、彼らを生かすことの意味がない」
盗賊を殺して得られるものと言えば、せいぜいが自分たちの同僚であるフェリシアの従者を殺された恨みを晴らす事や奪われた物資の恨みを晴らす事、それくらいだ。結局のところ人を殺して得られることなどほとんど何もない。強盗じみたことは相手が物を持っているからこそできることであるし、そもそも仮に持っていたとしても彼らを捕縛したときに全部回収しているはずである。
「まあ、言いたいことはわかる。結局のところ生かすだけでは物資を消耗するだけ。彼らを収監するところも新たに作らなければいけない。衛生に関しても気にしなければいけないし、見張りのような存在も必要になる。まあ、生かしておくだけで管理に必要なものがどさどさ出てくる面倒ごとなのは間違いないな。何せ盗賊、罪人。また罪を犯す危険もあるし、盗賊の頭、あいつらを率いてたやつが生きている以上結託して反逆する可能性もある。まあ、実に面倒な奴らだよ」
「それをわかっているのなら……」
「だがそれは普通に管理するなら、だ。俺を誰だと思ってる?」
「…………」
「…………」
賢哉はあまりにも自信に満ちた表情でそう言ってくる。
「何をするつもりですか?」
「単純にあいつらに首輪をつけるだけだ。魔法でな」
「……そんなことができるのですか?」
「そういうことをできると聞いたことはありませんが……あなたはできるのですね」
「ま、そういうこと。魔法で首輪をつけて、もしこちらに反逆する行動をとればどかん。首が吹き飛んでお陀仏。そんな感じの制約の魔法をちょっと仕掛けてやろうかなと」
「………………」
アミルはかなり厳しい視線を賢哉に向けている。何故なら、その魔法は盗賊たちだけにかけられる魔法ではないはずだからだ。もし自分たちにかけられれば? フェリシア、自分、他の従者、この開拓領地の人間達。あらゆるすべての人間を従えさせることができるのではないか? そういう疑念が生まれてもおかしくはない。
「そういう目で見ないでほしいんだが。まあ、懸念はわかる。だけど、まあ、一応これは両者の意見一致が必要なんだ。強制してかけることはできない」
「それを相手がかけさせてください、というはずがないでしょう……」
「ああ。だから、首に剣を当てて、死ぬかこの魔法を受けるか選ばせる。まあ、罪人だしこれが駄目なら殺すしかないだろ?」
「っ!」
賢哉のあまりにも容赦のない言葉にフェリシアが驚く。生かす、と賢哉は言っているが従わないのならば殺す。それは先ほど言っていることとは違う。
「結局殺すことを選ぶのですね」
「利用するから生かすだけだからな。ま、一応ちゃんとしっかり更生さえすれば……領民として迎えることも考慮していいんじゃないかとは意見させてもらう。もちろんそれに納得しない人間もいるだろうから、あくまでそういう意見を述べるという程度だけどな」
最終的に生きるか死ぬかを選ぶのは結局彼ら自身である、そういうことなのだろう。まあ、賢哉はそもそも彼らを開拓のために利用するつもりである。人的資源の最大限の有効利用、盗賊ならば幾ら消耗しようとも構わない。そういうつもりでの意見である。実際に彼は消耗させる気は全くないのであるが。
「だが、まあこれはあくまで意見、提案だ。俺も主を仰ぐ従僕のみ。あなたの選択に従います、主殿」
「……? え、はい!? もしかしてわ、私に言っていますか!?」
いきなり話を振られたフェリシアは戸惑う。賢哉はあくまで意見、提案を述べるのみ。最終的な決断はフェリシアにゆだねられるのである。