二日目、さあ出掛けようなのじゃ
「ご馳走さまでした」
「うむ。実に見事な馳走であったのじゃ」
ちょっと口の中が辛いがの。
水を飲んでさっぱりなのじゃ。
うむ。
こちの初めての食事としてこれ以上はない至福のメニューであったと言える。
これがまた今夜に食べれるというのも楽しみじゃのう。
「二人とも、ちょっと休んだら店長が奥に来てってさ」
うむ。
異世界への誘いじゃな。
ちょっと今から散歩でも行かない?という気軽な感じで誘われる辺り、けっこう雑じゃな。
仕事もしている大人相手とは違い、子どもでしかないテンゴクの、しかも夏休みで暇をもて余しているだろう時期じゃからな。
しかも、親である和堂兆が噛んでおる故、遠慮ないのも仕方がないのじゃな。
「なんだろうね?」
「うむ。行ってみれば分かることなのじゃ」
「あはは、それもそうだね」
元気な少年が食後に休憩などするはずもなく、こち達は直ぐ様厨房へと向かう。
「ご馳走さまでした」
「うむ。実に見事な馳走であった」
店長の梅染蘇芳が内心とても喜んでおる。
しかし表情は一切動かぬのは、自身でこのカレーがまだ未完成だと思っているからじゃな。
人類史上最高峰のカレーを作っておきながら、これで満足なんぞしてたまるかという気概を無くさない。
うむ。
見事なもんじゃな。
やる気だけで何かを成し遂げるということ。それは人間にとって途方もない難度だと言えよう。
和堂兆に偏屈鬼族のカレー馬鹿と呼ばれようと、こちは梅染蘇芳を偉人と呼ぶのじゃよ。
さて、その偉人がこちを睨んでおるのう。
「嬢ちゃん。てめえはさっき山吹の怒声を避けただろ。いったい何者だ?」
うむ。
人見知りの少女を演じた風でいても、流石に蘇芳は騙せん。
「こちは、和堂兆によって擬人化されたアカシックレコードなのじゃ。兆から何か聞いとらんか?」
まあ、詳細は何も聞いてないのは知っとるがの。
「二人来るから連れていけ。それだけだ」
普段からそんな短い言葉のやりとりだけで上手く回っているという、そんな二人の間柄というのも中々に面白いものじゃな。
何が楽しいのか分からんが、二人とも何故か戦闘が始まると口数が多くなるところも似ておるしのう。
まあ、そんなことは置いといて、じゃ…
「ふん。まぁ良い。おい、山吹。こいつらを案内してやれ」
そう。これから始まる物語の、今はまだ前座なのじゃ。
「あいよ。子どもが来るとは聞いてたけど、まさかテンゴクだったとはね」
正味、こちには山吹の案内など要らんのじゃが、まあテンゴクにとっては昔からの知り合いがいた方が安心であろうな。
何しろ、見知らぬ物質で構成された世界なのじゃからな。
さて、事情を知らぬテンゴクの頭の中に、クエスチョンマークが浮かんでおるのう。
「えっと、ぼく達はどこかに出掛けるんですか?」
ふふん。
こちはテンゴクの横からその手をとり、さあ行こうと裏口の扉の方へ誘う。
「異世界じゃよ。これから冒険の旅が始まるのじゃ」
さあ行こうとテンゴクに告げると、テンゴクだけでなく山吹も驚いておるのじゃ。
流石に蘇芳の方は驚いていないようじゃが、何も気にしてないというより、心臓が鉄製なんじゃろうな。
「ふーん。物知りにも程があるけど、まあ兆の旦那の関係っていうなら驚いてても仕方ないね」
山吹も切り替えだけは早いのう。
散々っぱら兆に振り回されておった故、それも仕方のないことか。
「ふむ。しかし、あの男の関係者などと思われるのは御免じゃな」
アカシックレコードが擬人化されたその瞬間から関係しまくっとるのじゃが、これが最低限であると思いたいものじゃ。
「あはは。分かったよ。 確かに旦那の関係者だと思われても良いことは少ないからね」
うむうむ。
誰からも和堂兆の関係者だと思われている梅染の家の者が言っているのじゃから、これはもう説得力が違うのう。
「やっぱり、父さんってみんなに迷惑かけてるんですね…」
うむ。
関係者どころか血縁者のテンゴクは、それなりに気を使ったり苦労したりしとるものな。
流石に、世界各国の首脳陣が揃いも揃って和堂兆を排除したがっておるとまでは知らんようじゃがのう。
「ふむ。迷惑もかけられとるが、それだけではないということも覚えておいて良いのじゃよ」
そも、この地球は和堂兆の所有物だと言っても過言ではないしの。
さて…
「何はともあれ出発せんかの?」
あの男が話題に出るのも嫌じゃしの。