二日目、地球の空に現出なのじゃ
和堂兆に別れを告げて、その息子の和堂典語、つまりはテンゴクの元へ向かう。
最後に、まずは山吹食堂へ行くと良いとアドバイスを貰ったのじゃが…
こちが言い出すまでもなく、テンゴクはお腹が減ったら勝手に食堂へ行くのじゃよっと返しておいた。
せめて役に立つアドバイスが欲しかったのじゃ。
さて、テンゴクの家の上空に現出したのじゃよ。
現世に現れたが最後、こちの人格は肉体を構成し、ただのアカシックレコードに戻ることは出来んのじゃが、まあ戻るなんて記録にないしの。
ふうむ、全身から様々な感覚が伝わってくるのう。
なるほど、体が物質となった時に最初に感じるのは重力なのじゃな。
空間という概念のない場所から、突然に地球空間の重力場に現れたわけじゃからなあ。
なるほどのう。
これは引力などというふざけた呼称が付くのも分かるのう。
本当に地球に引っ張られているようじゃ。
こちの体が大地に向かって真っ直ぐに落ちていくのう。
次に熱じゃな。
アカシックレコードとして存在していた場所には熱という概念すらないからのう。
人工太陽の光が体に染むのじゃ。
ぽかぽかじゃあ。
さて、まだ暑さを帯びる前の心地よき風と、爽やかに煌めく朝の陽射しの中、可憐な幼女がどこからか降ってきたら物語が始まるのは人界のお約束なのじゃ。
じゃがこれは…。
けっこう怖いんじゃな…
そもそもじゃよ。こちって空なんて飛べないのにどうして空中に現れたんじゃろうな?
ここから落ちても無事なことは既に知っておるのじゃが…
成る程のう。
これが、高いの怖いというやつなのじゃな。
「心底本気で怖いのじゃーっ!」
ついつい叫んでしまったのじゃが、これもアカシックレコードの記録のとおりなのじゃ。
こちが涙目なのも、手足をばたばたさせているのも、蛇口を捻れば出る水が如くに口から悲鳴がこぼれだしていることも、全てが記録されているとおりなのじゃが…
そう、知っていたのじゃ。
しかし、思い知ってはいなかった。
これはそういうことなのじゃな。
良かろう。
恐怖よどんとこい!
存分に味わい尽くしてくれようぞ!
「ふふっ、ふははははははっ! 怖いのじゃ! 怖いのじゃよ! ふははははははっ!」
そして、ふはふはと笑いながらテンゴクの家の軒先に墜ちた。
土煙が噴煙の如く立ち上ぼる中で、この家の中に居る少年と目があった。
銀髪碧眼、日に焼けた小麦色の肌。
アラビアンな衣装が似合いそうな、しかし出で立ちはカーゴでガウチョなパンツと、ゆるめのティーシャツ…
テンゴクじゃ!
ふむふむ。
こちの鼓動が高鳴り、頬が紅潮し、脳がいそいそとドーパミンを分泌しておるのう。
これが一目惚れというやつなのじゃな。
もしくは吊り橋効果かのう。
まあ、どちらも同じじゃな。
がらがらがらっと引き戸を開き、こちに「きみって隕石なの?」と訪ねてくるテンゴク…
「お主は隕石に話しかけるのか?」
「うーん。空から降ってくる女の子も、隕石が喋るのと同じくらいあり得ないと思うけど…」
会話なんて内容知ってるからつまらんじゃろと思っておったのじゃが、ふむ、悪くないものじゃな。
テンゴクの声が耳に心地よいのう。
「では、こちが人外であり、隕石ではないということじゃよ」
「それってつまり、何者なの?」
「何者と問われれば、和堂兆によって擬人化されたアカシックレコードという物じゃ、と答えておこうかの。まあ一種の物ノ怪の類いだと思っておけば良いのじゃよ」
怪訝そうな表情になるテンゴク。
もっとも、今のいい加減な説明で納得された方が困るがのう。
「ええっと…。 とうとう、父さんが人知を超えた領域にまで迷惑かけちゃったってことですか?」
とうとうどころか、とうの昔から迷惑かけとるんじゃよな。
まあ、そこは黙っておいてやろうかの。
「何もお主が案ずることではないのじゃよ。ただ、そうじゃの、しばらく此処に住まわせてもらう故、宜しく頼むのじゃ」
驚いたような顔になるテンゴク。
アカシックレコードであるこちにとっては、こちの言葉でテンゴクが「ええっ!一緒に住むってどういうこと!?」と考えたこともお見通しなのじゃ。
「お主の父のことは、うむ、正直どうでも良いのじゃが、まあ当分は帰らんのでな。細かい部分はこちが何とかなるから気にする必要はないのじゃよ。お主は自身の思うがままに行動すれば良いのじゃ」
うーん、と悩むテンゴク。
「ええっとさ、とりあえず家に入る?」
悩んだ末に悩んでいる内容とはまったく関係のない気遣いをしてくるテンゴク。
もっとも、ちょっと人目が気になってたりもするようじゃが…
「うむ、茶でも飲みながら自己紹介でもしようかの」
ふふん。
考えてることを先に言われたテンゴクが目をぱちくりしておる。
これから何度も考えを読まれて擦れ枯らしてしまう前の、この反応は今のうちしか見れんのじゃよな。
存分に楽しんでおくとしよう。