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春の隣  作者: 白黒
23/26

23話

 遠足が終わってから受験まで、本当にあっという間だった。

 けれど、期末試験がとうの昔に思えるのは、それだけ受験勉強に時間を注いだということなのだろう。

 遠足、期末試験が終われば、学校は冬休みに入った。

 受験生からしてみれば、冬休みなんてあるようでないものだ。

 前島といった友人とさえ、連絡は数える程度しか取っておらず、その時間も短い。

 受験勉強の邪魔をしないようにと、互いに尊重しあった結果である。

 先川との連絡も、正月にしかしていない。


 あけましておめでとう。勉強頑張ろうね。同じ大学に行けたら、見掛けたらたまには声掛けてね。


 同じクラス。同じ班。隣の席。俺と先川の関係がまだそんな繋がりだと、その連絡から思い知らされた。

 俺にとって先川は、見掛ければ声を掛ける程度の相手。先川は自分を、そう評価しているのだろう。

 俺からは先川の側に、わざわざ行こうとしないだろうと。

 全面的に否定して、すぐにでも想いを告げたい衝動に駆られたが、受験勉強真っ只中の最中にそんなことをされては、余計な動揺を与えてしまうに決まっている。

 一歩を踏み出すのはまだ早いと、急く気持ちを宥め、勉強に没頭することで邪念を振り払った。

 毎年毎年、受験当日は天気に恵まれないことが多い気がするが、一体何の因果があるというのか。

 幸い、先川と佐田も遅延に巻き込まれることなく受験会場に着くことができていたから良かったが……。

 受験が終わり、ついに向かえた合格発表の日。

 誰か一人だけ落ちていたら……なんて縁起でもない不安を抱きつつも、三人で発表を見に行った。

 結果は、俺が一歩を踏み出せるようになったと言えば伝わるだろうか。

 三人共、めでたく合格だ。

 合格発表の日の夜、俺は先川に連絡を入れた。

 明日の土曜日……つまり今日。

 一緒に映画を観に行かないか、と。

 文化祭で知った、先川が好きだという曲が流れた映画の続編が一週間前から上映されているのだが、俺はそれに先川を誘った。

 冬休み前からテレビのCMでも宣伝さえており、先川も知っているはずだから。

 受験勉強で忙しく、既に観に行っている可能性は低いだろうが、仲の良い佐田と約束をしている可能性は高い。

 それで断られるかもしれないとは思いながら、前日に誘いの連絡を入れたのだ。

 自分勝手な話だが、俺にとってはそうやって行動することに意味があったからだ。

 連絡の返事は、なかなか返ってこなかった。

 三十分、一時間、二時間……。

 先川と連絡を取ろうとしたとき、こんなに長い時間返事がこなかったのは初めてだった。

 どうして?

 先川のそんな声が聞こえるようだった。

 夜の十時を過ぎ、諦めの境地に達していた頃。

 返事が遅れたこと、夜遅くであることを詫びる言葉を添え、もしまだ間に合うなら、明日の誘いを受けたいという返事がきた。

 俺は当然、二つ返事で大丈夫だと返した。

 悩ませてしまったかと気にはなったが、このチャンスを逃すべきではないと思った。

 そして、当日。約束した時間の十分前。

 待ち合わせ時間に到着すると、既にそこで待つ先川の姿を見つけ、俺は慌てて駆け寄った。

「先川!」

「……!」

 俺の声に、伏し目がちだった先川がハッとして顔を上げた。見回し、俺を探す。

 俺が駆け寄っていたこともあり、先川の視線はすぐに俺を捉えた。

「ごめん、待たせた!」

「ううん。私が早く着きすぎただけだから。それにまだ着いたばっかりだし」

 先川は胸の前で忙しなく両手を振り、気にしないでと笑ったが、赤い鼻先を見れば、先川が気を遣ってくれたのだと分かる。

「中に入ろう」

 待ち合わせ場所は屋内にするべきだったと今更ながら後悔しつつ、俺は先川を屋内に促した。

「ごめん、寒かったろ。大丈夫か? 」

「ありがとう。でも本当に大丈夫。勝手に早く来たのは私だしね?」

 遅刻はしていないが、寒空の下で待たせてしまったと思うと、申し訳ない気持ちが込み上げてくる。

 そんな俺の気持ちを晴らそうとするように、先川はへらりと笑った。

 自分から映画に誘っておいて、このまま気落ちしているわけにもいかない。

 俺はもう一度謝罪し、気持ちを切り替えた。

「えっと……じゃあ、チケット取りに行こうか」

「うん」

 口にすると、本当に先川と二人で映画を観に行くんだとより実感でき、隠しきれない緊張から、言葉の切り出しがぎこちなくなってしまった。

 そんな俺とは裏腹に、先川は昨夜のことが嘘のように、いつもの穏やかな様子で頷いた。

 昨夜のあれは、単に俺の連絡に気付かなかっただけで、意味なんてなかったのだろうか。

 しかし、そう思うことができないのは何故だろう。

 ぱっと見た限りでは、先川はいつも通りだ。

 そのいつも通りに感じる微かな違和感は……。

 俺の思い過ごしなのだろうか?







 映画館の中は暖房が良く効いていた。

 飲み物を買い、チケットの確認を済ませて中へ……と思ったが、念の為ブランケットを一枚借り、席に向かった。

 恋人同士であろう男女が俺と先川の席の隣で、俺は自然と、男の方と隣になるように席に着いた。

「寒かったら使って」

「……! ありがとう」

「いいよ。たまたま目に入っただけだしさ」

 遠足のテーマパークでの経験が、ここで活きた。

 俺がわざわざ気を遣ったと受け取れば、申し訳ないという顔をさせてしまうだろうと思い、たまたまと言って渡すことにしたのだ。

 読みが当たり、先川の顔が曇ることを防げたことに、内心で妙な達成感を感じていた。

 小さい男というか、何というか。

 俺が渡したブランケットをせっせと膝に掛けた先川の「あったかい」という小さな呟きだけで嬉しくなってしまうのだから、単純な男だと自分で自分がおかしかった。

 映画は、女子が好むような恋愛物ではなく、ミステリーとアクションを組み合わせた映画だ。

 登場人物は個性的で、いくつもの伏線が張られ、それを回収していくドキドキ感、ここ一番というところで流れる先川の好きな曲のはまり具合。

 どれを取っても良く、前作を観ていない俺でも非常に楽しめた。

 先川がこの曲を好きだというのも大いに頷ける。

 映画を観終わった後、先川は大変満足した顔でパンフレットを買っていた。

「面白かったな。序盤のあいつのセリフが、犯人を割り出す手掛かりになるとは思わなかったよ」

「あれはやられたねぇ。全然気付かなかった。私も推理しながら注意して観てたけど、駄目だったなぁ。ストーリーがよく練られてるよね」

 映画の話をする先川の目は、爛々と輝いていた。

 それ以上、多くを語ろうとはしなかったが、目の輝きからして、こんなものではまだまだ語り足りないのだろう。

 語りたい気持ちを抑え、うずうずしているようにも見える。

「先川……」

「ん?」

「甘い物、食べたくないか?」

「甘い物?」

 映画を観る約束はしたが、その後の約束はしていない。

 時間に余裕を見て、昼食後の集合にていたため、映画を観終えた今は夕方近く。

 昼食を摂りながら映画の話をしようと誘うことはできない。かといって、夕食には早過ぎる。

 今誘うことができるとすれば、カフェに誘うことくらいだった。

「その……まだ映画の話したくて、な。すぐそこにカフェがあるし、そこでどうかと思ってさ」

「あ。なるほどね。それで甘いものか」

 ピンときた。そんな顔をした先川は、やや思案顔で視線を逸らすと、俺の顔を窺うように視線を戻してきた。

 俺は視線の意味が分からず、首を傾げる。

「私、この映画結構好きで、多分、語り始めたら煩いと思うんだけど……」

 うんざりするかも。

 そう決まりが悪そうに言う先川に、俺は内心で安堵の息をつく。

 本当は断りたいが断り辛い……そんなふうに考えているのだとしたら、どうしようかと思った。

「いいよ。好きなだけ話して。俺も聞きたいし」

 その間は、堂々と一緒にいられる。

 何て俺が考えているとは、「山下君もあの映画好きなんだね」と無垢に笑う先川は露ほども思わないだろう。

「じゃあ、少しだけ」

 了承の返事をもらい、俺は自分の頬が緩んだのが分かった。

 さり気なさを装って口元に手を当て、誤魔化す。

 緩みきった顔なんて、みっともなさ過ぎて見せられたものではない。

 カフェに移動したあとは、それぞれ注文した飲み物とケーキを口に運びながら、映画の話で盛り上がった。

 どのシーンが最終局面に影響していたか。誰がどう考えていたか。俳優のアクションの技術。曲が掛かるタイミングやシーンに応じてのアレンジ。

 自分の考察を交え饒舌に話す先川は、本当にこの映画が好きなんだろう。

 好きなことについて語る楽しげな声は、聞いていて心地良い。

 その声をもっと聞きたくて、先川の熱にあてられたというのもあるが、俺も自然と口数多く語ってしまった。

 とっくにケーキは食べ終え、一緒に注文していたコーヒーの残りは、後半にはすっかり冷めていた。

 それでも、少しも気にならなかった。

 先川の話を聞く。先川が話を聞いてくれる。

 表情の変化を、近くで見ていられる。

 唐突に大声を上げてしまいたくなるような多幸感でいっぱいだった。

 ……そんな時間に大きなヒビが入ったのは、会計をしようとしたとき。

「本日、カップルでいらっしゃった方のお会計は10%引きでございます!」

 満点の接客態度で店員がそう言った瞬間だった。

 突如、先川の顔が強張った。

 それは夢から現実に引き戻されたような……。

 どこか怯えたような、愕然とした表情だった。

 店を出た後の先川は、いつも以上ににこやかだった。

 今日は誘ってくれてありがとう。凄く楽しかった。大学でも頑張ろうね。

 そう言う先川の表情に比例し、声のトーンは高く、明るい。

 店を出る前の表情が見間違いかと思うほどの変わりようだった。

「さっきはカップルに間違われて驚いたね。私が相手でごめんねぇ」

 ドジをしてしまったと苦笑いするような、気安い態度で笑う先川。

 以前、一緒に下校したときも、先川は俺に付き合っている相手がいたら……二人でいるところを見られ噂になってしまったら……。そう気遣っていた。

 今も、あのときと似たような状況だ。

 自分の気持ちに気付く前。俺はその気遣いを苦しいと思った。

 先川にそんなことを言われたくないと、苦しくて堪らなかった。

 しかし、今苦しいのは、俺ではない。

「先川」

 早く帰ろうと気が急いているのか、足早になる先川の腕を掴むと、びくりと肩が跳ねた。

「どうした?」

 恐がらせたくはなくて、優しい声を意識する。

 今苦しいのは、先川のはずだから。

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