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魔王討伐の巻 第1.5話

 「クッソ、何よ! フェラーリ。待ってて!」

 外では、馬が嘶く音と女性の怒声が聞こえて来た。あまりにも大きい声量で騒ぐものだから、喫茶店の中はしらけてしまった。それから、僕達は耳をそばたてて、外の様子を窺った。

 「ほら、フェラーリ! ウェイト! えっ、分からないの。待て、待てよ! 出来ないの? 本当に、騎士団の馬なの? あんた今日から”トヨタのタンク”って呼ぶわよ? 恥ずかしわよ? 他の馬たちに嘲笑われても、知らないわよ! この駄馬、馬鹿!」女性はかな切り声で馬を罵倒していた。馬は小さい子供が謝るように、小さく返事していた。

 店内では、笑い声を押し殺し、荒い息遣いで充満していた。僕達は今にも吹き出しそうになりながらも、必死に堪えていた。笑い声があの人に聞こえてしまったら、僕達は極刑だ! 四人の顔が今にも活動を再開しそうな火山のように真っ赤になっている。いつ大きな音を立てて噴火してもおかしくない。

 ルイは一瞬、全身が痙攣したように震え大噴火した。とんでもない声で笑いだし、腹を抱え床にころげ落ちた。僕達はその声に隠れるように、手で口を覆いながら音を殺して笑った。過呼吸な息遣いが続いた。

 刹那、店の入り口から炸裂音と衝撃が体を通り過ぎた。あまりの出来事に、全身が硬直し呆然とした。時間が止まったような気がした。

 硬直したうなじ無理に動かして振り向いた。店の入り口では、顔を真っ赤にした二十代ぐらいの女性が立っていた。髪と眼が陽炎のように真っ赤に燃えていて揺らめいている。怒りの形相でこちらを睥睨している。

 あまりの変顔で誰が闖入してきたか分からなかったが、どこか見覚えのある顔だった。

 しばしば女性は睨みを聞かせていたが、引きつった笑顔を見せて言った。

 「皆さん。そんなに、怖がらなくてもいいですよ。わたしはお話しに来ただけですから、境遇が同じ愉快な仲間たちに」

 眼光は依然、怒りと侮蔑に満ち溢れている。

 みき、か・・・・・・。この場に居た全員が思った事だろう。

  窓から光が射し、彼女を照らした。金色の騎士団の制服に陽が反射し目を細めた。まるで神がその場に降臨したような神々しさがあった。彼女の能力の一つだろう。精霊の力を使って小細工しているに違いない。その事を感得したみきは意地悪そうに笑った。

 「おい、ニートども! 特に脱獄脱糞脱走兵!」

 「イェス、マム」ルイは顔面蒼白になって応える。

 「思い出したか? 右にぶら下げている聖剣の合言葉は?」

 「ノー、マム」即答した。

 「左に着けてるやつはなんだ? 鼻たれ小僧」みきは顎を癪って左の代物を示し聞いた。

 「剣、マム」

 確かに、正座しているルイの側面から一本ずつ金の鞘が見えている。右のは、騎士団の聖剣。左のは、どこかで見た様な気がしたが、一体どこで・・・・・・。

 「もしかして、それ、広場に突き刺さってる。えーと・・・・・・。ち〇こじゃなくて、天剣っていう剣じゃない? 確か、二千年くらい前から抜けないとか、けるとか・・・・・・。あっそうだ、マム」美音は放埓そうに言った。

 「聞いた事はある。どこで拾った? 脱獄脱糞脱走兵!」

 「はい! 道端に落ちていたので、拾いました。マム」

 「貸せ?」みきは右手を伸ばした。

 ルイはそれに応え、天剣をみきの手の平に乗っけた。次の瞬間、みきは重い何かを持ったかのように、右手から崩れ落ち、床に頭を強打した。それを、正面で見ていたルイは顔をほころばせていた。まるでそうなることを、初めから知っていたかのように。ただ、その笑顔は一瞬で凍り付いた。みきは静かにルイを睨みつけた。彼女の感情に反応して、精霊の息吹が増幅するのが分かった。みきの体から火の粉が弾ける。みきはルイの顔面目掛けて、拳を向けた。その拳は空を切った。同時にその空間が焼却した。熱が辺りに広がり、店内の室温が異常に熱くなった。

 「みき! 燃えるって、わたしの店!」リンゴは悲鳴に近い声で言った。

 「あいつは死んだか?」みきは荒い息遣いで言った。 

 「生きて、マム」ルイは平然と言った。

 そもそも、当たるはずがない。端的に言うと、ルイの与えられた能力は、殺意を持った攻撃は当たらない、ってものだ。

 「死ね! ルイとキハ」みきは叫んだ。

 「僕もですか? マム」

 「そうだ。お前のせいで、彼氏できねーじゃねーか。どうしてくれるんだよ、お前があの時、適当な事を言ったせいで」

 「詭弁です、マム。あなたの能力はこの世界では危険な代物です。実際、僕がみんなに勧告しなかったら両手じゃ数えきれないほど人が死んでた」

 「それで、わたしを孤立させたのか」

 「仲間なら、ここに居るじゃないですか」

 「お前とルイを仲間に思った事は一度もない! 王国騎士団の頃からの仲だが、足を引っ張ることしか脳がない二人をどう仲間として思えと? わたしは何度死にかけた? 何度注意した? 何度謹慎処分を喰らったか」

 「それは本当にすまないと思っているよ」

 「分かってるよな、イケメンで、強くて、優しい、男絶対に紹介しろよな」みきは人に飢えた悲しそうな眼をしながら言った。

 「それで、あんた。一体、全体何のためにここに来たの?」リンゴさんはみきに尋ねた。

 「そうね、ハイまで言ったないの?」みきは頷くと、ハイに顔を向ける。

 「すいません。何せ、口下手なもんで。どうせなら、みきさん待ってた方がいいかな~って」ハイは小さい声で言った。 

 「ほんと、口下手ね。でもいいわ、わたしが説明する。最近港で話題の魔王って知っているわよね」

 「あの、なんだ中二臭いこと言ってるって噂の? 確か、世界を破壊・・・・・・銀河を破壊・・・・・・あっ種族間を破壊するって」美音は人差し指で頭を突っつき、思い出しながら言った。

 「みね、あなたフィクションの見過ぎよ」

 「ふん! どうせ会ってみたら、自分の戦闘力を自慢してくるに決まってるわ」

 「で、言って事は実は良い事に聞こえるのだけど、実際やっている事が悲惨なの。すでに三つの種族が滅んだ」

 「で、一番近いこの国が次のターゲットって訳?」

 「無きにしも非ずね。だから、被害が出る前に完全に消せって」

 「誰が?」

 「――」みきは言い淀んだ。

 「烏か・・・・・・」僕は言った。

 「どっかで絡んでいるはず」みきは言った。

 この国を裏で操っていると言われている、王国騎士団、指揮団長――ホーソン・カルメラ。

 全員の顔が真面目になった。

 「参加する人は明日、九時にここ集合」も



 カーテンの隙間から月光が入って来ていた。

 ベッドの上で僕はその光の通り道を眺めていた。

 「寝れないの? それとも歯を磨くのを忘れた?」隣で横になっている美音が言った。

 「明日、大怪我するって分かっている人が寝れると思うかい?」 

 「わたし、怪我したことないの。だから、そんな事を言われても、さっぱり」

 「そりゃそうだ。君は怪我をしなよ。僕が言っているんだから。それに、君には奥の手がある」

 「みんな・・・・・・全員そうでしょ。みんな、本気を・・・・・・奥の手を出せば、世界を変えられる」

 「でも、みんなそれを望まない。ゆっくり暮らせればそれで良い。あと、ほんの少しのスパイスさえあれば」

 「馬鹿な人達」

 「君もそのうちの一人だよ」

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