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春の隣  作者: 白黒
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8話

 俺の中での先川は、名前も知らなかったあの頃と比べ、確かに変化していた。

 名前も知らない奴から、いい奴へ。

 いい奴から、少しだけ特別な奴へ。

 それはつまり、俺にとってどんな奴なのだろうか。

 ただのクラスメイトというには味気なく、前島のように友人というには距離がある。

 異性で最も気の置けない母や姉とも違うが、その二人を除けば異性で一番気を許せる相手だと言うことはできる。

 同性ではなく、異性の友人とはこういうものなのだろうかと考え、そうとも言える気もするが、言えない気もした。

 先川はいい奴で、少しだけ特別で……不思議な奴だ。

 先川と不意に目が合ったとき。声を掛けられたとき。笑顔を見たとき。

 落ち着かないような、しかしそれを少しも嫌だとは感じない、浮き足立った気持ちになるのだ。

 そんな、不思議な奴。

 夏休みが終わり、二学期が始まった。

 久しぶりの教室は騒がしく、教室に一歩足を踏み入れれば、口々に挨拶が飛んできた。

 その声の中に先川の声はなかったが、目が合えば小さく笑って会釈してくれる。

 その些細な反応が、たくさんのおはようの声より俺の記憶に残った。

 担任が教室に入って来ると朝のホームルームが始まり、新学期が始まったというお決まりのような話が始まる。

 今年は受験生ということで、ちくりと進路について触れられるが、あまり真面目に聞いている奴はいない。

 真剣に進路と向き合っている奴は、釘を刺されなくとも考えているし、逆を言えば、能天気な奴は今ちくりと皮肉を言われたところで意にも介さない。

 二学期が始まれば、課題の提出をし、その後は毎年恒例の席替えが待っているため、担任の長話は右から左へ流している奴がほとんどだ。

 担任もそれを分かっているからだろう。

 諦めたように溜息をつき、「それでは」と切り出した。

「突然だが、今日から一人このクラスに加わることになった。如月、入って来い」

 お楽しみの席替えが始まると喜びの声を上げようとした奴等が、担任の発言により別の意味で声を上げることになった。

 楽しみだという声ではなく、驚きの声。

 そして、その転入生が教室に入ってくると、驚きの声は喜びの声に変わった。

 純粋な日本人ではないだろう整った容姿と金髪は、物珍しさも相待って目を引いた。

 如月 長(きさらぎ たける)。それが転入生の名前だった。

 質問はあるだろうが一旦後にして、転入生の席を決める為にもまずは席替えを、という担任の指示により、通路側の先頭の席の奴からクジ引きが始まった。

「またお前が隣かよ!」

「それはこっちのセリフだっつーの!」

「やった! 一緒の班だ!」

「よろしくねぇ!」

 席を移動した後は、一限まで自由時間だと告げ、担任は黒板に座席表を張り出すと教室を出て行った。

 座席表とクジの番号を照らし合わせ、移動する。

 隣や周囲の奴に対する反応は人それぞれだ。

 隣の席が誰になるのかを気にするのは席替えの醍醐味だが、今回の席替えは同じ班になる奴も気になるところだ。

 自分の周囲の三人と、自分を含めた四人で一つの班となる。

 主に放課後の掃除当番の際に使われる班だが、二学期は文化祭での当番の割り振りでも使われ、高校生最後の行事である遠足の班行動でも使われる。

 何かとこの班で行動することになるため、誰と隣になるかは勿論、誰と同じ班になるかも重要になるのだ。

 俺の席は窓際の一番後ろの席の、右隣。前の席から右にずれただけだった。

 今回の席替えは、前回と男女の列が入れ替わっているようだ。

 早々に移動を済ませ、同じ班になる奴が席に来るのを待っていると、左斜め前の席に女子が一人座った。

「あら? 山下、席全然変わらなかったんだ」

 軽い口調で声を掛けてきたのは、先川の友人の佐田 理歌(さだ りか)だった。

「あぁ、佐田か」

「あぁ……って何よ。私じゃご不満?」

「違うって」

 佐田は先川がよく一緒に行動している友人ゆえに、俺の視界に入ることもしばしばあった。

 男勝りで友人思い。先川が怪我をしたとき、一番甲斐甲斐しく手を貸していたのは、佐田だと記憶している。

 先川をからかっているところも見掛けているため、先の喧嘩腰にも聞こえるセリフも、声のトーンからしても冗談だと分かる。

 その証拠に、俺が軽く流しても「あっそ」とあくび混じりで返された。

「……って、ん? ちょっと何やってんのよ、あの子ったら」

 佐田は何かに目を向けると、笑い混じりにそう零し、座ったばかりだというのに立ち上がった。

 そして佐田が足を向けた先に目を向けると、人の壁に阻まれ動かなくなっている先川がいた。

 席替えで新しい班になった奴等同士で盛り上がっているせいで、周囲に意識が向いていない奴が多い。

 自由時間だということもあり、大人しく席についている奴が少なく、通り道がふさがっているせいで、通行止めになっているのだ。

 ごめんなさい、ごめんなさい、と言っているのだろうなと想像できる連続の会釈をして、気付いた奴が避けた隙間を縫うようにして抜けて来る先川を、佐田が引っ張りだし救出していた。

 先川らしいな、と微笑ましい気持ちでそれを眺めていると、佐田が先川の手を引いてこちらに戻って来た。

「真智ってば人がいいんだから。通り道に突っ立ってんしゃないわよ障害物! くらい言ってもバチは当たらないと思うけど」

「いやいや、それはちょっと……」

 少々過激な発言をしながら戻って来た佐田に苦笑する先川は、自分の席に腰を下ろし、俺へ目を向けた。

「よろしく、山下君」

 先川が座った席は、窓際の一番後ろの席。つまりは、俺の隣の席だ。

「え……」

「私が隣じゃつまらないと思うけど……」

「い、いや! それは……ない。そうじゃなくて、俺が迷惑掛けるかもしれないと思って、だな……」

 俺の隣が先川。まさか、近くの席になるだけでなく、隣の席になるなんて……。

 思ってもいなかった俺は反応に遅れ、先川にあらぬ誤解を与えてしまったようで、慌てて否定の声を上げた。

 思ったより大きな声が出てしまい、周囲の目を集めてはいけないと一息ついて声を落とす。

 先川が隣になって、いいことはあっても嫌だと思うことはないと言える確信があった。

 隣になって嫌だと思うことがあるとすれば、俺が先川にではなく、先川が俺に思うことになるだろう。

 俺の周囲は良くも悪くも騒がしくなることが多い。

 その輪に属さない先川からすれば、傍迷惑な話だろう。

「嫌でなければ、いいんだけど」

「嫌とかないから。本当に」

 何とか誤解が解けたようで、とりあえずは一安心だ。

 気を利かせて納得したふりをしてくれたわけでなければの話だが。

「何あたふたしてんのよ、二人して。はいはい、よろしくよろしく~」

 おかしそうに笑う佐田の軽口が、今は有り難かった。

 何はともあれ、先川と佐田、俺が揃い、この班はあと佐田の隣になる奴を残すところとなった。

 前島か土田……いや、佐藤あたりが来てくれれば、俺としては願ったり叶ったりなのだが。

「ねぇねぇ! 如月君って前はどこの高校だったの?」

「前の学校では彼女いた?」

「今も付き合ってる?」

 煩い声が聞こえ、何事かと視線を移せば、俺の視界を金髪が横切り、俺の前の席に腰を下ろした。

 班の最後の一人は、転入生の如月だったらしい。

 転入早々、女子からの質問責めという洗礼を受けているらしく、自分の席に着くだけで一苦労なようだ。

 他人事とは思えず、同情心と仲間意識が芽生えてしまう。

 女子からの質問を完全に無視して席に着いた如月だが、女子はカルガモの子供ようにぞろぞろと着いてきて、如月の席を取り囲んだ。

「山下君と前後とか……うわぁ、隣の席羨ましい!」

「席代わりたーい」

「こっそり代わっちゃえばバレないんじゃない?」

 危惧していなかったわけではない。予想はできていた。

 俺が迷惑を掛けるかもしれない……そう思ってはいたが、こうも早くその状況になってしまうとは。

 俺の経験上、こういった場合は下手に会話をする意思を見せてはいけないと学習している。

 如月同様、一限が始まるまで無視をしてやり過ごすのが一番なのだが、先川と佐田に火の粉が飛ぶとなれば、黙っていることもできない。

 席を代われと言い始めるようなら、俺が何とかしなければと覚悟を決める。

 げんなりした顔で女子を横目で見遣る佐田から、あとで文句を言われる覚悟も。

 だが、そんな覚悟は不要に終わった……。

「こんな時期に転校なんて珍しいよね。引っ越ししたとか?」

「如月君てハーフ? どこのハーフなの?」

「お父さんとお母さん、どっちが外国の……--」

「うるせぇ」

 何かが決定打になったのか。

 はたまた、堪忍袋の尾が切れたのか。

 如月が一言、恐ろしく低い声でそう言った。

「二度と話し掛けるな」

 決して大きな声ではない。

 それでも如月の声はよく通り、あれだけ騒々しかった奴等が、一斉に言葉を失ったのだ。

 そのすぐ後、一限の教科の教師がやって来たため、誰も如月の態度に苦言を示すことはなかった。







 あの如月の態度は、近寄り難い人種だと周囲に印象付けるには十分で、あれ以来、用がなければわざわざ如月に関わろうとする奴はいなかった。

 如月を冷たい奴だと非難する奴は多かったが、俺は一概にはそうとは思えなかった。

 如月は誰かれ構わず冷たい目を向けたりしない。

 用があって声を掛ければ、愛想はないが普通に返事をしてくれるし、遅刻もしなければ欠席もせず、授業も真面目に受けている。

 如月は、決して傍若無人な奴ではないのだ。

 如月が拒否したのは、転入生を気遣う声掛けではなく、無遠慮な好奇心や野次馬精神だ。

 如月を気遣い、心配する奴の声なら、如月だって拒むことはないだろう。

 お近付きになろうと尋ねてきては、迷惑を考えず質問攻めにする女子に拒絶の声を上げる。

 席が近いがゆえに、そんな如月をよく目にすることになってしまった先川が、心配げに眉を下げているのを見ると、心底そう思うのだ。

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