二日目、異世界(イツ・ルヒ)来訪。占いモンスター
山吹に連れられて、千歳碧の家から異世界への扉を開く。
普段は図書館にあるゲートで行くところをこの隠しゲートで行く辺り、ほんの少し特別感があるのう。
地球側の空間から入ったはずが、再び外に出ようと扉を開くと異世界なのじゃから、テンゴクも流石に驚いているのじゃ。
もっとも、厳密に言えば既に地球側の空間はまるっと異世界に転移しておるのじゃから、実際には空間の構成が違うだけで同じ世界。
地球側の空間がマナに取り込まれつつあるのじゃが、両方の世界が存続するにはマナの総量が足りぬ故、いずれは混ざって片方が消えるのじゃ。
まったく、難儀な話じゃな。
「わくわくするかい?男の子にはたまんないだろ?冒険が始ったっていう実感はさ」
流石に山吹は付き合いの長さもあってテンゴクのことを大体はお見通しじゃな。
勿論、アカシックレコードであるこちほどではないがの。
「すごいです!こんな場所があったなんて!」
テンゴクが興奮した面持ちで「ね!」っとこちに同意を求める。
ふふっ、テンション高いテンゴクの熱い視線がこちを真っ直ぐに捉えておる。
「うむ。ここがイツ・ルヒと呼ばれる異世界の地表なのじゃ。宙に浮かぶ銀の箱は内部がダンジョンになっておっての。これからの冒険の旅で幾度も訪れることになるのじゃよ」
「へえ! なんだかゲームみたいだね! それが奈落ちゃんの言ってたケンランゴウカな舞台ってやつなの?」
「ああ、それはお主の職業がじゃな…」
「職業?」
「この世界ではジョブ魂という疑似魂を使い、それは多岐に渡る様々な職業になってそのスキルを使えるようになえうじゃよ。その中でも『天職』と呼ばれる其々の個性にもっとも合っている職業があるのじゃが、お主のそれが…」
ここで言い淀むこち。
「ぼくの職業が…?」
気になって聞き返してくるテンゴク。
されども…
「やっぱり内緒なのじゃ。後の楽しみにとっておくが良い」
今はまだ言わんのじゃ。
「ええー!? 本当は知らないんじゃないの?」
テンゴクが然も疑っていますよとばかりにこちに疑念の眼差しを向ける。
ふふん。
知ったかぶりを疑うことで相手の自尊心をくすぐる手法じゃな。
「なあに、知らないと疑われるのも新鮮で良いものじゃ。その挑発は甘んじて受け流すのじゃ」
心理戦というのは心の内が見えんからこそ意味を持つもの、故にこちには効果がないのじゃよ。
とはいえ、嗜む程度にする分には面白味がないわけではないのじゃが…
「ちぇっ、ぼくの職業ってなんなんだろ…」
残念そうにはしているが、内心では自分の天職が何かと思いを馳せてわくわくしているテンゴク。
うむうむ。
そのわくわくを味わって欲しいが故に秘密にしたんじゃった。
自身の可能性に心ときめかせるなど、人の一生には何度もあるものではない。
良いものじゃな。
「ふーん。本当に物知りなんだね。テンゴクの天職って何なんだい? 私も気になるね」
兆のやつも山吹達にくらい教えても良かろうに。
あやつは狙いがあるように見せ掛けつつも即興劇気取りで面白がっとるだけなのじゃから質が悪いのじゃ。
あやつなら事態がどう転ぼうと何とでもできるとはいえ、それに巻き込まれる者にとっては災難じゃな。
「内緒じゃよ。早く知りたいのならば案内の役をしかと勤めれば良い」
碧のところで天職などすぐに分かるのじゃ。
「まあそうだね。早々にネタバレしちゃって少年の夢見る時間が減っちゃったらつまんないか」
そう言ってテンゴクにニヤリとする山吹。
うむうむ。
「ぼくは早く知りたいけどね。何だかそわそわしちゃうよ」
「うむ。そういうわけじゃし、さっさと参ろうぞ」
こちは地下への入り口の上に立ち、皆を手招きして呼び寄せる。
「やれやれ、本当に一体どこまで知ってるんだか…」
この入り口は案内のときくらいしか使わんのじゃよな。
ジョブ魂もない状態では街の中でも危険が無いとは言えんしな。
こちは足元のモンスターをずぼりと引き抜き頭上に掲げる。
ふむ。
風船のように真ん丸なイヌのようなモンスターに見えるのう。
しかしキツネなんじゃよな。
これは実は動物をモチーフにした占いになっており、其々に違う姿を見ているんじゃが、何の因果か只の蓋として使われているんじゃよな。
テンゴクにはウサギで、ヤマブキにはトラに見えとることは知っているが、こちはキツネ。
まあ占いなんぞ当てにするのはアカシックレコードたるこちの本分ではあるまいな。
「ほれっ!」
山吹の方にモンスターを投げる。
「あいよっ!」
それを蹴り飛ばす山吹。
モンスターは遥かの空に飛んでいったのじゃ。
「ああ。あんなモンスター達がこの世界にはいるんだよ」
風船ウサギが蹴り飛ばされたと思っているテンゴクと、大きな虎を蹴り飛ばしたと思っている山吹。
まあ、その認識の違いなど微々たるものじゃな。
「びっくりしました。でもちょっと可愛いかったですね」
「そうかい? 可愛がるには大きすぎると思うけどね。まああんなのでも生身で弾き飛ばされたら痛いじゃすまないからね。こっちの世界じゃそうそう死にはしないけど、限度ってものはある」
同じものを見てると思い込んでる者同士、そうそう認識を疑うこともせん。気付かんというわけじゃ。
そも、風船みたいな真ん丸な動物など、見ようによっては何とでも言えなくもない。
あのモンスターがいつもここに居るわけでもないしのう。
さて…
「『リフト』」
こちが呪文を唱えると、地下階層への入り口のリフトが起動した。
ふふん。
こちが呪文を唱えられたことに流石の山吹もたまげとるようじゃ。
こちにすればジョブ魂が無くとも知識があれば唱えられる一般の呪文は使えて当然なのじゃよ。
「さて、出発なのじゃよ」
そして、こちはリフトを起動させた。