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春の隣  作者: 白黒
20/26

20話

 佐田の口から聞かされたビッグニュースへの驚きは、一時間半の制限時間が終わる頃になっても、俺の中で鮮度が落ちることはない。

 食べ放題の店を出た今も、心臓はいつも以上に忙しなく働いている。

 今日が先川の誕生日だと知って、先川が受験する大学が俺と同じだと知って……人間、驚き過ぎると言葉が出ないというが、あれは本当のようだ。

 ひとしきり笑って満足したらしい佐田に、口の中に小さなシュークリームを突っ込まれるまで、俺は無言でケーキにフォークを刺したまま硬直していた。

 突っ込まれたシュークリームにまた驚き、勢い良く口を閉じたせいで口の端からクリームが出てしまい、高校生ももうすぐ終わりだというのに、口周りをクリームで汚すという子供じみた失態を犯してしまった。

 俺が慌てて口を抑えたため、先川が我に返り、即座に俺に紙ナプキンを渡してくれたことで事なきを得たが……。

 先川と佐田は、食べ放題の店を出た後は解散する予定だったらしいが、道中で見つけたゲームセンターに入りたいという佐田の要望により、今はゲームセンターにやって来ている。

「あーーっ。また落ちた! アーム弱過ぎ!」

「右が強ければ動くんだけどねぇ。押し込んだらいけるかな……」

 ゲームセンターに来ている俺達は今、クレーンゲームをやっている最中だ。

 アニメのキャラクターのクッションに挑戦中の佐田は、もう千円近く投資しているが、目的のキャラクターは一向に落ちる気配がない。

「……先川。俺ちょっと両替してくるから」

「あ、うん。私達ここにいるね」

「あぁ」

 佐田はクレーンゲームに夢中で、しばらく動きそうにない。

 意外にも、先川も一緒に攻略法を考えたりと、クレーンゲームを楽しんでいる。

 俺は先川に声を掛け、二人から離れた場所……。両替機ではなく、一台のクレーンゲーム機のところまで移動した。

「……さて、と」

 ゲームセンターで集団行動の輪から抜け出すには、両替すると言うしか思いつかなかった。

「やるだけやってみるか……」

 ゲーム機の中にある景品は、羊のぬいぐるみ。

 大、中、小と揃っており、大のぬいぐるみは三歳児ほどの大きさだ。

 ゲームセンターに到着してすぐ、目に付く位置にこのゲーム機はあった。

 通り過ぎざまにそれを横目に見た先川は、確かに羊のぬいぐるみを見て「無理だなぁ」と呟いていた。

 つまり先川は、この羊のぬいぐるみが欲しいが、落とせる自信がなく諦めたということだろう。

 すぐに諦めたということは、一番小さなぬいぐるみではなく、一番大きなぬいぐるみが欲しかったのだろうと推測できた。

 俺自身もクレーンゲームが得意というわけではないため、これはまぐれ狙いの博打である。

 贅沢は言わない。中でも、いっそ何も取れないよりは、小でもいい。

 出来る限り大きなぬいぐるみを取って、先川に渡したかった。







「……まだやってたのか」

「あ、山下君」

「お帰りーー。だってもう少しだと思うと悔しくって……うぅ、あともう一回!」

 十分……は経っていないと思う。

 先川と佐田の元に戻ると、佐田はまだ同じゲーム機に噛り付いていた。

 もう少しと言うだけあって、一見あともう一度プレイすれば落ちそうに見える。

 しかし、それが大きな間違いであり、最大の罠と言えるだろう。

 すぐにでも落ちそうな景品でも、あとちょっとというところで全く落ちないというのが、ゲームセンターではよくあることだ。

 今の状況になるまで、また、今の状況になってからいくら注ぎ込んだのか……聞くことが躊躇われる。

「いけません。ほら、もう帰るよ」

「えーー!」

「えーー、じゃないでしょ。お財布空っぽになっちゃうよ?」

「うう……仕方ないかぁ……」

 先川に諭され不満の声を上げる佐田だが、金銭問題に触れられてはぐうの音も出ないらしく、渋々プレイ続行を断念せざるを得ないようだった。

「はーー。帰ったらまた勉強という現実が待ってるのね……」

「今が頑張りどきだしね。勉強で大変なときに、一緒にケーキ食べに付き合ってくれてありがとね、理歌」

「私が甘いもの食べたかったからいいの!」

 項垂れる佐田の背をぽんと軽く叩き、先川は申し訳なさそうに眉をハの字にし、だが嬉しそうに言った。

 先川を気に病ませまいとしてか、佐田はいつもの調子で軽く笑い、先川の背を軽く叩き返していた。

「山下君も、今日は急にごめんなさい。ここまで付き合ってくれてありがとう」

「いや、俺もいい気分転換になったよ」

 俺に振り返り、佐田に見せたような表情で言う先川に、俺は首を振り軽く笑った。

 予想外のことばかり続いたが、気分転換できたのは事実だ。

 余計なことは言わず、素直にそれだけを伝えれば、先川は「ありがとう」と笑ってくれた。

「じゃあ帰るかぁ。勉強、頑張るぞ!」

「おーー!」

 佐田の掛け声に合わせ、ゲームセンターを出て行く先川の背を追って、俺もゲームセンターをあとにした。

 俺と先川は電車に乗らなければならないため、近くの駅まで向かうことになり、電車を利用しない佐田とは途中で別れることになった。

 そのときは思っていたよりも早く訪れ、十分も歩かない内に、先川と二人きりになってしまった。

 佐田がいたときと比べると、賑やかさの違いは顕著だった。

 先川は、佐田のように突拍子もないことをしたり、こちらの神経を逆撫でするような発言もしない。

 俺も、前島のように明るいわけでもなければ、大笑いを誘うような話術があるわけでもない。

 それでも、俺はこの時間が好きだ。先川がどう思っているかは、分からないが。

 先川の隣を歩きながら、俺は上着のポケットを上から撫でた。

「先川」

「ん? どうしたの?」

「……これ、さっき取ったんだ」

 呼び掛けて立ち止まり、俺はポケットからあるものを取り出した。

「それって……」

「一番大きいやつは無理だったけど、これなら何とか……いや、たまたまやったら落ちたからさ」

 俺がポケットから取り出したのは、小のぬいぐるみ二つだ。

 白ヤギさん、黒ヤギさん、と子供の頃に歌った歌を思い出す、白と黒の色違いの小さな羊のぬいぐるみ。

 贅沢は言わないとは思ったが、本当にそれが現実になってしまうとは……有難くない話である。

 いらないと言いたいのに、自分の為に取ったと言われると突き返せない。そう思われたら……後ろ向きな妄想をしてしまい、別に先川の為に取ったわけではないがという保険をかけてしまった。

 格好がつかないという、男としてのどうでもいいプライドもあったかもしれない。

「小さいやつで悪いけど、誕生日プレゼントの代わりに……」

 プレゼントと言うのもおこがましい、小さなぬいぐるみ。

 本当はもっと、プレゼントらしい物を用意したかった気持ちはある。

 だが、今の俺と先川の関係性を考えると、ゲームセンターで取ったぬいぐるみ辺りが妥当なのかもしれない。

 大して欲しかったわけではないが、貰えるなら貰っておこう。

 そんな風に思ってもらえれば、万々歳だろう。

「私が貰っちゃっていいの?」

「……? あぁ」

 先川は二つのぬいぐるみを受け取ると、おずおずと俺に窺いを立てた。

 先川に渡すことに躊躇なく頷けば、先川は徐々に口元を緩め、力の抜けた顔で笑った。

「ありがとう。凄く可愛い」

「いや、別に……」

 別にいいよ。と言おうとして、素っ気無さすぎやしないかと言葉を飲み込んだ。

 そんなことよりも、今言うべきことが他にある気がして、俺は言葉を探し……答えをすぐに見つけ出した。

「誕生日、おめでとう」

 言うのが遅すぎる。答えを口にするだけで、気の利いた言葉を付け足すこともできない。

 あぁ、情けない。

 とことん格好がつかないなと頭を搔くが、「ありがとう」と嬉しそうに笑う先川を見ていると、こんな俺でもいいのかもしれないと思えてしまうから……恋とは不思議だものだ。

 格好がつかないと自分では不満に思っていても、そんな自分に好きな奴が笑い掛けてくれたなら、どんなに格好悪くてもいいのかもしれないと思えてしまう。

 人を好きになるということは、本当に、不思議だ。

 これから俺達は、同じ大学を受験する。

 もし合格できたなら、また今日のように並んで歩く機会はあるだろうか。

 そのとき、俺と先川の関係はどうなっているのだろうか。

 高校時代の同級生? ただの男友達?

 こればかりは、贅沢は言わない……とは、言えない。

 隣を歩くことが当たり前の関係になれたなら、どんなにいいだろう。

 あの笑顔をずっと近くで見ていたい。

 俺が、笑わせてあげたい。

 先川を知って、先川を好きになって、俺は初めて誰かにそうしたいと思う気持ちになった。

 今はまだ、先川の好きな色さえ知らないが、いつか誰よりも先川を理解してあげられるようになりたい。

 途方もない望みを、つい願ってしまうのだ。

 想いはまだ伝えない。だが、少しくらい……ほんの一欠片くらい、伝えてもいいだろうか。

「同じ大学、行けるといいな」

 俺の言葉に先川は目を見張り、頬を赤らめ、どこか複雑そうに微笑んだ。

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