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春の隣  作者: 白黒
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3話

 六月に控えた体育祭。

 この学校の体育祭は、クラスの三分の二が競技に出場し、三分の一がクラスの応援旗を作成する役割を担う形式になっている。

 競技の点数と応援旗の出来栄えによる点数の合算で、優勝が決まるのだ。

 競技の目玉は、全員参加のクラス対抗大縄跳びと、リレーだ。

 全員参加という名目だが、毎年リレーがトリ、大縄跳びは大トリというスケジュールになっているせいで、リレーに参加した生徒は大縄跳びには不参加というのが生徒間での常識となっている。

 立て続けに競技に出て怪我をしてはいけないと、教師も納得しているようだ。

 スケジュールを少し変えれば改善しそうなものだが、それで他の競技の出場者が出られなくなっては本末転倒だ。

 本当に改善が必要だとなれば、いずれ声を上げる奴が出てくるだろう。

 生憎、俺には声を上げるほどの情熱はない。

 明確な改善案は、今後もこの学校に関わっていく教師や後輩に任せることにしよう。

 体育祭がもうすぐだとはいえ、競技の練習はほとんど行われない。

 右も左も分からない一年生の為に、一日の動きを確認するリハーサルがあるくらいだ。

 唯一の練習は体育祭までの体育の時間。最後の十分間だけは、大縄跳びの練習に当てられている。

 そのため、リレーに参加する男女、各々四人は、その十分間はバトンパスの練習をすることになっていた。

「一弘! 練習に行こうぜ!」

「バイトは入れてないだろうな!」

「時間限られてるし、早く行こうぜ」

 放課後。リレーの出場者である前島が、同じく出場者の土田、佐藤と連れ立って俺を呼びに来た。

「熱いな、お前等」

「だって俺と一弘がいるんだぜ? 絶対負けられねぇだろ!」

「そうそう! それにバトンパスでミスって負けでもしたら女子が恐いしな!」

「お前はそれが本音だろ」

 前島と土田が熱く語り、佐藤が半眼で土田に突っ込む。

 俺と前島は、50メートル走のタイムが学年トップだ。拒否権もなくリレーの出場者に選抜された。

 もともと出場希望はあったし、拒否する理由もなかった俺としては問題ないが。

 高校生最後の体育祭ということもあり、前島は誰よりもやる気に満ち溢れている。

 あとの二人も、そんな前島を面倒がらず練習に参加してくれる、いい奴等だ。

 土田はノリがいい奴で、前島と一緒に士気を上げてくれるし、佐藤はそんな二人が熱くなり過ぎないよう、一歩引いた位置で見てくれている。

 全員気のいい奴等で、これくらいの人数で盛り上がるのが俺としては一番楽しく感じるし、感化されて俺も少しは熱くなってもいいかもしれないという気分になれる。

「山下くーん! 練習頑張ってねぇ!」

「練習見に行きたいなぁ」

「行っちゃう? こっちつまんないしぃ」

 やる気を削がれる声援がなければ、もっと。

「お前等は旗作る担当だろ。サボらねぇでちゃんとやれよ」

「やる気出るような旗よろしく!」

「行こうぜ、一弘」

 応援旗の作成班になった、大きな塊に属する数人の女子のぼやきに、佐藤がもっともな注意をし、土田が空気を和らげ、前島が俺を教室の外に連れ出した。

 うるせーよ、と笑い混じりの返事が聞こえてきたのを右から左へ聞き流し、俺は我慢せず大きな溜息をついた。

「モテるのは羨ましいんだけどなぁ」

「一弘を見てると、モテるのも考えものだと思っちまうわ。ま、モテたいんだけどさ」

「適当に無視しとけ」

 前島と土田の、慰めとも励ましとも取れない軽口も。佐藤の辛辣な発言も。

 ミーハーな好意よりずっと好感が持てる。

「……おう」

 ありがとうと口にするのは気恥ずかしく、俺は簡素な返事をするだけだったが、男同士なら、別にこれくらいでいいのだろう。

「うちのクラスの応援旗、どんな出来になるんだろうなぁ」

「学年とクラスと、がんばれって書いてあるくらいじゃないか?」

「絵とか描いてくれたら超やる気上がるんだけどなぁ」

 当日、クラス席に掲げられることになる応援旗への心配を思い思いに零す前島達だが、俺はそれに関してはあまり心配はしていなかった。

「買いに行くもの、他に何かあるかなぁ?」

「黒のペン、念の為にもう何本か買っておいた方がいいかもしれないね。他は大丈夫だと思うよ」

 応援旗の作成班である女子二人が、話し合いながら廊下に出て来た。

 俺達と鉢合わせになり、二人の内の一人が佐藤とぶつかりそうになるが、どちらも周囲には意識を向けていたようで、接触してしまうことはなかった。

 二人は俺達の前を足早に進み、昇降口へ向かう。

「あれって、応援旗の作成班の子だっけ?」

「確か千葉さんと……えーっと、川……川……なに川さんだっけ?」

「先川さん」

 本人達に聞こえないよう、こそこそと話す前島と土田に、俺はそっと答えを差し出した。

「あー、そうだ先川さんだ」

「俺まだ一回も喋ったことないわ」

「よく覚えてたな、山下」

「……まぁ、たまたま」

「真面目そうだし、応援旗も形にはなりそうだな」

 三人共、先川への認識は少し前までの俺と大差なかった。

 名前が分かったからと言って大した興味もないらしく、たった数メートル歩く間に前島たちの会話から二人の存在は消えていた。

 昇降口に着き、買い出しの為に出掛けるらしい先川達は校門がある右へ。

 練習に行く俺達は校庭がある左へ。

 昇降口を出て、俺は少しだけ後ろを振り向いた。

 当然ながら、先川がこちらを見ることはない。

 こちらで振り返っているのも俺だけで、前島達が俺のように振り返ることもない。

「早く行こうぜ、一弘」

「……あぁ」

 前島に呼ばれ、俺は先川に背を向けた。

 先川を目で追うようになったと気付いたときは、周囲に気付かれていないかとヒヤヒヤしたが、俺の不安をよそに一向に気付かれる気配がない。

 それは、俺と先川の接点がなさすぎるからなのだろう。

 周囲が、俺が先川を見ているかもしれないと疑惑を持つ気にもなれないくらい、俺と先川は他人なのだ。

 卒業すれば、友人という他人でも、元クラスメートという他人でもない。名前はもちろん、顔さえ忘れられる。そんな他人。

 先川にとっての俺も、そんな他人なのだろう。

(けど、俺は……)

 違う、と。胸中で否定しようとした俺だが、その理由も、確信もなく。

 胸中でさえ、曖昧な答えを呟くことはできなかった。







 体育祭、二日前の体育の授業。

 前日は会場の準備があるため、これが実質、全員で大縄跳びの練習ができる最後のタイミングになる。

 自然と士気も高まり、普段やる気のない奴も周囲にあてられ、真面目に取り組んでいた。

 授業終了まであと五分。

 疲れたと愚痴を零す声がちらほらと上がっているが、体育教師の目を気にしてか、全員何とか練習に参加している状況のようだ。

 すぐ近くでバトンパスの練習をしている俺は、全体の状況がよく分かった。

 とはいえ、こちらもこちらで練習中。

 向こうの様子を確認したのは、その一度きりだった。

 大縄を跳び、その回数を数える声を聞きながら、前島からバトンを受け取る為、指先に意識を集中させていた。

「きゃあ!」

 この短い悲鳴が聞こえるまでは。

 聞こえた声に集中を切らせたのは俺だけではない。

 何事かと、前島達や女子のリレーの出場者も、悲鳴が聞こえた方……大縄跳びの練習中であるはずの奴等へ、目を向けた。

「大丈夫!?」

「いったぁ。もう最悪!」

 ざわつく集団の、女子が並ぶ列の端の方で女子が二人倒れていた。

 一人の上にのしかかるように倒れていた奴は、側にいた友人に助け起こされていたが、下敷きになった奴はすぐには起きなかった。

 腕で体を支え、何とか自力で上体を起こすと、ようやく顔を上げる。

「……!」

 下敷きになった奴が誰なのかを認識した瞬間、俺は頭の中が真っ白になった。

「真智!」

 女子のリレーの出場者から一人、下敷きになった奴……先川の名前を呼び駆け寄る奴がいた。

 距離が離れている奴は、人の壁で遮られ何が起きているのか把握できていない。

 近くにいる奴さえも、先川と関わりがなさそうな奴は、手を貸すべきか悩むように動けなくなっている。

 街中で赤の他人が転んだとき。つい目を向けてしまうが、咄嗟に駆け寄ることはできない。

 まさにその光景が、俺の眼前に広がっていた。

 先川の様子に気付いた、彼女の友人らしき女子が二、三人。野次馬のように固まる奴等を掻き分けて駆け寄って行く。

「真智! 大丈夫!?」

 真っ先に駆け寄った友人と体育教師に起こされた先川が、条件反射のようにへらりと笑ったが、その表情はすぐに曇った。

「先川、どこが痛む?」

 神妙な面持ちの体育教師に問われ、先川は足首に視線を落とす。

 授業終了のチャイムがなり、体育教師は俺達に教室に戻るように言うと、先川の友人の一人を付き添いに指名し、先川を支え保健室へと向かった。

 俺はそれを、ただ見ていた。

「あー……。先川さん、体育祭目前で災難だったな」

 前島の言葉にあるのは、十分も経てばなくなるような、客観的な関心だ。

 大縄跳びの練習に設けられたのと同じ、わずかな時間。

 前島だけではない。先川の友人以外の大勢の奴等がそうだ。

 けど、俺は……?

 傍観してしまった自分が恥ずかしい……。息苦しささえを感じる。

 これは、きっと練習の疲労のせいではないのだろう。


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